エスカルゴ…といえばカタツムリ。そう聞くだけで抵抗があるけれど、もちろんフランス料理のエスカルゴは、日本のデンデンムシムシとは別のものだということは、たいていの人は知っている。
これがフランス料理という肩書きではなく、世界の国のどこか一地方の料理なんかだと、気味悪がられるだけかもしれない。…が、なにしろ世界に冠たる美食の国・おフランスの料理ですから、カタツムリといえども一流のお料理として位置づけられるわけでしょうね。
ものの本によれば、エスカルゴを食用に仕上げるまでには、かなりの時間と手間がかけられる、とのことである。まずカタツムリを生きたまま断食させて腸の中をきれいにする。それに約1週間かかる。そのあと殻と身に分け、よく洗うのにまた相当な時間がかかり、さらに下味をつけてから十数時間置き、ようやく最後の調理に入るのだそうである。断食させられたあげく食用にされるって…なんだかエスカルゴが気の毒な気もしますけど。
エスカルゴを初めて食べたのは、パリで、妻とモンマルトル通りを歩いていた時、たまたま見つけたファミレス風の店でのことだった。
アツアツのエスカルゴが皿に乗って運ばれてきた。さて、問題は食べ方である。よく考えてみると、僕たちは食べ方をはっきり知らなかった。そこで、斜め後ろの席にドイツ人(のような感じの)数名のグループがエスカルゴを食べていたので、それをじっと観察して、真似することにした。
左手でエスカルゴを挟む専用の器具(トング)を持ち、これを使って丸い殻を挟んで持ち上げる。右手で専用のフォークを持ち、それで中身をほじくり出す。ズルっと引き出した中身をパクっと口へ放り込むと、ガーリックの香りがむせかえるように口の中に広がって、う~ん、これはイケるぜぃ…と書くと、いかにもそれらしく聞こえるが、現実はゼンゼンそんな格好のいいもんじゃなく、それどころか、エスカルゴを口に運ぶまでが大変だった。
トングという殻を挟む器具が実に扱いにくいのである。ふつうは、持っている部分を握ると両先端が閉まっていくし、握りをゆるめると先端が開く。ところがこのトングは反対で、ギュッと握ると先が開き、ゆるめると先が閉じていく。
つまり、左手に持ったトングでエスカルゴの殻を挟み上げるとき、まず握った状態で先を開けておき、殻に触れたときにパッとゆるめると殻を挟む状態にする。それを持ち上げ、右手に持ったフォークでエスカルゴをほじくり出すのだけれど、このやり方がむずかしいのである。殻をきつく挟もうと思って無意識に左手のトングをギューッと握ってしまうと、先が開いて殻がポロリと落ちる。しまった、握るのではなくゆるめるんだった、とあわててトングを持つ手を「グー」から「パー」へ広げると、今度はきつく挟みすぎて、トングの先から殻がパチンっとはじけて飛ぶ。
大昔の「プリティ・ウーマン」という映画の1シーンを思い出さずにはいられない。コールガールのジュリア・ロバーツが、エリートビジネスマンのリチャード・ギアとレストランで食事中、エスカルゴをはさもうとしたとたん、失敗してパチ~ンと殻がはじけ飛び、他のテーブルを直撃…と思いきや、そばにいたウエイターがナイスキャッチする、あの場面だ。
たしかに丸い殻を挟むのはむずかしい。ほんとうに、ひとつ間違えればパチンと跳ね飛んでビューンと飛んで行きそうである。「断食させられてから料理されちゃうんだからね、せめてここでひと暴れしなくっちゃ」と、エスカルゴ君のつぶやく声が聞こえてきそうだ。
で、僕はエスカルゴをつかみ出すのに苦闘しながら「プリティ・ウーマン」のシーンを思い浮かべ、手に汗握るほどの緊張の中で慎重にエスカルゴを挟み、どうか跳ね飛ばないように、飛んで他のお客の頭を直撃したりしないように…とヒヤヒヤしながら、ぎこちない動作を繰り返してエスカルゴを口に運んだ。
…3つめを食べ終えたところで、その必死の努力にも限界が来た。こんなこと、もうやってらんない。僕はトングとフォークを使うことをあきらめて、手で直接つかむことにした。
エスカルゴがどんな味なのかわかったのは、この4つめからである(笑)。
フォークとトング。トングは先がクロスしている。
普通とは逆で、ギュッと握ると先が開くのでややこしい。