僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

「おかえりモネ」 を見て思うこと

2021年05月27日 | 映画の話やTVの話など

今週から関西テレビで「古畑任三郎」の再放送が始まったので、毎日録画して見ています。ただ、今回の再放送は第3シリーズで、もうかなり「晩年」の作品です。う~ん、ちょっと残念かなぁ。僕は第1シリーズと第2シリーズが大好きなんですよね。それに比べると第3シリーズは少しマンネリ化して、ストーリーもひねり過ぎかな、という感じがしなくもないんですよね。

でもまぁ、そうは言ってもやはり面白い。久しぶりに見る古畑任三郎のおかげでテレビを楽しむ時間が増えました。欲を言えばこのあと、第1シリーズか第2シリーズの再放送もしてほしいと思います。特に第2シリーズの1回目、明石家さんまが弁護士役で出た「しゃべりすぎた男」はメチャ面白かったので、ぜひ放送してほしいですね~

 ………………………………………………………………………………

ドラマといえば、NHKの新しい連ドラ「おかえりモネ」が始まりましたね。
ヒロインの清原果耶(かや)さんは僕の好きな女優さんです。

     

一昨年9月20日のブログで、連ドラの「なつぞら」が終わったことについて書いたのですが、主人公の広瀬すずの妹役に出ていたのが清原果耶で、そこで彼女のことを書いています。ちなみに、この「なつぞら」に出ていた吉沢亮クンが現在の大河ドラマの主人公・渋沢栄一を演じ、同じ「なつそら」の清原果耶が今の朝ドラのヒロインというのはね~。おもしろい巡り合わせです。

清原果耶は何年か前のドラマ「朝が来た」で「ふゆ」という女中さん役をしていて、僕はその時初めて彼女の存在を知りました。うちのモミィとわずか3~4歳しか違わない若い女優さんですが、何か引き付けられるものがあったんですよね。それに大阪府の出身だし。その果耶ちゃんがいよいよ朝ドラのヒロインとして登場した。これをきっかけに大いに飛躍してほしいものです。

「おかえりモネ」というタイトルは、ヒロインの名前が百音(ももね)で、みんなからモネちゃんと呼ばれているところから来ています。「睡蓮」の絵で有名なフランスの画家のモネじゃありませんよ(わかってるわ!)。

実はモミィの幼稚園時代からの仲良しだった近所の女の子が「ももね」という名前で、小学生時代は毎日一緒に学校へ行っていました。なので「ももねちゃん」と言うと、ついその子を連想してしまいます。

さらに、今は高校生となったモミィはさっそく何人かの親しい友人ができて、わが家に呼んだりしているんですが、先日、遊びに来た友だちの名前を聞くと、
「こもも」ちゃんという名前でした。「ももね」ちゃんも可愛いし「こもも」という名前も可愛いですね~。山口百恵の「ももえ」ちゃんもいいけどね。

さて、その「おかえりモネ」とはどんな話なのかと言うと、知っている方も沢山おられると思いますが「ウィキペディア」の文章をそのまま引用すると、

宮城・気仙沼湾沖の島に生まれ育ち登米で青春を過ごしたヒロインが、天気予報を通じて人々の役に立ちたいと気象予報士を目指して上京し、やがて故郷の島へ戻り予報士としての能力を活かして地域に貢献する姿を描く。

というものです。

今、ドラマは主人公のモネが生まれ故郷の気仙沼市の島から登米に移り住み、そこの森林組合に就職して人生の目標を模索する、というところです。

で、ここに出てくる宮城県の「登米」というところですが

「登米」という地名を見て「あっ」と思ったのです。一時期、親しくしていた知り合いの人が登米の出身だと聞いていたからです。その話を聞いたのはかなり前のことで、今は音信は途絶えていますが、「登米」と聞いて久しぶりに、懐かしくそのことを思い出しました。

まぁ、そういうことで、
「おかえりモネ」を見ていると、
いろんなことが頭の中を巡るのです。

 

 

 

 

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アベノまでウオーキング

2021年05月25日 | ウォーク・自転車

今のコロナ禍での楽しみというのは、本を読むこと、歩くこと、テレビのニュースや映画・ドラマなどを見ること、ぐらいなものでしょうか。あっ、おいしいものをアテに家でお酒を飲むこともね!(これが一番か)。

で、その楽しみの一つであるウオーキングですが、最近は長い距離を歩いていないので今はどれだけの距離を歩けるか? という自身の体力のバロメーターとして一昨日の日曜日、アベノまで歩くことにしました。

