蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

竜馬がゆく

2009年04月07日 | 本の感想
竜馬がゆく(司馬遼太郎 文春文庫)

本書は老後の楽しみにとっておくつもりだったのだが、ついに読んでしまった。

40年以上前に書かれた本なのだが、今読んでも全く古びた感じがしない。(単に私が司馬さんの著書を読みなれているせいにすぎないかもしれないが)

登場人物に対する司馬さんの好き嫌いがはっきりでていておもしろい。

一番のお気に入りは、いうまでもなく竜馬で、身なりに全くかまわない、人の話を聞く姿勢が悪い、といった欠点といえるところまですべてが愛おしいといった感じだ。

もう一人、憎からず思っているのは、土佐藩主 山内容堂だろう。その行動を非難している箇所も頻出するが、筆致にとげとげしさがなく、反対に容堂のりゅうとした男ぶりの描写には親しみが感じられる。

乙女姉さん、武市半平太、定宿・寺田屋のおかみお登勢、長州藩の過激勤王派の来島又兵衛、後藤象二郎などにも好感を持っているようだ。

一方、竜馬の妻と言えないこともない、おりょうには極めて冷淡である。作中である登場人物に「なんでこんな女に竜馬は惚れてるの?」みたいな露骨な台詞を言わせている。これがズバリ、司馬さんのおりょうに対する思いなのだろう。

岩崎弥太郎、島津久光、土佐藩の重臣・佐佐木三四郎なども嫌われているようだ。特に佐佐木は、後に侯爵にまでなった人で、実務的能力は優れていたのは著者も認めているが、文中で「こんな人物は嫌いだ」という趣旨をあからさまに述べている。

司馬さんの好き嫌いの基準は明確で、行動に爽やかさ、潔さがあるか否かが、それに当たると思う。岩崎のように「何とか一ヤマ当てよう」といろいろ画策するような輩は好みではないようだ。現実には岩崎こそが竜馬の理想を最もよく体現した人物ともいえるのだが。


薩長同盟も大政奉還も歴史の大きな流れの中のイベントで、竜馬がいなければいなかったで、代りの誰かが触媒役を果たしたに違いない。
客観的にみれば、暗殺時にもいっしょだった中岡慎太郎の方が具体的業績ははるかにすぐれていると思う。
だから、竜馬は、おそらく「竜馬がゆく」がベストセラーにならなければ、とっくに忘れ去られた人物だろう。しかし、竜馬は戦後最大の売れっ子作家にたまたま気に入られたからこそ、今でも理想的人物として多くの人の記憶の中で生きている。そういう意味ではなんとも運の強い人だと言える。
コメント
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