僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

インフルエンザで学級閉鎖

2018年01月30日 | 日常のいろいろなこと

モミィがインフルエンザのため学校を休んでいた昨日の月曜日。夕方に、僕のスマホと妻の携帯が同時に鳴った。学校からの連絡メールだった。

メールを開けて読むと、6年生のモミィのクラスについて書かれていた。

クラスの34名中インフルエンザなどによる欠席者が12名で(中略)このままでは正常な学習活動ができない状況になりました。そこで校医の先生と相談した結果、1月30日(火)~2月2日(金)まで学級閉鎖をいたします。次に登校するのは2月5日(月)です。

ということだった。この小学校では今シーズン初めての学級閉鎖だ。それがたまたまモミィのクラスで、しかもモミィ自身もインフルエンザで昨日から学校を休み始めたとたんのことである。

今朝、家の外に出たらちょうどモミィと同学年の近所の女の子が登校するところだった。小さい頃からのモミィの友だちなので、「〇〇ちゃん、おはよう」と声をかけると、その子は、「おはようございます。モミィちゃんのクラスは学級閉鎖なのですね」と言った。ここの小学校の6年は2クラスしかなく、その子はモミィとは別のクラスだった。

僕がその子に、
「〇〇ちゃんのクラスにもインフルエンザで休んでいる子はいるの?」

と聞くと、
「はい。4人います。モミィちゃんのクラスは12人なんですよね」
と言った。
「そうらしいね。〇〇ちゃんも体に気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。お大事に~」
「は~い。行ってらっしゃ~い」

ということで、その子は元気に学校へ行った。

モミィは2月1日(木)に再び医院に行くまで学校を休むことになっていたが、今日から2月2日(金)まで学級閉鎖になったので、その間は欠席扱いにはならなくなったわけだ。2月5日(月)まで今日を入れて6日間、ゆっくり休養ができるのは、まあ、ありがたいことである。

モミィは一時は9度以上の熱が出ていたが、昨日は少し熱も下がった様子。それでも声はほとんど出ないし、のどが痛いそうで、食べ物も固形物は食べにくいようだ。妻がつきっきりで世話をしているけれど、モミィもこれまで熱が出たり風邪を引いたりはほとんどしたことがないので、今回はかなり戸惑っているように見えるし、健康時との落差が人一倍大きい、という感じがする。

やはり、普段から適当に風邪を引いたりしているほうが、こういう時には耐性や慣れができていて、むしろいいかも知れない、と思ったりする。

自分の体が「しんどい」という経験をして、初めて他人の「しんどい」のが実感としてわかるようにもなるんでしょうしね。

今回のインフルエンザは、モミィにとっては、貴重な経験になることでしょう。

ともあれ、来週の月曜日まで学校へ行かなくていいので、焦ることもなくなりました。やれやれです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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包丁で指を切ったり インフルエンザにかかったり

2018年01月28日 | 日常のいろいろなこと

昨日の土曜日の朝、料理の仕込みをしようと、包丁で鶏肉を切っていた時、うっかり左手の親指の先っぽの方を切ってしまった。

いててててててててて~~~~

傷はそれほど深くはなかったけれど、けっこう血が出た。家族はまだ寝ている。左手を心臓より高く上げ、なるべく出血しにくい恰好をして薬箱を取り出し、消毒液を患部にふりかけ、バンドエイドを指先に二重に貼り、上から絆創膏を巻き付けて応急処置をした。しばらくするとバンドエイドに血が滲み出し、またそれを取り替えたりしながら、時間の経つのを待った。それでも、何かをした時にその親指がどこかに当たり、また「いてててて~~~」となり、その拍子に出血も増える。

起きてきた妻が、バンドエイドを貼り替えてくれたあと、ガーゼを当て、さらに包帯でグルグル巻いてくれた。こうすると、親指が何かに触れたり当たったりしても痛みを感じない。血がにじみ出るのもマシになったようだ。

やれやれ、と一安心したけれど、僕は血液をサラサラにするワーファリンという薬を飲んでいるので、人より血が止まりにくい。常々、医師や薬剤師から「出血を伴う怪我にはくれぐれも気をつけてください」と言われているのにねぇ。特に包丁を使う時は意識して注意するんだけど、昨日は早朝だったので、まだボケていたのかも知れない(まあ、昼間でもボケていますけど)。

「指騒動」が一段落した時、モミィが起きてきた。平日は6時前に起きて朝勉強をしているモミィだが、休日は起きるのが遅い。

「お・は・よ・う」と寝ボケまなこで部屋に入って来たモミィだが、声が極端にかすれている。妻が「熱を測りなさい」と体温計を渡す。それを脇に挟んで、まだモミィは寝ぼけた顔をしている。