わが家からアベノというのは、近鉄電車で言えば、藤井寺駅から数えて終点の阿部野橋まで12の駅があります。それで、だいたいの距離を想像していただけたらいいと思いますが、歩くコースにもよりますが、普通に歩いて3時間から4時間程度かかります。その日は午前9時過ぎに家を出ました。

前回、長距離を歩いたのが約2か月前で、その時は電車でまずアベノまで行き、そこから家の方を向いて歩きました。今回はその逆で、家からアベノまでよく似たコースを歩いたのですが、さすがに暑くなりましたねぇ。

大阪市内に入り、「長居通り」を西に向かって長居公園を目指しました。その時すでに11時を過ぎており、お腹も減って来たのでコンビニでパンと飲み物でも買おうと思いながら歩いていると、公園の手前に「スギ薬局」の大きな建物が見えました。最近の薬局は薬だけでなく、食べ物や飲み物も売っていますね。先月、近所にウエルシアという大きな薬局がオープンしたので行ってみたら、食料品がいっぱい並んでおり、酒類も販売されていたので驚いたものです。この「スギ薬局」も同様にいろんなものが並んでいましたが、僕はお昼に長居公園でパンでも食べるつもりにしていたので、菓子パンとカフェオレを買い、リュックに入れて公園に向かいました。

日曜日ということもあり、長居公園は家族連れや若いカップルや中高生くらいのグループなどで賑わっていました。シーツを敷いてお弁当を広げている人たちも沢山いました。僕は木陰のベンチに座り、そんな人たちを眺めながら、一人でパンをかじりつつ、やはり家の中よりもこういう屋外でくつろぐのがいいなぁ、と改めて思った次第です。

さて、お腹が膨れたところで、またウオーキング。
長居公園からあびこ筋という道路をアベノに向かって歩くと、遥か前方に「あべのハルカス」が見えてきました。しかし、徐々に右足のアキレス腱あたりに痛みを覚え始めたので歩く速度をゆるめる。そうして、しばらくすると元に戻ったのでやれやれと一安心。脚力だけが自慢のこの体なので、時々歩行中に足首や膝や大腿部が痛んだりすると「やっぱり衰えてきたのかなぁ」とガクっとくる。歩いているうちに回復するとホッとする。そういうことが最近ちょっと増えてきました。

途中、モミィが通う高校の前を通りました。日曜日だから校門はガッシリ閉まっていましたけど、2か月前のウオーキングでも、反対側からこの学校の前を通っているのでこれが二度目です。

そしてようやくアベノへ着き「キューズモール」という大型ショッピングセンターに入りました。建物の中は涼しいのでホッとします。ここの何階かの通路にソファが並んでいるので、そこへ行って体を休めようと思ったのですが

忘れていました。コロナで店舗の2階以上は閉鎖されているのです。あべのハルカスに入っている近鉄百貨店も、1階の化粧品売り場と地下の食料品売り場以外はこれまた閉鎖。反対側のショッピングセンターもやはり同じような状態。周りには大勢の人で賑わっていますが、お店はほとんど閉まっていました。そりゃそうですよね。緊急事態宣言下なんだから。うっかりしていました。

どこかに座って休みたいのに、そういう場所がないので、仕方なく、そのまま駅へ行って電車に乗ることに。

パラパラっとしか乗客がいない藤井寺行き各駅停車に乗り込み、座席にもたれ込んでやっと一息つけました。すると、斜め向かいの席に座っていたおじさんが、バッグの中から缶ビールを出して、グイっと飲んでいました。
おいおい、「電車飲み」かい?

そんなことでこの日のウオーキングは終了です。

家に帰り着いたのは午後3時を過ぎていました。
モミィがいなかったので「どこへ行ったの?」と妻に聞くと、
「お友だちと難波に行くと言って出て行ったわ」との返事。
う~む。アベノよりまだ向こうへ行ったのか。

夕飯にはまだ早かったのですが、きょう目についたことなどを妻に話しながら、よく冷えたビールを出してグイっとやった時のおいしかったこと。

これがあるからウオーキングはやめられない。

歩こう、歩こう、アルコール

すみません。
書かないつもりだったのに、
また書いてしまいました。

 

 

 

