マガジンひとり

オリンピック? 統一教会? ジャニーズ事務所?
巻き添え食ってたまるかよ

読書録 #34 — 墓場鬼太郎③、ほか

2023-02-22 18:07:28 | 読書
近藤ようこ/兄帰る/イースト・プレス2021・原著2006
日本の映画・ドラマでは役者がやたら怒鳴ったり泣きわめく。役者ありき、スターをでっち上げて客と芸能人の双方から中抜きする利権ビジネス。小説や漫画も同様で、キャラや作風が固定化・マンネリ化し、客層や時代によって価値が変る、完全に無価値になったりもする内向きな傾向は、中間媒体の権力が絶大ゆえ。
賞味期限が短く、狭い。今のメジャーな漫画なんて同時代でも時間の無駄。少女漫画という枠組みも絶滅寸前の様子。メジャー系あるいは少女漫画というどちらからも弾き出されてしまうような近藤ようこの漫画は貴重な例外。古くならない。いつも変らぬ市井の人びとが抱える心の機微を描く名手。


野原広子/消えたママ友/カドカワ2020
息が詰まる。魅力のない人物。魅力のない絵柄。意味ありげな謎めいたストーリーのためどうにか読み通したが、最後まで陰湿で気分のよくない漫画です。むかし読んだ、たとえば『エースをねらえ』であるとか『伊賀野カバ丸』であるとか『シニカルヒステリーアワー』であるとかの少女漫画が、今になってみると「主婦」やその予備軍たるOLや大学短大美大の女が象徴する日本の〝世間〟による監視と査定と選別を濃厚に感じさせ、子ども向けにシュガーコーティングされている分より悪辣に感じさせる、そういうあくどい〝世間〟の究極形が1人か2人の子育てでつながる〝ママ友〟。絶対無理。グッバイ結婚子育て。




つげ義春/四つの犯罪/二見書房サラ文庫1976・原著1957~58
「デザイナーはクライアントのために描く。芸術家は本質をつかむための自分との戦い」という成田亨氏の言葉は日本の漫画家、少なくとも編集者には受け入れられないだろう。成田氏の嫌う「ウルトラマンにツノを生やす」よう求める仕事。漫画の第1次文庫化ブームのとき最初に手に取って一生ものになった『ねじ式』であったが、本書のような初期作品は90年代に筑摩の全集を揃えたときも未読のまま。ガッカリすると思って。まだ引き出しが何もないのに物語を生まなければ。志は高いが生活は苦しい。まだ何者にもなっていないつげさんは、つげさんの人生を生きる、他の誰の人生も生きることはできない「自意識」という鉱脈からやがて世界的な遺産を生むことに。




ちばてつや追想短編集 あしあと/小学館2021
講談社の別館でカンヅメ執筆していた著者が錯乱して何十針も縫う大ケガ、編集者が代筆を石森章太郎らトキワ荘の面々に頼むことにという漫画好き垂涎のエピソードを振り返る「トモガキ」。この別館とは三井財閥の御曹司が妾宅として使っていた30室近くある音羽の洋館で、戦後1948年に講談社が買い受けて流行作家、やがては漫画家のカンヅメ用に。高見順ってそんな売れてた時あったのか。政治家の家柄で左翼活動から転向、彼の愛人の娘もまた国賊モリヨシローのお膝元で…。そもそも三井や三菱は負ける戦争で私腹を肥やした…。この短編集では満洲引揚の悲惨さを描いた「家路」も話題を呼んだが、なぜ満洲国が作られ、日本が戦争にのめり込んだかという経緯はいっさい描かれない。非常に白ける。手塚治虫のロボット、石森章太郎のサイボーグなどがブレードランナーのレプリカントと根本的に価値観を異にするのは、作家や漫画家というそのものが軍国主義政府にぶら下がって広報担当する講談社・文春・新潮・小学館などに隷属する妾・愛人・慰安婦のようなものゆえ。




佐藤直樹/なぜ日本人は世間と寝たがるのか/春秋社2013
「日本には『以心伝心』という言葉があり、恋愛にかぎらず、基本的に言葉で何かを確認するより、『場の空気』の共有が重視される。なぜなら、『世間』においては『内面』を表現する『確立された個人』がいないため、それを表現するための言葉が信じられていない。喫茶店でカップルをよくみかけるが、話をするカップルより、一人でケータイをいじっていたり、雑誌を読んでいる人のほうがはるかに多い。言葉より、お互いの気持ちや気分のほうが重視される。それは、恋人の関係という〈対幻想〉の領域に、『共通の時間意識』という『世間』のルールが、こっそり紛れこんでいるためである」。
↑画像の、腐女子によるはてな匿名ダイアリーに対し「弱いので他人をそそのかして動いて貰って場を構築しようとする生き方の比重が増しているというだけの話でしかない」との感想が寄せられていて、私が思うに腐女子とは専業主婦の陰画のようなもので、たとえば腰かけOLのつもりが婚期を逸して「お局」と化した女が社内の人物を鬼のように厳しく監視・査定するのと似て、弱い卑屈な立場におかれた者(女・百姓)が相互に監視・査定を積み重ねて何十世代にもわたって構築された場こそ「日本の世間」であり、差別や排除を伴うそのグロテスクなありようが2ちゃんねる・ツイッター・ユーチューブ等により可視化された結果、世界の日本化と日本の急激な衰退が同時進行しているのでは。