「何度だった?」と、体温計を脇から外したモミィに、妻が尋ねた。するとモミィは、「え~っと。起きてすぐだから、高いのかもしれん」とぶつぶつ。

「それで、何度だったの?」と再び妻が聞く。それに対するモミィの答えは、
「え~っと、38度」だった。

38度!
いくら寝起き直後でも高すぎる。風邪か、あるいはひょっとして、いま猛威をふるっているインフルエンザかもしれない。

「ご飯を食べた後、お医者さんに行くよ」と妻が言うと、モミィは眠そうな顏で「ふゎ~い」と頷いた。

そして妻に連れられてかかりつけの医院行き、帰って来た時、モミィに「どうだった?」と聞くと、「B型のインフルエンザやった」と言った。あぁ、やっぱり~

小学校へ入ってから病気らしい病気は一度もせず、ほとんど学校も休んだことがなかったのが、卒業まであと1ヵ月半という時にインフルエンザとはねぇ。

でも、これが2週間前の中学受験の時だったらと思うと、ぞ~っとする。その時でなくてよかった。ホントよかった。

医院ではインフルエンザの治療薬の吸入をしたとのこと。次は2月1日に医院に行き、その時点でOKならば「登校許可証」を出しますということだった。つまり、1月31日までは学校を休まなければならないわけである。明日の月曜から水曜までの3日間学校を休むことになるけれど、こんなことも小学校に入ってから初めてのことである。

いやぁ、それにしても、繰り返しますが、受験前でなくてよかったです。

昨日はそういうことで、僕は包丁で指先を切るわ、モミィはインフルエンザにかかるわで、あまりいい日ではありませんでしたね~

 

 

 

 


 

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高齢者の自動車事故がこんな場所で

2018年01月26日 | ニュース・時事

高齢者が車を運転して事故を起こすニュースが後を絶ちません。1月9日に群馬県前橋市で起きた85歳の男性による暴走事故に巻き込まれた2人の女子高生は、今も意識不明のままなのでしょうか。将来ある子を一瞬にして不幸のどん底に突き落とした罪はあまりにも重いものです。

この高齢者の自動車事故は、起きるたびに「どのような防止対策が必要か?」という議論がされますが、結局、運転免許証の「自主返納」を促すぐらいしか出ていません。車がなければ生活に著しく支障が出る人も大勢いるだろうし、そう簡単には車の運転とサヨナラすることはできないだろうと思います。それに、ほとんどの人は「自分に限っては事故は絶対に起こさない」と思っておられることでしょうしね。

しかし、事故を起こした多くの高齢者たちが、ブレーキとアクセルを踏み間違えたり、事故を起こした瞬間が「記憶にない」と言ったりしているのを見ると、道を歩くのが怖くなるほどです。僕などはウォーキングが好きなのでいろんな道を長時間歩きますが、狭い道路で向こうから車が走って来ると、極端に隅に寄って警戒する癖がついてしまいました。運転席に座っている人が高齢者だったら、余計に警戒します。いつ何時「記憶にない」ような無謀運転が勃発し、急にこちらの方に突っ込んでくるのではないか、という恐怖がチラチラと脳裏を掠めるからです(僕はとても怖がりなのです)。

もちろん高齢者でもきちんと運転する人が大半だと思います。年齢よりも、僕のように「運転に向いていない」性格、つまり注意力が散漫な人間は年齢に関係なく事故を起こしやすいのでは、と思います(で、僕はペーパー・ドライバーだったし、運転免許証も自主返納しています)。

それと高齢者でなくても運転中に携帯電話で話したり、スマホを覗いたりする人もいるので、こういうのをもっと取り締まらなければならないとも思うわけですが、それを踏まえたうえでも、やはり昨今の高齢者事故の異様な多発ぶりを見ていると、何とかならないものか、と思ってしまいますよね。

一部では「一定の年齢に達したら免許証を更新できないようにすべき」との意見がありますが、被害を受けた方の悲惨さを考えた時、そういう方法もやむを得ないのではないか、と考えざるを得ません。

そんな折、今月中旬に載った新聞記事を見て驚きました。

91歳、1歳はねた疑い

という見出しでした。本文を読んでみたら、91歳の男性が、家の前で遊んでいた1歳の女の子をはねて、そのまま走り去ったという記事。女の子は頭蓋骨骨折の重傷を負い、それを目撃していた人が警察に通報し、91歳男性がひき逃げ容疑で逮捕されたというものでした。男性は「近所に用事があった」と言ったそうですが、近所なら車で行く必要もなかったのでは、と思いましたけど。

そして、なんで驚いたのかと言えば
その事故現場が、なんと我が家のすぐ近くだったのです。さらに調べてみると、モミィの通学路でもあったので、これにもまたびっくり。

容疑者の91歳は「人をひいた認識はない」と言っているそうです。ま、本当に認識がなかったのかどうかはわかりませんけど。

しかしウチの近所で高齢者の自動車事故が起きたのだから、ホントに怖い。やっぱり91歳にもなって車を運転するのは危険だなぁ、と思わざるを得ません。

そしてこの話には「おまけ付き」で、実はこの91歳の男性は免許証を更新しておらず、6年前に失効していたまま、つまり無免許運転だったことが記事の最後のほうに書かれていたのです。え~っ? 無免許だった!

ふむ。これなら、一定の年齢に達したら免許証更新ができなくなる制度を作ったとしても、無免許で運転する高齢者がどんどん増えてくるかも知れない。

本当にむずかしいですよね、この問題は。

 

 

 

 

 


 

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モミィが スマホ デビュー 僕は LINE デビュー?