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田村正和さん死去 ~さよなら古畑任三郎~

2021年05月20日 | 映画の話やTVの話など

有名人の訃報が毎日のように入ってきますが、田村正和さんが亡くなられたという昨日のニュースにはかなりのショックを受けました。

僕の記憶の中では、テレビドラマで初めて田村さんを見たのは「ニューヨーク恋物語」というドラマでした。相手役が岸本加世子さんで、ドラマの終盤に2人が抱き合ったシーンをよく覚えています。岸本さんがポロポロと大粒の涙を流していたのが印象的でした。

このドラマも素敵でしたが、主題歌が井上陽水の「 リバーサイドホテル」という歌で、僕はこの歌が大好きだったので、カラオケでよく歌いました。テンポがいいので、どこへ行っても、どんなメンバーと行っても、カラオケとなると必ず歌ったのがこの「リバーサイドホテル」と、細川たかしの「北酒場」です。
(なんで「北酒場」が出てくるねん!)

♪ だれも知らない夜明けが明けたとき~
♪ キタァの~ 酒場通りには~ 長い~髪の女が似合う~

(あぁ。もう1年以上カラオケに行っていないなぁ)

「ニューヨーク恋物語」のあとは、ドラマ自体をあまり見ていないので田村さんの出演作もよく知らないのですが、しかし、あの「古畑任三郎」に限っては第一回目を見たとたん、ハマってしまいました。中森明菜が出ていましたね。

それ以来、全編見ていますし、すべてビデオに撮って何度も繰り返し見たのですが、古い型のビデオテープなので処分してしまいました。今から思えばもったいないことをしましたわ。DVDにダビングすることもできたのに、当時はそんなことも知らなかったので残念です。

さて、この「古畑任三郎」については、2年前の1月のこのブログにも書きました。記事のタイトルは、「平成の30年間で最も好きだったドラマは」というもので、その中で、僕自身の平成ドラマのランキングは

1位「古畑任三郎」
2位「ロングバケーション」
3、4がなくて、
5位に「半沢直樹」

という順位をつけました。
やはり僕にとっては、平成時代で最高に面白かったドラマは「古畑任三郎」でしたね。

ところで、このブログを始めたのは2007年の12月だったんですが、それ以前にも短い期間でしたが別のブログをやっていて、そこのプロフィール欄には、今のような自分の顔写真ではなく、これを出していました。

     

つまり、古畑任三郎のシルエットです 笑。

当時の「ブログ友だち」だった “たまごさん” という北海道にお住いの女性の方が僕のために送ってくださったもので、それを僕の「プロフィール写真」として載せていました。

その「自己紹介欄」には次のようなことを書きました。

性別 男性
都道府県 大阪府
職業は探偵です。もつれた謎を解きます。
もつれた問題でお悩みの方はご相談ください。  
というのはウソです。普通の勤め人です(笑)。
この「似顔絵」は、たまごさんからいただきました。

完全に「古畑任三郎かぶれ」していますよね。
それほど大好きだったわけで。
こんなに面白くて見せ場の多いドラマって、
今後はもう出て来ないんじゃないかと思います。
また、ほかの役者さんだったらここまで人気は出なかったでしょうしね。

そんなことで、
田村正和さんのご冥福を心からお祈りいたします。
「古畑任三郎」を、どうもありがとうございました。

 

 

 

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信楽鉄道事故から30年

2021年05月18日 | 思い出すこと

一昨日の16日の日曜日のこと。
4月からモミィが通い始めている高校からメールが来た。何かと思えば、
「教職員の方1名が新型コロナウイルスに感染していることが判明しました」
とのことでした。で、17日の月曜日から19日までの3日間は中間テストの予定だったのですが、とりあえず3日間は休校し、テストは20日からに延期します、という内容でした。そんなことで、昨日、今日、明日とモミィは「自宅待機」の状態です。
休校が延長されなければいいんですけどね~
ほんと、いつまでもコロナ、コロナで大変ですわ。

  ………………………………………………………………………………

さて話は変わり、また古い話になりますが、先日の14日は滋賀県の信楽鉄道事故から30年が経ったということでした。

信楽鉄道事故というのは、1991年(平成3年)の5月14日に、信楽鉄道の普通列車が赤信号を無視して出発し、JR西日本の快速電車と衝突して42人が死亡、600人以上の人が負傷した事故です。

この事故から30年が経ったと知り、「あぁ、あれから30年か」と、僕自身のあの日のことを思い出したのでした。


 
  5月
14日の朝日新聞夕刊

この1991年という年は、僕は16年間勤務していた市役所の議会事務局という部署を離れ、総務課文書法規係というところへ異動した年でした。4月1日に異動し、5月に文書法規係の全国職員研修会というのがあるので「出席すれば」と上司に勧められ、一人で研修会が開かれる福岡へ行きました(一人の出張って、何となくウキウキ)。

