おにゆりの苑

俳句と俳画とエッセー

 早 春 賦

2010-02-06 01:15:17 | Weblog

 ミニ句会が交流館できまっていた。
一時からなので、ゲートボールが終わったらその足で、自転車で走れば良いと心ずもりをしてスパークしていたら、携帯が鳴って急遽、大須観音の節分会へ吟行と変更になった。
 おっとり刀で駆けつけた地下鉄の改札でAさんの笑顔を見つけた時は正直ほっとした。
 今年はここのところ事のほか寒さがきびしく風が冷たい。Tさんは毛足の長い毛皮がつやつやしたコートである。
「いざさらば雪見にころぶところまで」の芭蕉の句碑のある境内では例年のように、紅白の幕を張った櫓の下で善男善女が押し合って厄除けの豆を拾っている。厄年の撒き手は一列づつの交代で夕方までも続けられる。
 私もさっそく、帽子で受けたが一回や二回ではとうてい齢の数だけは入らない。
 栄から七福神を乗せた車がパレードして来る沿道の喫茶店で、コヒー片手に句会を始めたが集中出来ないでいる内に鳴り物入りで行列がやってきた。
 喫茶店が願ったりかなったりの入り口近くであったので、Aさんは表に出てカメラのシャッターを切っていた。
 一年が如何にも早いと言う話から、この方、先日の中日新聞の日曜版の飛鳥圭介タイトル「光陰」年齢を分母で一年を分子にして何日の長さになるかを実感するとの説に「生き方次第で充実」と意義を唱えて一年引く年齢×充実感係数(生き生き暮らすは1.2目的なしの人は0・8)
と言う方程式を夕刊に発表したとおっしゃる。
 飛鳥圭介から叱咤と受け止め御礼申し上げますとの葉書が来たと見せてもらった。
 いずれにしても充実感係数ゼロの万年飢餓児の私には机上の空論である。充実感係数の
測定方法が判ら無い。
 いっそ早春賦を声張り上げて歌ったほうが単純に充実感が増しそうな気のする節分会、立春の前日であった。

  俳句 囃しつつ豆撒きせかす観音寺

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