2018年01月24日 | 日常のいろいろなこと

これまでモミィには携帯は持たせていましたが、その携帯には電話とCメールしかできないようにセットしていました。とにかく連絡を取るだけのため、ということでそうしていたわけなんですが

中学進学も決まったので、モミィがかねてから「スマホを持ちたい」という希望を抱いていたことから妻がOKを出し、先日、近くのauショップへ行きました。まあ、いちおう僕もスマホを持っているので、このショップへは時々行くのですが、今回はモミィの「携帯からスマホへの機種変更」ということで訪れました。モミィは目を輝かせながら、いろんなデザインの中からピンクのスマホを選びました。

そして、
モミィがスマホでまず何をしたかったのかと言えば、とにかくLINEを友達とやりたい、ということでした。そこでさっそく、スマホを持って塾に行き、仲良しの友だちからそのやり方を教えてもらい、お互いにメールを送り合ったようです。モミィにその画面を見せてもらうと、普通のメールとは違う漫画チックな絵文字などが並び、実に楽しそう(これを「スタンプ」というそうなんです)。

う~ん。LINEなぁ。僕はついこの間までそれをやったこともなかったし、だいたいメールとどう違うのかもわからなかったし、何のことやらさっぱりというのが正直なところだったのです。

ところが、今年の元旦のこと。次男の家族が遊びに来て、みんなで飲んだり食べたりしながら談笑しているとき、次男のお嫁さんから「お父さん、LINEしてます?」と聞かれました。僕は首を横に振り「やり方もわからないし」と答えたら、「じゃぁ、やりますか?」と聞かれました。「楽しいですよ~」とも言われ、「う~ん、どんなんか知らんけど、教えてもらえるんだったらやりたい!」と答えました。

そして僕のスマホにLINEをインストールしてくれたのです。そこで次男の家族とLINEを交換したわけですが、「へぇ、これがLINEか」とちょっとした感慨がありました。

ところでその時、これまでおつき合いのあった人たちの何人かが「友だち」として僕のスマホのLINEの画面に出てきたのには驚きました。10数人の名前が出てきました。

自分のスマホに「連絡先」として電話やメルアドを登録している人は沢山います。僕がLINEを始めたら、自動的にそういう人たちのところへ連絡が行くのかな~と思ったのですが、それなら10数人程度と言うのは少ないし、不思議です。で、その10数人と言っても、知らない名前の人もありました。ま、本名をそのまま登録することもないようなので、名前だけでは判別できないかも知れませんが、だいたい誰だかわかります。でも、根本的にLINEの仕組みがわからない僕にとっては、そんなことも謎の一つでした。

その中には「LINEデビューされたのですね」と送ってくれた人もいましたし「お久しぶりです~」「一度会いたいですね~」と送ってくれた人もいました。長い間会っていない知り合いの人たちでしたけど、僕も、半信半疑のまま返事を送ったりしました。

まあ、そんなことで、僕は「LINEデビュー」はしたのでしょうけど、まだ基本のところがわかっていないので戸惑っている最中です。妻は「ガラケイ」なのでLINEのことはもちろん知りません。じゃあ頼りになるのはモミィだけということになってきますよね。

で、今はモミィに、LINEの仕組みや「スタンプ」の送り方なんかを教えてもらっているわけですが、モミィもスマホを持ってまだ1週間ほどしかならないので、そんな詳しく知っているわけでもありません。それでも僕より詳しいので、モミィとLINEのやり取りをしながら、僕が送ったものがモミィのスマホにどんなふうに入っているのかを見たりしてます。そのうえでモミィが僕にLINEとはどんなものかという説明をしてくれます。

う~む。
いよいよ、モミィにモノを教えてもらう時期が来たってことですね~

しかしまあ、今これを書いていても、僕のLINEのこの初体験記が、読んでくださる皆さんにちゃ~んと伝わるかどうか、まったく自信がありません。

「何を書いてるんや? わけわからんがな」と思われそうで。

僕自身も、何を書いているんだか、さっぱり

でも、LINEというのは楽しそうだなぁという空気は何となくわかります。

モミィがそれを使いこなせるようになるのも時間の問題だと思うので、それを待って、あとはモミィに教えてもらうことにします。

世の中の動きについて行くというのも、なかなか大変なことですね~ 


では 最後に、LINEの「スタンプ」を使って皆様にメッセージを。


いつもブログをお読みいただき

  

 

 

 

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道明寺天満宮に 『お礼参り』

2018年01月23日 | 日常のいろいろなこと

 お正月に道明寺天満宮へモミィの入試の合格祈願へ行ったことを、今年の最初のブログに書きました。下の写真はその時に載せたもので、上から2段目の右から2番目がモミィの絵馬。「第一志望に合格しますように」と書いています。

 

  


13日の入試でその念願が叶ったので、一昨日(21日)の日曜日、道明寺天満宮へ「お礼参り」に行きました。電車では2駅向こうなのですが、いいお天気だったので電車に乗らず、散歩がてら、家から1時間近くかけて歩きました(モミィも歩くのが大好きなので)。

お正月は初詣の人たちでごった返していましたが、この日は人影もまばらで、ひっそりとしていました。

受付でお礼参り用の絵馬を購入しました。 

 

その絵馬にモミィが、
「第一志望の〇〇中学に合格しました。ありがとうございました」
と書き、まだまだ沢山の合格祈願の絵馬が掛かっている所に掛けました。

 

 
 心からのお礼の気持ちを込めて

  

次の合格祈願は、6年後の大学入試の時になるんでしょうかね~???
その頃には、僕たち夫婦はこの道明寺天満宮まで歩いて来られるかどうか。
いや、それよりも、その時まで生きているかどうかも、怪しいもんですわ。

ま、何はともあれ、学問の神様・菅原道真公にお礼を申し上げた次第です。

 

 

 

 

 