研修を受けたあと、夜は博多の屋台で一杯飲むことにしました。博多は屋台が有名ですもんね。せっかく来たんだから屋台にも行ってみなければ、と一人ブラブラ出かけました。

屋台でおいしいサカナをあてにお酒を飲んで、オヤジさんや隣に座っていた日経新聞社の記者の人らとおしゃべりを交わしたりしていい気持になり、夜の10時頃にホテルの部屋に戻りました。
そして部屋から自宅に電話をしたら

電話に出た妻が、
「きょう滋賀県で大変な大事故が起きたの。ニュースはずっとそればかりよ」
と興奮した口調で話したので、
「えっ? そんな大事故が」
僕は酔いも覚め、電話を切った後、すぐに部屋のテレビをつけた。
妻が言ったとおり、テレビではその事故のニュースを報じていた。
そこで初めて信楽鉄道事故の詳細を知ったのだった。

なので、今でも信楽鉄道事故と言えば福岡を思い出すのです。

ところで、
事故を報じるテレビを見ていたら、次のニュースがまた衝撃だった。相撲界に君臨していた大横綱の千代の富士が場所中、急に引退を表明したのだ。
「へぇ、千代の富士が引退!」
ニュースでは、千代の富士が会見で「体力の限界!」と涙ながらに振り絞った言葉が耳に焼き付きました。

  
 千代の富士の引退記者会見。

そうして一夜が明け、翌日、朝食を食べていると、テレビのニュースで、
「安倍晋太郎氏が死去されました」と報じられたのでまたビックリ。
安倍氏は当時、自民党の幹事長で、さらに元総理大臣の岸信介や佐藤栄作の親族で、次期総理候補として注目されていた著名な政治家だったので僕もよく知っていた。むろん、去年まで総理だった安倍晋三氏の父親としても知られていますよね。その安倍晋太郎氏が病気で亡くなったのがこの日でした。 

  
  安倍晋太郎氏。

1991年(平成3年)5月14日。
福岡へ研修に行った日。信楽鉄道事故があり、横綱千代の富士が引退し、翌朝には総理大臣候補だった安倍晋太郎氏の突然の訃報と、3つの大きな出来事があった。そのことを、僕は今でもよく覚えています。

あれから30年が経ったとは。
早いです。

 

 

 

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くだらないシャレは、よしなシャレ

2021年05月14日 | ズレズレ草

テレビのニュース番組の中で、あるお店の前に面白い貼り紙がしてあったという話が出た。伝えたのは女性アナで、「肉まん屋さんのお店の前にこんな貼り紙がしてあったのです」と、その映像を紹介しました。それは,

「コロナを憎んでも 肉まんは憎まん」

と書かれた貼り紙が、肉まん屋さんの店の前に貼られていたものでした。

それを紹介した女性アナが「すごいでしょ。滅茶苦茶面白いですよね~」と感極まったように満面の笑顔で周囲を盛り上げると、そばにいた男性アナや数人のコメンテーターらも、「いやぁ、ホントすばらしい!」「最高に面白い!」と拍手も交え、みんなで大喝采していました。

しかしまぁ、所詮はダジャレです。「ダジャレの神様」と呼ばれてきた僕(?)としては、その程度でこれだけ大騒ぎして面白がるのもどうかと思ったりね~。そんなダジャレで大喜びしているのはダレジャ! 

すみません。今日はこんなノリです。

昔、勤めていた頃は電車のホームで職場の仲間に会うと、
相手が「おはよう」と言ったら「グッドモーニングむすめ!」って返したり、
電車がホームに入って来たら「あ、電車がきたじまサブロー」って言ったり。
たいてい、相手は何の反応も示してくれず、完全無視でした(笑)。

さて「肉まん」の話に戻りますが、「肉まんを憎まんといて」というのはよく使われるダジャレです。他にも

この焼肉は焼きニクいなぁ。
このトリ肉はトリニクいなぁ。
冷やし中華、まだ冷やし中か?
シューマイはもうおシューマイですか?