ブレット・キング/拡張の世紀 テクノロジーによる破壊と創造/東洋経済新報社2018・原著2016
テック界のグルは予言する、10年後の世界を見せてあげよう。「2~3年のうちにAlは、感情や情動を検知可能になるだけでなく、私たちがウソをついているのも検知できるようになるだろう。どこかの時点で、政府のお歴々を選出するプロセスはAlが引き継ぐことになるだろう。特にAlを使って選挙区の区割りを最適化してあらゆる有権者の1票の重みを最大化した場合に、真にクリーンでバイアスのない選挙プロセスが実際にどう機能するかを想像してみよう」。またEマスクの言葉を引いて「自分がニューヨークにいてクルマがロサンジェルスにある場合、クルマをスマホで呼び出して自分を見つけるよう指示することが可能ですし、クルマは途中で自分で充電しながらやってきます」。著者はフィンテック・モバイル決済が専門分野とのことで、さらに個々の自動運転車は専用の銀行口座を持ち、空き時間には勝手に他人にシェアさせて稼いでくれるともいう。
天才的な詐欺師かな。人工知能・経験デザイン・スマートインフラ・医療技術という主に4つの分野で画期的な破壊と創造が起きると大風呂敷を広げるが、もちろん7年後の今ほとんど絵に描いた餅のまま。それは政治的な抵抗もあろうが、著者やマスクのような人物は優秀なようでも驕りたかぶった専門馬鹿に過ぎず、生命や文明の本質を理解する気もなく既成権力にぶら下がる人間広告に成り下がるのだろう。


ヤン・ド・フリース/勤勉革命 資本主義を生んだ17世紀の消費行動/筑摩書房2021・原著2008
日本の速水融が1976年に唱えた「勤勉革命」=中世の農園に代り江戸時代には家族経営の小農が大半となって、耕地面積あたりの収穫高はかえって増大し、生糸生産や軽工業も盛んになって経済鎖国ながら世界有数の労働生産性を獲得=に触発された著者が、東洋の場合と同じ1650年頃から西洋の経済成長もまた家族・世帯を基礎とし、勤勉さと旺盛な消費によって世帯全員がマーケットに接続されることにより、その後の産業革命や19世紀後半「大黒柱と内助の功モデル」出現を促し、長期にわたる経済成長を可能にしたとする。労働と旺盛な消費欲求の相乗は、帝国主義ヨーロッパと島国日本で共に「家族」を軸にしていたという、やや後ろ向きな視点を提供。


安達史人/漢民族とはだれか 古代中国と日本列島をめぐる民族・社会学的視点/右文書院2006
縄文人は、弥生人はどこから来たのか。縄文人と後から侵入し支配者となった弥生人の混交は進まず、かなり後代まで住み分けていたとされる。本書はモンゴロイド人種の分岐や合流について「漢民族の源流を殷や周の興った黄河流域に求めると、そこは東や西からの異族たちの世界であり、漢帝国に求めると彼らは長江流域からの侵入者であって、純粋漢民族は単なる幻想の産物であったことが明確になるであろう」という見地から、古代中国・東アジアの民族状況をさまざまな文献に当って検証しようとする。読みものとしての面白さはあるのですが、この年になると学術的な細かな記述が覚えられなくて何度も同じ個所に戻ったりしてしまう辛さが。




タイモン・スクリーチ/大江戸視覚革命 十八世紀日本の西洋科学と民衆文化/作品社1998
年寄りでそもそも努力の嫌いな私はともかく、若くとも日本の学者からは総合的な視点が失われてしまい、戦争とプロパガンダ、あるいは江戸期や中世についても外国人研究者に期待するしかないのかも。本書は著者30歳時の博士論文で500ページ超の大著(いっぽう三浦ナントカが自民党総裁賞を受けたペラ紙の〝論文〟)。自己中で喧嘩上等のキリスト教文明にとって、ヨーロッパを軍事的脅威と捉えていなかった江戸期日本は「対等な文化衝突」として格好の研究対象であるという。蘭学の「蘭」という字は当時の日本人が持つ外国人のイメージをオランダが代表していたことを示し、長崎にはイギリス人・ドイツ人・スウェーデン人・ロシア人なども盛んに来航していて、眼鏡や時計や熱気球といった西洋文明が特に「視覚」を通じて人びとの意識を変え、それが浮世絵や黄表紙など庶民文化の技法・作風に表れるという実例がふんだんに紹介される。たとえば↑画像、1780年頃の円山応挙 による「清水寺」は初めて同寺を「高みから風景を見物する」場所として描くため、緑の少ない季節を選び舞台の高さと空間の広がりを強調している。  




水木しげる/墓場鬼太郎③/二見書房サラ文庫1976・原著1962頃
小学館の学年誌に載っていた『ゲゲゲの鬼太郎』はつまらなかったな。シュガーコーティングされた正義の味方なんて水木さんと真逆。アシスタントに任せて睡眠時間を確保していたのでは。子どもだからといってお茶を濁さず良いものを与えるべき。筑摩の現代マンガで『悪魔くん』はじめ貸本時代の片鱗に触れたものの、文庫化ブームのときサラ文庫の復刻を買わなかったためずっと後年まで再会が叶わなかった。貸本時代の作品は背景・構図・コマ割りに至るまで欧米作品を模倣した部分が多いと聞くが、まさに客層や時代を超越し「本質をつかむための自分との戦い」を行っていたのでしょう。③には兎月書房の長篇1作目「怪奇一番勝負」を収め、鬼太郎が長い間孤独で寂しがっている「生きた霊」を慰めるため話し相手になっている屋敷、その屋敷を買って霊や鬼太郎を追い出してしまおうとする「殺し屋」を返り討ちにする、非常に魅力的な鬼太郎と会うことができる。小学館の復刻や講談社の全集は気に食わない。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 02/18/2023 Top 15 Hits | トップ | 02/25/2023 Top 15 Hits »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書」カテゴリの最新記事