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白鵬の休場は 思惑どおり? 稀勢の里は残念

2018年01月20日 | スポーツの話題

テレビのワイドショーは、相変わらず大相撲に関するニュースを流し続けている。日馬富士の暴行事件があったのは今から3ヵ月も前のこと。それからというもの、日馬富士が引退したあとも、現場に同席しながら暴行を止めず、むしろ煽ったとも言われる白鵬や、事件を知ってからも理事会等でまったく取り上げなかった相撲協会よりも、事件を協会に報告しなかったという貴乃花親方にむしろ大きな非があるような協会寄りのマスコミ報道が中心になっていた。

来る日も来る日も貴乃花部屋の前には報道陣が群れ集まり、親方が現れるとマイクを突きつけ「親方、何かひとことお願いします!」な~んていう取材風景をうんざりするほど見せつけられてきた。これまでの状況を考えると、そんな場所で親方が「何かひとこと」を言うわけないでしょ。マスコミも「馬鹿まるだし」の姿をさらけ出していた。

どのワイドショーもそんなことを1時間以上も取り上げていた。「グッディ」の司会の安藤優子などは「私たち、相撲のことはあまりわからないけど、でも組織の人が組織に反する行為をすれば処分もアリですよねぇ~」なんて、事件の本質とは離れた、一部の側面だけ取り上げて井戸端会議ふうな軽い口調でヘラヘラ笑いながら周囲のコメンテーターとおしゃべりしているのを見ていると、チャンネルを変えるかテレビを消してしまう(最初から見なきゃいいんだ!)。

そんな騒ぎが少し収まりかけたら、今度は大相撲初場所が始まり、最近何かと世間を騒がせている白鵬が2連敗して休場し、さらに稀勢の里まで1勝4敗となって昨日から休場した。そこで昨日のワイドショーはまた大相撲に大きく時間を割いていた。元前頭の大至とか、元力士でいまはプロレスラーの維新力という異様に日焼けした男とかが解説者として、毎日あっちこっちの番組に顔を出し、愚にもつかないコメントをダラダラ述べている。事件のおかげで各テレビ局から声がかかり、ホクホク喜んでいることだろう。

ところで休場した白鵬だが、「張り手」や「かちあげ」が横綱らしくないと指摘され、それを封印した結果、立ち合いに攻め込まれて負けたのは明白だ。初日は阿武咲(おうのしょう←読みにくいね)に押し込まれ、何とか土俵際で逆転したが、「やっぱりねぇ」と思った人も多かったと思う。2日目は普通に勝ったけれど、これは相手がモンゴルの逸ノ城だからね。相手が「忖度」した可能性もあるし。そして3日目・4日目と日本人力士に完敗し、あっさり休場届を出した。反対に稀勢の里はまだやる気だったようだが、たぶん周囲から休場を進められたのでやむなきに至ったと想像できる。休みたがっていた白鵬と、最後まで出たかった稀勢の里。稀勢の里はさぞかし無念だったろう。

昨日の朝日新聞朝刊のスポーツ欄を見たら、稀勢の里が4敗目を喫したことに関して、こんな見出しが躍っていた。

負けるは恥だが 土俵に立て

言うまでもなく人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のパロディだったが、記事内容は稀勢の里に対する熱い期待をこめたメッセージだった。でも、やっぱり土俵に立てなかった。本人はきっと立ちたかっただろうけどね~

一方の白鵬は、先場所の判定への抗議や優勝後の「膿を出し切って」発言や、万歳三唱、あるいは「貴乃花親方が巡業に行くなら自分は行かない」などと言って、これはテレビよりも週刊誌で強く非難されている。「最凶の男」とか「モンゴル会八百長の総大将」とか書かれているし、八角理事長、尾車副理事長と並ぶ「相撲界の3悪人」などという週刊誌の見出しも見たことがある。将来は理事長になって相撲界を牛耳るのが白鵬の狙い、とも言われている。まあ、今でも八角理事長や宮城野親方は、白鵬に遠慮して何も言えないようなので、自分ではすでに相撲界を支配している気分なんだろう。だから近頃やたらに傲慢になり、「巡業へ行かない」などと力士として職務放棄のような発言も平気でするわけで。

それと、横綱審議会で「張り手」「かちあげ」が見苦しいと指摘されるという、相撲内容にまで踏み込まれたことが今回の休場につながったことは明白だ。

ワイドショーでは、この「張り手」「かちあげ」は相撲のルール内なので、それを使ってなぜ悪い、というコメンテーターが多い。「勝ちたいと思うのがスポーツの世界だし、そのためには、ルール内であればどんな手を使ってもいい」と言うのだ。ま、それは間違っていないでしょ。でも、それを横綱が、15番のうち13番まで、立ち合いで張り手とかちあげを使っているとなれば話は別である。しかも「かちあげ」に関しては、相手の体を起こすための「かちあげ」ではなく、相手の顎や顔のあたりを肘打ちしている。これは明らかに反則である。さらにその肘には、なぜかサポーターをがっしりとはめている。肘を故障しているからはめているそうだが、故障している肘を「エルボー」の武器に使うって、おかしくない?