な~んてね。うふふ。

わが家の食事中にも、モミィにダジャレを飛ばすことがよくあります。
「お塩、ないの?」と言うモミィに「シオ(しょう)がないなぁ」と返す僕。
「お醤油は?」「しょういう(そういう)ことは言うな」
「ビール沢山飲んでるね」「うん。あビールほど飲んでるねん」

モミィはどれも「おもしろないわ」と顔をしかめる。しかし、そんなことを繰り返していると、モミィにもだんだん智恵がついてきたようで、先日はこんなことがありました。

僕がモミィに、
「質問です。ある人が食堂に入って和食を頼もうとしたら、そこは洋食専門店で和食がなかったのです。和食を食べたかったその人はとても残念がりました。さてその人は何と言ったでしょう?」という問題を出すと、モミィは即座に、

「和食がないとは、ワー、ショック!」

と返してきたのです。ズバリ正解! ピンポーン。

モミィも高校生になって、少しは成長してきたようです(笑)。

とまぁ、こんなことを書いていたら、
「くだらないシャレは、よしなシャレ」
と言われそうなので、今日はこれでおしまいデ~ス。

 

 

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スギ薬局・便宜供与や さざ波・笑笑のことなど

2021年05月12日 | ニュース・時事

新型コロナウィルスのワクチン接種について、予約の電話をかけてもつながらず、全国各地でさまざまな混乱が起きているようです。僕たち夫婦も予約開始日に市のコールセンターに電話をしたけれどずっと話し中でつながらず。しかし市のホームページからネットで予約する方法もあることを知ったので、スマホから申し込みをして、6月と7月の接種ですが予約が取れました。今のニュースを聞いていると、僕らは運が良かったんだな~と思っています。

そんな時に実に不快なニュースが入ってきました。

ご存知のように愛知県の西尾市というところで、副市長が地元に住むスギ薬局の会長夫妻を優先して予約枠を確保するよう担当部局に指示したという件。この会長夫妻の秘書(女性らしい)が何度も市役所の担当部局に電話し、担当者が断っても電話を繰り返し、次は市の健康福祉部長に何度も電話をかけ、これまた部長が断っても断っても電話を繰り返すので、部長は仕方なく副市長に相談した。その結果、副市長が「それなら何とかするように」と担当に指示して便宜をはかったというわけ。会長夫妻がワクチン接種を受ける前に、地元の新聞社に内部告発があってこのことが発覚したので予約は取り消されたそうです。今日のニュースでは副市長が謝罪している様子が報じられていました。

しかしねぇ。
こういうことは、いかにもありそうですわ。西尾市の場合、たまたま発覚したので大きなニュースになりましたけど。

地元の有力者がお役所に圧力をかけるか、あるいはお役所側から「忖度」して、内緒でワクチン接種の予約を確保するようなことが他でも起きているんじゃないか? と疑いたくなります。電話をかけてもつながらず、ネットにアクセスしてもつながらず、お役所へ直接行けば恐ろしいほどの人数が詰めかけているという八方ふさがりの状況の中で、こんな「裏口予約」のニュースを聞くと、国民は本当に憤慨しているだろうと思います。

そしてもうひとつ、コロナに関して不快なニュースと言えば、内閣官房参与という立場にある高橋洋一という大学教授がツィッターに投稿した文章です。

世界各国の感染者数を比較するグラフを示してから、
「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」
という文章を投稿したことで、これが世間の怒りを買っています。
今の日本の感染状況は彼に言わせると「さざ波」なんだそうです。

わが大阪では、昨日新たに55人の死亡が確認され、1日の死亡者の数としては過去最多を記録していますし、重症者数も増え続け、病床も不足して本当に大変な事態になっているというのに、それを「さざ波」と言うか?

この高橋洋一という人物は元財務官僚で、菅首相が昨年10月に内閣官房参与に任命したそうです。自分が任命した高橋参与のこのツィッターについて、菅首相は一昨日の参院予算委員会でこの件に関する質問を受けた際、
「高橋さん個人の主張について私から答弁することは控えるべきだと思う」
と答えたという。

そもそもこの内閣官房参与という役職は「首相の相談役的な立場の国家公務員」なのだから、菅首相が「高橋さん個人の主張」と言うのは、おかしい。 
内閣官房参与という立場での「公人の主張」だろう。

ホントにこの菅さんという人は頼りない。五輪の開催については、
「対策を徹底し、国民の命や健康を守り、安全、安心の大会を実現します」
と、同じことを念仏のように繰り返すばかりで、何も心に響いてこない。
具体的なことは何も言わず、抽象的な表現を並べるばっかりです。

ところで話は戻りますが、
高橋参与のツィートの最後の2文字には目を疑った。
「これで五輪中止とかいうと笑笑」という、その「笑笑」とは
何が「笑笑」というほど面白いのだろうか?
「さざ波」程度の感染者数で五輪中止とかいうのはちゃんちゃら可笑しい
という意味なの? 
国民をバカにしてるやろ。

とにかくこの参与という人もお気楽な人ですわ。こういう国家公務員がいるから、世間の人たちも「新型コロナも大したことないわ」となって、気持ちがどんどん緩んでくるんじゃないの? 

