一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

別れの手紙

2016-09-18 07:50:55 | 読書



          詩人の茨木のり子さんが亡くなったのは
          2006年2月17日である。享年79。
          ご主人が亡くなってから31年間ひとり暮らし
          だった。
     

          「別れの手紙」は鉛筆書きで記されていた。
          年月日は空欄にしたまま。三ヶ月前に用意されて
          いたもののようである。
          正式な遺言状として完成したのは一ヶ月前。
          この世との別れの時期を察知していたかのように
          茨木は万事、事を済ませていた。

          府中市の葬儀場で密葬が行われた。集まったのは
          甥の宮崎治夫妻、その子どもたち二人、地方から
          やってきたのり子の夫の親戚、茨木のお手伝いを
          していた女性の計、11名であった。

          ひと月後、遺言通り、「別れの手紙」が郵送された。
          (年月日は甥夫妻が記した)
          以下はその「別れの挨拶」である。


          「このたび 私 2006年2月17日
           くも膜下出血にてこの世におさらばすることになり
           ました。これは生前に書き置くものです。
           私の意思で、葬儀、お別れ会は何もいたしません。
           この家も当分の間、無人となりますゆえ、一切
           お送り下さいませんように。返礼の無礼を重ねる
           だけと存知ますので。

           「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い
           出して下さればそれで十分でございます。
           あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかな
           おつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸に
           しまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊か
           にして下さいましたことか……。
  
           深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に代えさせて
           頂きます。
           ありがとうございました」


          いかにも茨木のり子さんらしい、簡素で思いやりに
          満ちた言葉である。
          人はいかに生きて、いかに死んでゆけばいいのか。
          私は深く深く、考えさせられた。


          ※写真は茨木のり子さん愛用のコーヒーカップ
           『茨木のり子の家』
                   平凡社