というようなことで、白鵬はおそらく今場所は、最初から休んで非難をかわしたいと思っていたはず。でも、何もないのに休場というわけにもいかず、嫌々出場したわけだけど、稽古で右足の親指を負傷していたと言い、四日目にはたき込まれた時に左足の指も負傷したということで休場となった。親方によると、本人から休場したいと言ってきたということだった(ここは稀勢の里と違うところ)。

東京五輪まで現役を続けたいという白鵬は、とにかく今は休みたがっているという。日馬富士の事件にからみ、白鵬に給与カットの処分が下された時、「出場停止処分でもよかったのではないか」という関係者もかなりいた。その際に、漫画家のやくみつる氏が、「いやいや、出場停止処分にしたら白鵬はキャッキャと喜んで休みますよ。別に無理して出なくてもいいや、と思っているんですから」とバイキングという番組の中で言っていた。

これからいけば、白鵬は「負傷」したのは「渡りに船」だったろう。「負けたらさっさと休もう」と思っていたはずだ。とにかく今は「張り手・かちあげ」を非難されている最中だから、とりあえず休んで今後の作戦をじっくり考える、というところでしょうね。来場所あたりになれば「張り手・かちあげ」のことも忘れられていくのでは、な~んて楽観的な見通しをしているのかも。

僕としては、これら一連の騒動に関しては、いろいろ感ずるところがありました。最近、モミィの受験や何やらかんやらで、ブログにこのことを書く余裕がなかったのですが、今日これを書き、溜まっていたものを出すことができて、気持がす~っとしました。

この一文には、僕自身の偏見もいろいろ混じっているでしょうけど、最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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入試結果が出ました

2018年01月14日 | 日常のいろいろなこと

昨日モミィが受けた入学試験の結果は、昨日の午後8時からネットで発表されました。早いですね~。試験当日に発表ですよ。昔だったら考えられないことです。実は、この学校が第一志望校だったので、これに合格すれば今日受ける予定の第二・第三志望の2つの学校はキャンセルということになります。で、その結果ですが

試験を終えたモミィは、妻と共に昨日の午後4時ごろに帰ってきました。その時点で発表まであと4時間。これが実に長いんですよね~。時計ばかり眺めながら午後8時になるのを待ちました。モミィは試験結果を「まあまあだった」と言いました。昨日書いたように、たぶん「むずかしかったわ、あかんわ~」という言葉が返ってくるのかと思いましたが、「まあまあ」というので、これは少しは期待できるかな、と僕は内心思っていました。

さんざん待ったあと、その8時がようやくやってきました。

すでに立ち上げていたパソコンの、その学校のホームページに、「WEB合否照会」というのがあったのでそこをクリック。ログインID(受験番号)とパスワード(生年月日)を打ち込みクリックしたら、

「合格・おめでとうございます」

と出てきました。

「わ~い」とモミィが万歳のポーズで大喜び。妻も拍手喝采。

う~ん。割に難関校だったので、たぶんダメじゃないか、と思っていただけに、この結果には僕もビックリしました。

さっそくネットで入学金の納入手続きをしたら、その直後に、同校から「申込受付完了、およびお支払い完了のお知らせ」というメールがパソコンに届きました。それを見て「あぁ、やっぱり本当に合格したんだな~」という実感がしみじみと湧いてきました。

そんなことで、第一志望校がダメだったら今日は午前と午後の2つの学校を受ける予定でしたが、これは共にキャンセルということになりました。

モミィと妻は、もうすでに今朝、学校へ向けて家を出て行きました。入学の諸手続きや制服の採寸などがあるそうです。

塾の先生も「この学校はちょっと難しいと思います」と言っていたのに、どうしてもそこを第一志望として受けたいと言って譲らなかったモミィでしたが、その意志が天に届いたか、大きな幸運が舞い込んできたのです。これで中高の6年間、この学校に通うことが決まりました。

中学生になればまた勉強のほうも大変かも知れませんが、心の豊かな人間に成長していってくれたらいいな、と思っています。

このブログにも、モミィを応援するメッセージをいただいていました。
ご声援、どうもありがとうございました~

 

 

 

 

  

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中学入試 いざ本番!

2018年01月13日 | 日常のいろいろなこと

今日と明日は大学入試センター試験の日ですが、わが家にとってはこの2日間は、モミィの中学入試の日でもあります。

いよいよその時が来たという感じです。

まず今日は志望校のうちの1校の入試日。

今朝、僕と妻は朝の4時半に起きてモミィのお弁当を作り、5時半にモミィが起きて朝食。準備を整え、忘れ物がないかを再点検して、6時半に家を出ました。モミィは「緊張するわぁ」と言っていました。

いずれにしても、風邪もひかず、元気な状態でこの日を迎えられたことは何よりでした。何十年も前、モミィのパパである長男が、高校入試の当日、高熱を出してフラフラになりました。その長男を抱きかかえるようにして試験場まで連れて行ったときのことは忘れられません。あれほど心配したことはほかに経験がないほどです(それでも無事に合格してくれましたが)。それに比べればモミィは元気でピンピンしていますのでね。万全の体調で臨めたことが最大の喜びです。

3人で駅まで歩いて行って、そこから電車に乗って学校まで行くのですが、僕は駅で2人を見送って、また家に帰ってきました。保護者は試験実施中、別室で待っているだけなので、2人で付いて行っても仕方ありませんものね。

モミィは8時15分までに教室へ集合。試験が始まるのは8時50分から。そして12時35分まで、国語、算数、理科、社会の4科目のテストを受け、そこで昼食。午後からは面接試験が行われます。