この際、この2人にメッセージを送ります。

「菅首相も高橋内閣官房参与も、しっかりしいや 怒怒」

 

 

 

 

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不登校の子どもたち

2021年05月09日 | 日常のいろいろなこと

前回のブログでは、7日の朝日新聞のとんでもないミスについて批判したところですが、翌8日(土)の朝刊に「訂正しておわびします」という記事が載っていました。


  

 


「編集作業を誤りました。この記事は10日付朝刊に掲載します」
と書かれています。

僕がなぜ朝日新聞のこのミスに腹を立てたかというと、モミィの幼稚園からの幼なじみの男の子が中学3年生の頃から不登校になり、今は進学も就職もせずに家に引きこもっている。またほかにも、学校に行きたくないので朝に起きないという子がモミィの周辺に何人かいると。そんなことを聞いていたので、この記事に興味をもったわけです。なのにねぇ。

モミィの同級生のお母さんたちに聞くと、不登校ではなくても、特に5月の連休のように何日も学校へ行かないと、行く気が失せて朝も起きられない、という子が多いそうです。まぁ大人にも「5月病」というのがあって、新入社員が5月の大型連休のあと、会社へ行くのがイヤになるというのは、かなり前から言われていることです。休みが長く続くと学校や会社に出るのが億劫になるというのは、誰にでもわかりますよね。

だから、朝日新聞がそういうことを検証する特集記事を掲載したのはエライ、と思ったのに、その記事をすっぽかされたことに腹立ちを覚えたわけです。

ま、明日の10日にそれが掲載されるということですから、読ませてもらいますけどね~

上記の話とは直接は関係ありませんけど、コロナだと言って毎日家にこもっていると、どうしてもストレスが溜まりますよね。やはり「ひきこもり」は心身に良くないです。散歩だけでもいいので、外に出なければ、何だか気がおかしくなりそうです。

ずっと学校を休んでいると、もう行きたくなくなる子供たちの気持ちも、その点では、よくわかりますね。 

 

 

 

 

 

 

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朝日新聞に抗議

2021年05月07日 | 日常のいろいろなこと

今朝の朝日新聞を見て驚いた。
いや、驚いたというより、腹が立ってムカムカした。
きょうはそのことについて書きます。

 

新聞の一面の右上に「朝日新聞」とあり、その下に今日の記事の概要が並んでいます。たとえば今日のその欄を見ると、

8面「社説・声」
5面・12面「新型コロナ 感染者数の詳細」
4面「自民の内紛 次期衆院選に影」
6面 古いメガソーラー「再生」

21面「連休明けの子どもたちへ」
15面・23面「渡辺名人が2勝」

というものです。

 

それで僕は21面の「連休明けの子どもたちへ」という記事に着目しました。そこには、「朝起きられない、食欲がない。10代の子どもが大型連休明けに疲れを自覚するのは恥ずかしくなく、学校には行かない選択が必要なこともある、と専門医は助言します」とあり、モミィの友だちに何人か不登校の子がいたことを思い、さっそくこの記事を読もうと思ったのです。

ところが

21面を開けてみても、その記事が見当たらない。隅から隅まで見たけれど、1面にあった「連休明けの子どもたちへ」なんて記事はどこにも存在しなかった。

「なんやねん、これは」
別のページにあるのかも、と全部のページを確かめたけれど、なかった。
こんなミスって、朝日のような大新聞であるのか?

よく「お詫びと訂正」の欄はある。でもそれは、人の名前が間違っていたとか、数字が違っていたとか、ごく部分的な間違いに関してである。しかし今回は、1面の「きょうの紙面案内」という欄で記されていた記事が、どこにもないという前代未聞の間違いだ。朝日新聞ともあろうものが、こんなアホみたいな間違いをするって、いったい何をしているんや!

