蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

スリービルボード

2018年06月17日 | 映画の感想
スリービルボード

ミズーリ州の小さな町。娘を(レイプの末に)殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマント)は、捜査が進まない警察にしびれを切らせて、郊外のさびれた道路沿いの大きな看板(ビルボード)に警察署長を批判する「広告」を掲出する。その「広告」は田舎町に大きな波紋を広げていく・・・という話。

日本人には「自分」がない、といったのは夏目漱石だったっけ?ロンドンにいって個人が確立され尊重される自律的な社会になじめなくてノイローゼ(って最近はいわなくなりましたね)になってしまった末にそんな気分になったんじゃなかったっけ?

日本人は今でも周囲の人との関係性を重視する他律的な環境に居心地のよさを感じる人が圧倒的に多くて、本作の主人公のミルドレッドみたいに、自分の信念に忠実で、それを守るためには家族や知人、近所の人たちとの関係性を全く顧みない人はめったにみかけない。

地域の実力者で周囲の信頼が厚く有能そうな警察署長を、彼が末期がんであることを知りながら看板であからさまに批判し、息子を高校に送っていった車に学生が卵?を投げつけると車から降りて犯人らしき学生を蹴りつけ、看板に放火されると警察署に火炎瓶を投げつけて仕返しする・・・まあ、さすがにどんな強気なアメリカ人でもここまでやる人はいないんだろうけど・・・本作がアメリカで高く評価されるのは、こういう主人公の人格が際立つように描かれているからだろう。
平凡な日本人の私にとっては、主人公の毒気にあてられて、見終わった時ちょっと目が回るというのか、足元がおぼつかないような気持ちになってしまった。
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帰郷

2018年06月16日 | 本の感想
帰郷(浅田次郎 集英社)

日本軍兵士を主人公にした短編集。

表題作の「帰郷」は、南方戦線で玉砕した部隊の生き残りの主人公が復員するが、故郷には帰らず、上野の売春婦に思い出を語る、という話。
故郷に帰らない理由は、「そりゃ確かに帰りにくいわな」と思える、痛切極まりないもの。ただし、実際にも割と会った事例だと聞いたことがある。
ではあるのだが、著者の手にかかるとどんなありふれた話でも涙を誘われるような小説になってしまうのだった。

「鉄の沈黙」は、孤立した砲兵部隊を描くもので、本書の中では唯一本格的な戦闘場面が描かれていて迫力があった。特に爆撃機から落ちてくる爆弾の見た目の描写が「なるほど」と思わせるものだった。
ただ、似たような話を松本零士さんの「戦場まんがシリーズ」で見たような気がする。(「戦場まんがシリーズ」では、敵は飛行機じゃなくて戦車で、大口径の高射砲を水平射撃する話だったかな??(うろ覚え))

「不寝番」は、タイムスリップもので、日本軍兵士と自衛隊員が夜中の当直中に自販機の缶コーヒーを飲む話。本作とは関係ないが、自衛隊内の自販機缶コーヒーの売上ってかなりのもんだろうなあ、と思った。

「金鵄のもとに」は、復員兵が銀座の街角である決断をする話。
これも本当にあった話に取材したものだろうか?そこまでやった人がいたとはなかなか信じられない。

「無言歌」は、二人の兵士が思い出を語り合う話。二人がどこにいるのか?がミソ。
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万引き家族

2018年06月14日 | 映画の感想
万引き家族

東京の住宅街に、廃屋じみた古い平屋の一軒家が残っている。
その家の持ち主である柴田初枝(樹木希林)と治(リリーフランキー)・信代(安藤サクラ)の夫婦、その息子:祥太(城桧吏)、信代の縁戚の亜紀(松岡茉優)が暮らしている。
治・信代の稼ぎと初枝の年金では暮らしていけず、足りない分は家族総出?で万引きしている。
ある日、治が集合住宅のベランダにいつも放置されている少女を不憫に思って連れ帰るが・・・という話。

上記のようなあらすじ・タイトルの外国映画だったら、この家族は(少なくとも前半は)もっと悪人っぽく描かれると思う。
治はカゲでは初枝のことを「ババア」呼ばわりするのだけど、その口ぶりには愛情があふれてしまっている。
JKビジネスのベテラン?である亜紀は、もっとずるがしこくしたたかに描かれてもよさそうなものだが、可憐で真面目な学生に見える。
子供のころ虐待されてきた信代は、心的外傷を感じさせない聖母のような感じだ。
三人とも、もっと悪人らしく上記と反対の役柄を演じろ、と言われれば簡単にできそうなので、ある意味甘やかさを感じさせる展開は、監督の方針なのだと思う。