そして明日はまた別の学校の受験です。午前の入試が終われば電車に乗り、午後から試験が行われる次の学校へ向かうという超過密スケジュールです。

そんなことで、3つ受けたらどれか合格するのではというのはいい加減な憶測ですが、元々校区の公立中学へ行かせる予定だったのが、6年生になってから、モミィが友だちの影響を受けてか、ヤイヤイと言い出したのが発端です。で、その意思を尊重して私立中学を受けさせることになったわけだから、正直なところ、僕はそれほど結果にはこだわっていません。努力が実って目標が達成されれば、それはもちろん祝福してやりたいと思っていますけどね~

今日の面接試験が終わるのは午後2時から2時半ぐらいで、家には夕方までに帰ってくるものと思います。帰宅してのモミィの第一声は、たぶん「あぁ、難しかったわ~。あんまりできなかったわ~」みたいなものだと思います。

でもまあ、明日もあります。それも2つもね~

♪ 明日がある~ 明日がある~ 明日があ~るさ~

帰宅したモミィには、
坂本九の「明日があるさ」を歌って迎えてやろうと思います(笑)。

 ……………………………………………………………………

いま、時間はちょうど午前8時50分。
モミィのテストがスタートする時間です。
これまでの人生の中で最も緊張しているんだろうか?
必死で頑張っているんだろうなと思うと少し胸が熱くなります。

 

 

 

 

 


 

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李 鴻章 って書けます?

2018年01月11日 | 日常のいろいろなこと

モミィが受験する中学校は複数校あるのですが、そのうちの一つで、モミィが目指しているある学校の「過去問題集」というのを見てみました。算数やら理科やらは僕は苦手なので、社会科の試験問題を見てみたのですが

それを見て、げ~っ、こんなむずかしいのかぁ! とビックリ。

たとえば、
「 1932年(昭和7年)5月15日に日本で起きた反乱事件で、武装した青年将校たちに殺害された内閣総理大臣は誰でしょう?」という問題。それはまあいいんだけれど、そのあと「漢字で答えなさい」と続くのです。

答えが「イヌカイ・ツヨシ」ということは、僕にもわかります。でもねぇ、漢字で書け、ということになるとこれはマジむずかしいですよね。「さぁ、どんな字だったっけ?」となります。

正解は「犬養毅」だけれど、「犬養」という字もややこしいけど「毅」という字を漢字で書けとなると、もっと難しい。モミィに「この漢字、6年生で習っているの?」と訊いたら、まだ習っていないとのこと。ふ~む。まだ学校では習っていない漢字を使って答えるというのは、これはホント難しいですよね。

さらに、こんな問題もありました。

「中国の清の時代の政治家で、日清戦争の講和条約である下関条約で清の全権大使となって調印を行ったのは誰でしょう?」という問題。

え~? 誰だったっけ?

わからんなぁ。と思って解答を見ると、「李 鴻章(り こうしょう)」でした。この問題も先ほどと同様に「漢字で書きなさい」でした。

李 鴻章

こんな名前を漢字で、小学6年生が書かなければならないわけです。改めて私立中学校の試験問題の難解さを痛感しました。「学校の授業をちゃんと受けていたら大丈夫です」という話は、なんだか怪しくなってきました。

この1月9日から3学期が始まりましたが、モミィのクラスでは何人かの児童が私立中学校を受験するということでした。そのうち、2人の児童が、いま学校を休んでいるということです。きっと学校を休んで、受験勉強の最後の追い込みをしているのでしょう。妻や僕は、元々モミィにはそこまでさせるつもりは毛頭ありませんが、こういうむずかしい問題を見てみると、そこまでする児童がいても別に不思議ではないな~とも思いましたね。

モミィは午後4時過ぎに学校から帰り、おやつを食べてから塾へ行き、夜の10時に妻が迎えに行くという生活が続いています。(受験勉強を含め、モミィの世話はほとんど妻がしてくれています)。夜に弱い僕は、モミィたちが帰ってくる時間にはもう寝てしまったりすることもあります。

それにしても、「李 鴻章」。

この答え、わかりました?
わかって、漢字も書けました?
僕には到底ムリでしたよん。
こんな問題を小学生が解くのです。

やれやれというため息しか、出ませんわ。

何度も書きますが、早く受験が終わり、普通の生活に戻ってほしいです。

 

 

 

 

 

 


 

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家庭科の宿題はお料理づくり

2018年01月10日 | 日常のいろいろなこと

中学受験を数日後に控えたモミィですが、まだ冬休み中だった先日7日の日曜日のこと。学校の家庭科の冬休みの宿題をまだやっていないということだったので「どんな宿題?」と僕は聞き返しました。

その家庭科の宿題とは、お料理を自分で作ることだそうで、モミィはサンドイッチとポテトサラダとワカメスープを作ろうと考えていたそうです。

家庭科の先生は、子どもたちが何を作るかは自由、とのことでしたが、ひとつ条件がありました。それは材料です。

孫はやさしい

という言葉にちなんだ材料を使って料理を作るということなんだそうです。

はあ? どういう意味?