わが家ではもう40年以上朝日新聞を取っている。いや、別にほかの新聞でもいいんだけど、かつて市役所の広報係と議会事務局に在籍していた頃、4大紙にすべて目を通していたが、朝日新聞の記事が最も緻密だという印象があった。政府に対して極端に批判的すぎる面や、中国・韓国寄りで、さらに従軍慰安婦について歴史的な過ちを犯したことなど、共鳴できない部分もあるけれど、そこはあまり深くは考えず、とにかく朝日新聞を取っていた。

しかし、今日の失態はなんなのだ。
朝日新聞がこんなアホな間違いをするか?

僕は居ても立っても居られなくなり、朝日新聞社に電話をした。

まず電話に出た女性に用件を伝えると、変わって男性が電話に出た。

「今朝の朝日新聞の1面のことですが、記事の紹介欄に21面の『連休明けの子どもたちへ』とあったのに、その記事がどこにも見当たらない。明らかなミスだがなんでこんなことになったのか」
と、僕は怒りに燃えていたので、かなりきつい口調で言った。
相手は、
「あ、そのことですね」と申し訳なさそうな口ぶりで
「まことに申し訳ないです。ハイ。まことに
「沢山の苦情が来てるんじゃない?」と僕が言うと、
「はい。来ています。本当に申し訳ございません」

「そんな謝罪を聞くために電話したんやないわ」と僕は興奮し、
「なんでそんなアホな間違いを、朝日新聞がしたんや!」と言うと、
相手は「申し訳ございません」を繰り返すばかり。

「『連休明けの子どもたちへ』と書かれていて、その概略を見て、ぜひその記事を読みたいと思って探したのに、どこにも載ってへんがな。そんな詳しい紹介文を書いておいて、その21面を見たら、どこにもその記事が載ってへん。どれだけガッカリしたか、わかってるんか! すみませんでは済まんやろ!

いよいよ興奮してきた。元々僕はよくしゃべる人間だけど、最近は家族以外と話すこともなかった。しかし、この時は「本能」が目覚めたのか、機関銃のように次から次へと言葉が出た。これだけキャンキャンしゃべるのは近年、珍しい。

電話相手の朝日新聞社の職員に、自分は何十年も朝日新聞を購読していることを伝え、まさかこんな「大チョンボ」をするような程度の低い新聞とは思わなかったと言い、「もう、残念で残念で仕方ないわ」と嘆きながら、相手が困っているのも承知で、ほかにもいろいろと文句を並べた。

電話の相手は、「その記事は10日に載せますので」と言った。
「なに? 今日は7日やで。なんで10日やねん。それより、この不始末は今日の夕刊か明日の朝刊でお詫びを出すんやろうね」
と言ったけれど、相手はそれには「えぇ、あのぉすみません」みたいな曖昧に言葉を濁すだけで、答えてくれなかった。

単なるクレーマーと思われるのも嫌なので、僕は自分の住所と氏名を相手に伝えた。「弁解があるならいつでも言うてこい」という気だった。

さんざん文句を言った後、さすがに僕も少し気がとがめてきて、
「朝日新聞を愛読してるんやから、愛読者をガッカリさせるようなアホなミスは金輪際せんといてや」と言い、最後は「これからも朝日新聞を応援するから、がんばってや。ほんまに。頼むで!」と言って、電話を切った。

電話を受けた人がミスをしたわけでもないことはわかっている。だから、その人に対して、そんなボロクソに言ったことは申し訳ないと思っているけど、組織は一体のものだから、止むを得ません。ま、「責任者、呼ばんかい!」とまでは、言いませんでしたけど、言いたいことは言っておかないとね。

毎日、新聞を読むのを楽しみにしている僕なので、やはり今日の朝日新聞の信じられないミスは、黙って見過ごすわけにはいきませんでした。

普段はとてもやさしいボクなんですけどね~(笑)。

 

 

 

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「お父さんはお人好し」 と 「おちょやん」

2021年05月05日 | 映画の話やTVの話など

いまNHKの朝ドラ「おちょやん」は、主人公の千代がラジオドラマに出演して人気者になりつつある、というところですね。

で、そのラジオドラマは「お父さんはお人好し」という題名です。もう、このラジオドラマを知っている人はこの世の中にほんの一握りしかいないんじゃないか、と思うほど古い時代のことですが、僕は子供の頃に実際にその番組を聴いていた一人です。つまり、それだけ古い人間なわけで(笑)。ちなみに妻は「知らない。聞いたことがない」と言っています。

