一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

日常と非日常

2016-09-04 08:28:24 | 雑記


      宇宙飛行士の山崎直子さんが新聞にこんな
      ことを書いていて強く印象に残った。

      訓練をしていたのは11年間。
      訓練を積めば積むほど、宇宙は特殊な場所
      であった。

      重力に逆らって宇宙に出ることも、そこに
      住むことも多くの技術が必要であるし、
      宇宙に到達して体が浮いたときの感覚や、
      ぽっかりと真上に光る青い地球を眺めた
      ときの感覚は、これこそ非日常の極みで
      あった。

      いくら訓練しているとはいえ、宇宙に跳び
      出すなんて(素人の)私にはそら恐ろしい
      ことに思えるのだが、
      いつしか山崎さんには、それが当たり前に
      なって日常のことと思えるようになったと
      いう。

      指先で壁を押せばすっと進むことも、
      宙返りが普通にできることも、寝袋の中で
      ふわっと浮きながら寝ることも、である。

      彼女自身も、宇宙で生活していちばん意外
      だったことは、
      非日常と思っていた宇宙がだんだん日常に
      なったことであるらしい。

      そして地球にもどると、今度は重力の重さ
      に驚いた。

      頭に漬物石がのっているかのような重さ。
      紙一枚でもずっしりとくる重さ。
      
      一方で、外に降り立ったときのそよ風の
      心地よさ。草や木の香り、土の感触。
      何もかもが愛おしく感じられたという。

      地上から離れ、無重力でかつ人工的な環境
      の宇宙船で過ごした後では、
      目の前のありきたりの景色や香りこそが、
      愛おしくてたまらない、というのである。

      当たり前と思っていたことが当たり前でない。
      
      こういう感覚はなかなか得られないことで、
      宇宙という得がたい体験をした山崎さんだか
      らこそ、説得力がある。

      さて、日々漫然と過ごしている私だが、
      周囲のなんということもない小さな変化に
      目を留めて、気持ちだけでも爽やかに過ごし
      たいと、山崎さんの記事を読んでつくづく
      思った。
      
      すでに稲刈りが始まっている地方もあるよう
      だが、カマクラでは田植えが6月と遅かった
      こともあり、やっと稲に花が咲いたところ。
      やがて実りの秋がきて、
      一面、頭を垂れる稲穂となるのだろう。