唯一、「ホントはこの人は悪人かも」と思わせるのが初枝で、表向きはやさしいお婆さんそのものなんだけど、時々ヒンヤリとした底意地の悪さをチラ見させるのが、なんとも上手だなあ、と思えた。

続編が作られることはないのだろうけど、続編があるとしか思えないような終わり方だった。
ラストシーンを見て誰もが思うのは(偶然とはいえ、ちょうど似たような事件があったばかりでもあり)「皆はしあわせになったみたいだけど、この子はどうしてくれるの?」じゃないかな。



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バリー・シール アメリカをはめた男

2018年06月09日 | 映画の感想
バリー・シール アメリカをはめた男

アメリカの大手航空会社のパイロットだったバリー・シール(トム・クルーズ)は、単調な業務に飽きてしまい、CIAのエージェントの誘いを受けて、小型のレシプロ機による、ニカラグアなどの反政府組織への武器運送に携わる。そのうち帰り道にメデジンカルテルの頭領のエスコバルから麻薬の密輸を請け負うようになる。
バリーは仲間を募って機数を増やし、ものすごい大金を手にするが、麻薬取締官やFBIに目をつけられ逮捕されてしまう・・・という事実に基づく話。

バリーらは取締から逃れるために、無管制の超低空で飛行するのだが、1970年代終りから80年代前半の話なので、もちろんGPSとかなくて紙の地図だけが頼り。これでアメリカとコロンビア、ニカラグアを何十回も(無事故で?)往復できたというのは凄い腕前だなあ、と思えた。(実際、それがどれくらい難しいのか、よくわかっていないのだけど、エスコバルが愛用?したのだから、きっと飛び抜けていたのだろう)

稼いだカネ(裏金なのですべてキャッシュ)の量が多すぎてバリーが住む田舎の町は銀行の支店でいっぱい。バリー専用の金庫室を設けた銀行もあったが、それでも足りず、庭に埋めたり、倉庫に詰め込んだりする。家の押し入れ?みたいな所をなにげに開けたら札束が雪崩のように落ちてくるシーンが面白かった。(これが、本当にあったこと(らしい)だからこそ面白い。フィクションだったら「ありえね~」とか感じたくらいで終りだったと思う)

あと、バリーが逮捕された後、バリーが住むアーカンソー州の知事が州の司法長官に圧力をかけて釈放させてしまうシーンがあるのだが、その知事がビル・クリントンだった、というのも笑えた。

まあ、「事実に基づく」とは言っているものの、相当に誇張している部分があるんだろうけど、本作を見る限り、どうもアメリカ(というかCIA?)の陰謀ってウラを知ってしまうと、そこが浅いっていうか、けっこういい加減なんだなあ。
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かまさん

2018年06月09日 | 本の感想
かまさん(門井 慶喜 祥伝社)

鳥羽伏見あたりから函館での降伏までの榎本武揚の活躍を描く。タイトルは武揚の名前が釜次郎であることから来ている。

「活躍」と書いたけれど、本書を読む限り、武揚の打ち手はことごとく裏目に出ている。
幕府海軍の残存艦群を台風シーズンに函館に向けて出発させて一部の艦を失い、
主力艦の開陽を軍事上の必要性が薄い江差沖に派遣して座礁・沈没させ、
政権幹部を人気投票で選んだ結果、経験豊富な指揮官を失い、
どう見ても無茶な宮古島海戦をしかけて惨敗し、戦線縮小の時期を読み間違えて政府軍を函館近郊まで引き入れ・・・
また、武揚は、登場する多くのシーンで飲酒している。

著者は、武揚に大きな好意を持ってその生涯を描いているようには思えるものの、作品上の武揚は、どうも、あまり立派な人だったとは思えんなあ。。。

本書で描かれる政府軍は自分たちが寄せ集めで士気や経験が乏しいことをよく知っていて十分な戦力や物資が整わない限り積極的に戦おうとしない。
それは作戦技術上、正しいことだろうし、この後の(西南戦争などの)内戦においても顕著にみられる傾向だ。しかし、この政府軍の系譜を継いだ日本陸軍は、勝ちを重ねるうちにそうした特質とは正反対の方針をもってしまうことになる。
歴史の皮肉だなあ、といつも思う。
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