調べて見ると、このラジオドラマは、1954年(昭和29年)から1965年(昭和40年)まで放送されたそうです。僕の年齢で言えば5歳から16歳までの間ですが、聞いていたのはたぶん小学生くらいの時で、まだ家にはテレビがなかった頃。うちの両親がいつもラジオをかけていたので、アパート暮らしの狭い部屋の中ではどこにいてもその放送が聞えてきたというわけです。

当時のラジオドラマで覚えているのは、この「お父さんはお人好し」と「赤銅鈴之助」のふたつです。「赤胴鈴之助」は漫画で好きだったのでラジオも楽しみだったけれど、「お父さんはお人好し」は子供の僕にしてみればそれほど楽しんで聞いていたわけではなかった。でもラジオからそれが流れてくるとイヤでも耳に入って来るので、いつのまにか記憶の中に刻み込まれていたのですね。

ただ、ドラマの主人公である「お父さん」の役が当時の人気漫才師・花菱アチャコ だったので、その分、少しは関心があったようにも思います。

   
 当時の花菱アチャコは大阪では絶大なる人気者でした。
 「おちょやん」では「花車当郎(あたろう)」として出ています。

 得意のギャグは「めちゃくちゃでござりまするがな」でしたね~

しかしねぇ。
「おちょやん」を見ていて、すっかり忘れていた「お父さんはお人好し」が出てきた時は、ホントに驚きました。

「おちょやん」は、僕が住んでいる大阪の南河内出身の女優さんの話ですが、そのモデルとなった浪速千栄子さんは東映の時代劇に出ていたのでよく知っています。特に内田吐夢監督、中村錦之助主演の「宮本武蔵」五部作では、お杉婆さんの役で、武蔵を息子の仇(かたき)と思い込んで執拗に追い回す役をしていたのが強く印象に残っています。

その浪速千栄子さんが「お父さんはお人好し」のお母さん役で出ていたとは、今の今まで知らなかった。アチャコと嫁さんのやりとりはラジオからさんざん聞こえてきていたのですが、あの嫁さん声が浪速千栄子さんだったとはね~。と、今週の「おちょやん」を見ながらちょっとした感慨に浸っています。

こんな歳になって「お父さんはお人好し」と巡り合うなんて。
夢の中に埋もれていた遠い記憶が、沸々とよみがえりました。


★ 去年の12月のブログをご参考までに 

 「おちょやんと河内弁」

 

 

 

 

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ディズニーランドや万里の長城は コロナ解禁?

2021年05月02日 | 旅行

日本では新型コロナウィルスの感染がまた拡大し、東京、大阪など4都府県に緊急事態宣言が出されているところですが、アメリカと中国では制限が緩和されたというニュースが流れていました。

まずアメリカのカリフォルニア州にあるディズニーランド。去年の3月から感染者が急増したことでディズニーランドは休業していました。それから13カ月間という長い長い期間、休業が続いていたのですが、2日前の4月30日に久々に再開されたというニュースでした。1年以上も休業するというのは、やはり日本より徹底していますね。
 


 お客さんたちがメインストリートに入って行きます。
 スタッフの人たちも
待ち望んでいた再開でしょうね。
 
このディズニーランドには、僕たちも2016年の12月に行きました。モミィは小学5年生でした。その時、上の写真と同じメインストリートで撮影したのがこれです。

 
 僕はこの日、ここでインフルエンザにかかって、
 翌日は1日中、ホテルのベッドで寝ていました(泣)。

まぁ、ディズニーランドが再開されたと言っても、入園者数は定員の25%とし、マスクの着用は必須、入園前に体温測定も行われるとのこと。さらに、人気のパレードや夜のショーには人が密集するので、まだしばらくは再開されないとのことです。しっかりと感染防止策をとっているんですよね。

ところが
その次に中国の万里の長城の様子が報じられていたのですが、今度は正反対。テレビを見て思わず「わっ、何これ?」と声を上げてしまいました。

中国では昨日から大型連休を迎えたそうですが、この万里の長城では大勢の観光客が密集状態でひしめき合っています。しかもマスクを着けていない人も結構いますよね。メチャメチャ密集状態やん。


 


  
 ネットから引用した写真ですが、すご~い「密」ですよね。

なんだかねぇ。見ているだけで怖くなってきます。

今から27年前(1994年)のことになりますが、北京に旅行したことがあって、万里の長城にも行きました。その時の写真がこれですが

 

 

 人影はまばらです。
 さきほどの写真とえらい違いですけど、
 同じ「万里の長城・八達嶺」です。

 

 

 

 

 

 

 

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