それはこういうことだったそうで。

つまり、
「ま・ご・は・や・さ・し・い」のそれぞれの字から始まる材料を使って何かを作るということなんだそうです。で、モミィは、それらを使ってサンドイッチ、サラダ、ワカメスープの3品を作ろうと思いついた、とのことでした。その材料とは

ま→まめ
ご→ごま
は(わ)→わかめ
や→やさい
さ→さかな
し→しいたけ
い→いも

ということで、そのメモを持って僕が買いに行ってきた材料を使い、モミィはサンドイッチにハムをはさみ、ポテトサラダに豆(グリンピース)やお魚ソーセージを入れ、わかめスープにしいたけ、ゴマなどをまぜたりし、結局、合わせて3品作りました。これで「まごはやさしい」の条件を満たしたというわけですね。

こんな感じです 

  
  一生懸命に作っている途中です。


 
 出来上がりました~
 サンドイッチ、ポテトサラダ、わかめスープです。


で、この「証拠写真」を家庭科の先生に提出したというわけです。
(作った料理を学校に持っていくわけではありませんので)

この日、モミィが3人分を作ってくれたので、僕も食べました。
なかなか、おいしかったですよ。
 

それにしても、まあ、いろんな宿題があるものですね~

 

 

 

 

 

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新年を迎え、またボケが進む

2018年01月09日 | 日常のいろいろなこと

お正月がいつもと違うのは、まず、何といっても挨拶ですよね。

ふだんなら、
「おはようございま~す」とか、
「あ、こんにちわ~」とか
「あ、どうも~」とか、

外出先で顔見知りの人と会うと、そういう挨拶を交わします。

それがお正月だと、これはもう特別ですよね。

新しい年になって初めて会ったら、懇意にしている人に対しては、「おめでとうございます。旧年中はお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い」というふうな挨拶を交わしますよね。それが義理で言う場合なんかは面倒と言えば面倒ですけど、ま、これもひとつの日本の伝統ですから仕方ありませんね~

でも、外出中、普通に出会ったらそういう挨拶もしますけど、数日前、横断歩道で信号が赤の時に、道路の向こう側に、知っている人がこちら向きで立っていました。さほど親交はないご近所の人です。こんな場合が困るんですよね。

その人と目が合ったら、そこで中途半端な会釈をしなければならず、それでも信号がなかなか変わらなかったら、その「間」というのが実につらい。そこで僕は気がつかないフリをして、空を見上げたり時計を見たり。そして信号が青になり、お互いがすれ違う時も気がつかないフリをしたまま通り過ぎました。だって、横断歩道の真ん中で、「あ、新年おめでとうございます。旧年中はお世話になり、ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします」な~んてね、やっているうちに信号が変わったらどうするの?(笑)。

と、まあ、今日はそんなお話です。

今年の場合、わが家ではお正月と言ってもモミィの受験直前の冬休みということで、例年とは雰囲気の違った年始の日々でした。で、今日は始業式で、学校が始まりました。僕も今年初めてスポーツクラブへ行きました。クラブ自体は1月5日から始まっているのですが、僕は今日、初めて行ったというわけです。

ま、今年初めてだし今日は軽く体を動かすだけにしようと、プールで泳ぐのはやめて、ジムでストレッチと軽い筋トレだけにしました。ジムにもいろいろと顔見知りの人がいるので、今年初めてということで何人かのおじさんおばさんと、新年の挨拶を交わしました。

ストレッチマットで柔軟体操をしている時、ちょうど隣に仲のいいオジさんがいたので、僕は軽く「今年もよろしくお願いしますね~」と言ったのです。するとそのオジさんは、
「えっ? なんで? この間あいさつしたやろ」を目を丸くしたのです。
「この間ですか?」と僕が聞き返すと、
「そうや、ついこの間やんか」とオジさん。
「新年のあいさつ、したとこやがな」

「はぁ?」と今度は僕が目を丸くしました。そんなん、してまへんわ。
「あのぉ~。僕はきょう、今年初めてここへ来たんですよ」
そう言うと、おじさんは、
「へぇ? ウソやん。新年のあいさつ、したやんか」
とまた言ったので、あぁあのことか、と気がつきました。

去年の12月30日。ジムのロッカーでこのオジさんと隣同士だったので、帰りぎわ「また来年もよろしくお願いします」と僕が言い、オジさんは、「ハイ。来年もまた頑張ろうね~」と言って、別れたのです。つまり、それは去年の話だったのです。オジさんの頭には、そのことが残っていたのでしょうね~。

もう去年のことか今年のことかわからなくなるのだと思います。それは、僕にもよ~くわかります。ほんと、そんなものなんですよ。

僕だって、人のことは言えないですからね。たとえば…
今年の初詣の時、道端で元職場の先輩にバッタリお会いして、
「おめでとうございます」と言ったのはよかったのですが、
別れ際に「どうぞ、良いお年をお迎えください」と言ってしまいました。
あとからそれに気がつき、顔から火が出るほど恥ずかしかったなぁ。
年末やら正月やら、わからなくなってるんですよね~

だから、このオジさんも、僕と話したのが年末だったのに、それを年始だと思ったり、時系列がごちゃごちゃになるのもわかります。

そんなやりとりをしたあと、オジさんは、
「じゃ、今年もよろしくね」と改めて言ったあと、
「お互い、ボケないようにしなければね~、あははは」
と笑ったので、僕もお腹を抱えてしまいました。
しかしまあ、すでにお互いにボケかけていますけど(笑)。

ほんまにねぇ。
僕だって、どれだけボケボケの毎日なことか。
それもボチボチとこのブログに書いていきますけどね~。

今年は僕にとって、60歳代最後の年になりますが、何が怖いと言っても、やっぱり、だんだんボケてくるような気がする自分が、一番怖いです。

ではでは、みなさま、良いお年をお迎えくださ~い。

違うやろ~! (だいぶ、ボケとるわ)

