おにゆりの苑

俳句と俳画とエッセー

不意に出来た時間

2019-08-27 11:11:21 | Weblog

  所属しているエッセーの会が、年一回行う「石火光中」の製本が26日27日の両日「にぎわい交流館」で缶詰めよと言うことで、名鉄バスで時間に間に合うように行ったのに、裁断機が傷んでいるからと中止になった。
 印刷だけでもと言う声もあったが、先生のやる時は「一時」との鶴の一声で、さあ手持ち無沙汰になってしまった。
 顔を合わせたのを好都合と先日の朗読会の「打ち上げ」座談会みたいになったがKさんと私はバスの都合で御無礼した。
 Kさんはこの際医者に行くと言って三本木線に乗られ、私は毎日電話がかかってくるIさんとアポをとって北部福祉会館で待つことになった。
 馬鹿気たことに一区画乗りすぎてしまって、そこには何か事があったらかかる医者が二軒もあると言うのに昨日、両の足首の上を蜂に刺されて、又土日か、お医者の休みばかりに刺されるなあとムヒを塗って置いたのを忘れていた。
 てくてくと一区画を歩いて戻ると前年の老人会の会長が私を見かけて寄ってこられ、久し振りの話ができた。ここでシルバーの仕事でもしているのだとみえる。
 やがて現れたIさんと隣のスシローでお昼をしながら四方山の話をした。
 私の進行方向のショッピングセンターへ行くというので一緒に乗り込むと先ほど別れたKさんが医者を終えて乗っているし、青山リゾートや中部記念墓地のことで話をしたかったEさんも乗っていた。
 ソックスの中で赤く腫れている蜂に刺させたところを医者に診てもらってからでも、このバスで三人と一緒になれたのではなかったろうかと、あらぬ好都合な事を考えながら家に帰った。
 それにしても降って涌いたような楽しい一日であった。

       俳句 珊瑚樹の蔭出入りしつバスを待つ

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    再  起

2019-08-13 12:34:09 | Weblog

  生からメールが入った。「12日、NHKラジオ深夜便で、今日は誕生日の花が、オニユリ、花言葉が荘厳だと言う、ブログ鬼百合頑張ってください}
  やはり、気のつく人は気がついていたのだ。最近嫌になっていたのである。
 ブログ「おにゆりの苑、俳句と俳画とエッセー」を十年間 一年に一回づつ手作り本にして二、三十冊をを配っていた。図書館の市民コーナーには今でも入っている。
 私のやっている事といえば、毎月第一火曜日にこの先生に講師をお願いして十八名の俳句同好会をしている。外に携わっているのは、「無限図」という句会と「日進エッセーの会」の三つである。そのうちの俳画は美子先生の存命中に習ったのを繰り返し模写している。
 ところが去年老人健診でひっかかって、医者巡りをしていた。それが治ると世間では「だんしゃり」などという言葉が流行りだして人口も高齢者の割合が多くなったと言われるようになった。それらの言葉にすっかり、そのとおりと思うようになった私は、することなすこと希望が持てなくなってしまった。
 「にぎわい句座」は先月までに春の吟行、ギャラリー展示、ワイワイフェステバルの協賛と、つつがなく終えて来ているのに。
 さてこの八月は、エッセーの会のHさんと言う 男性が絵本「「ダイキチのふるさと探検」を出版し上映と朗読の会を開くという。主催「エッセーの会」協力はスマイルの会だと言う。句会「無限図」と重なってしまった。
 句会の途中で早引けして誘ってあったIさんと四時半の開館に間に合うようにと市民会館へ駆けつけた。去年の朗読会の折一番の問題はPRと動員の方法だと思うと言っていただけあって万端ぬかりなく細心の注意がしてあった。
 事前に会員をつのった名簿を受付でチエックをして絵本を渡し会場一杯ぱいの百五十人の夕食が並べてある席につかせた。
 幕のテレビ、スマイルの方の朗読、ピアノ、絵本を描いた「よし子さん」の紹介、三本木の宣伝と彼の情熱はつきることを知らない。日進の有名人が何人もマイクを持った。
 こんなに一つの事に集中出来るHさんをみて、私もブログや俳句をやめようなどと思わずに心を入れ替えて努力をして行こうと決意したことであった。

             俳句  七夕の竹軒先に用意せり
                  地蔵盆声あげし子の爺となり
                  二児連れて里帰り来る盆の月

コメント (1)
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