 

 

 

 

 

 

 

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古稀→喜寿→米寿→白寿 そして

2018年01月06日 | 雑記

お正月が来ると「あぁ、また一つ年をとった」というようなことをよく言いますが、厳密にいえば誕生日が来た時に一つ年をとるんですよね。でも、昔ふうにいえば、お正月で一つ年をとるというのはごく普通のことのようです。

うちの両親がまだ若かった時代には、年齢を数え年で言っていました。満年齢で言えば生まれた時は0歳だけど、数え年だと出生の瞬間から1歳。翌年の元旦には数え年2歳になるが、満年齢だと0歳のままで、誕生日がくるまで1歳にならない。つまり元旦を迎えた時、1月1日生まれの人でない限り、数え年では満年齢より2歳も上になってしまう。その意味で言えば、たしかにお正月が来れば一つ年をとるわけですよね。ま、今は数え年なんてほとんど使いませんけど。

しかしまあ僕の場合、このお正月、数え年で言えば70歳になったんですよね。間もなく誕生日が来て満69歳になるんだけど、でもね、70歳だなんてまだまだ遠い先の話だと今でも思っています。それが、数え年で言えば70歳ですからね~。昔じゃなくてよかったぁ、なんて意味不明なことをブツブツつぶやいています。

今年いただいた年賀状を見ると、中学時代の恩師は「七十七歳になりました。喜寿です」と書いてこられたし、勤務先の先輩だった方は「今年米寿を迎えます」と書かれていました。へぇ、あの方たちが、もう七十七歳だったり八十八歳だったりするんだ、と改めて“歳月”というものを感じました。

ところで、
喜寿や米寿で思い出しましたが、昔は70歳まで生きた人は古来稀(まれ)だということから、古稀(こき)と言われてお祝いをしていたそうですね。70歳というのは、元々そういう超高齢だったんです。そしてさらに「喜寿」でお祝いをし、「米寿」でお祝いをし、ということなんでしょうね。

七十七歳で「喜寿」。
八十八歳で「米寿」。
そして九十九歳は、「百」から「一」をとって「白寿」。
それぞれの歳にお祝いをするのが昔からの慣習のようです。

今のところ、こういう呼び方は九十九歳までしかないみたいです。

しかし、今や平均年齢は八十歳を大きく上回り、九十代の人も全然珍しくなく、百歳以上の人も全国で7万人近くおられるという時代になりました。百歳を超える人がこんなに増えてくると、そういう方々のためにも、「米寿」とか「白寿」のような、年齢を漢字でもじる何かいい表現がないものかと思いますね。

そこでヒマな僕はいろいろと考えてみましたが、ひとつ思いつきました。

百十一歳の方を祝う「川寿(せんじゅ)」というのはどうでしょうか。
「111歳」だから「1」が三つ並んでいるので「川」という字を当てる。

川寿の祝い

なにしろ超高齢化社会ですから。
そろそろこういうのが現れるかも知れませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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謹賀新年と合格祈願

2018年01月03日 | 日常のいろいろなこと

  明けましておめでとうございます

 

皆さま、お正月はいかがお過ごしでしょうか?

僕は去年、39度前後の高熱が出て、元日早々から休日診療所へ行き、インフルエンザだったことが判明というさんざんなお正月でしたが、今年は幸い何ごともなく新しい年を迎えることができました。やはり日々の生活において「何ごともなく」というのが最も大切なことなんだな、とつくづく。

今年の元日は次男の家族がやって来てワイワイと賑やかに過ごし、昨日の2日は初詣に行ってきました。去年は何もできず、どこへも行けなかったお正月でしたので、2年ぶりに普通のお正月を楽しむことができています。

さて、年頭に当たり
と、いちおう改まった気分になって今年の目標のようなものを考えてみましたが、具体的にこれと言って浮かびません。強いて言うならば、お酒の量を減らす、つまり「減酒」をして健康を保つのがいいだろう、と思いますが、これまで何度もその思いを固めながら、その都度失敗しているので、これはもう、我ながらアテになりませんわ。

最近思うのは、日常の心構えとして、何ごとにもあせらずのんびりかまえることが大事かなぁということ。そして、〇〇をしなければ! と思わないこと。愉快にのびやかにゆっくり生きる。ということで、風のような時間を過ごすことができたらいいなぁということを今年改めて胸に刻んでおきたいと思っています。

どうか今年もよろしくお願いいたします。

また、皆さまにとりまして素敵な1年でありますよう、お祈りしています。


冒頭の写真は、昨日、道明寺天満宮へ初詣に行ってきたものです。

モミィが手にしているのは絵馬やお札、鉛筆、お箸などが入った「学業成就」のセットです。学問の神様として名高い菅原道真公を祀った道明寺天満宮には、毎年多くの受験生が合格祈願に訪れています。モミィは去年は「英検3級に合格できますように」と絵馬に書き、それが実現しました。今年はやっぱり中学受験の合格祈願ですね。

 

 
モミィが書いた絵馬は2段目の右から2つ目です。
「第一志望に合格しますように」と書いています。
その受験も、あと10日ほどに迫ってきました。

 

  

目前に迫ったモミィの受験。
とにかく、まあ、早く終わってほしいワン!

 

 

 

 

 

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