僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

窮屈な時代

2014年05月30日 | 日常のいろいろなこと

明後日の運動会を前に、モミィが昨日学校からもらってきたプリントを見て驚いた。文面には、何日か前に石川県の小学校の運動会で、ナイフを持った男が暴れた事件があったことが書かれていた。


そこでその事件を踏まえ、明後日に開かれる当小学校の運動会の安全を期するため、保護者はリボンをつけて来校されるように、という趣旨のことが書かれていたのだった。リボンがなければ学校内には入れないとのこと。封筒の中にリボンが3つ入っており、それ以上必要な方は申し出てください…とあった。


「石川県の運動会事件」というのをネットで調べてみると、去る27日、石川県金沢市の小立野小学校というところで運動会が行われていたが、午後1時前に一人の男が果物ナイフのようなものを持って侵入、児童に近づいたところで参観中の警察官の保護者が取り押さえたという。おかげで児童に怪我などはなかったが、このごろ、こういう事件がどんどん増えてきたのは実に不気味である。


25日にAKBが切りつけられる事件があったばかりで、ひょっとして金沢のナイフ男もそれが刺激になったのかも知れない。自分がむしゃくしゃして、相手は誰でもいい…という種類の犯罪がこれだけ増えてくると、人の集まるところはどこも危険がいっぱい…ということになる。「ふれあい」という言葉も死語になりそうだ。そんなことだから、防止対策がどんどん厳重になっていくのもやむを得ないことだろう。


窮屈な時代になってきましたね。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“出雲大社” で思い出した

2014年05月29日 | 思い出すこと

先日の心房細動に関するブログ記事の中で、心室細動で突然死した高円宮様のことに触れたが、その後すぐ、そのお嬢さんの婚約が内定したとのニュースが流れた。これも何かの巡り合わせなので少し書いてみます。


お相手は、代々出雲大社の宮司を務めている千家(せんげ)家のご長男だそうで、お名前を国麿(くにまろ)さんという。テレビでいつもつまらないジョークを飛ばしているお笑い芸人の一人くらいは、この名前から「(綾小路)きみまろさんを連想しますね~」と言うのがいるのかと思ったけれど、さすがに誰も言わない。そんなこと言ったらテレビ界から追放される…という警戒心と保身能力だけは、彼らにもちゃ~んと備わっているんだね。


僕は国麿(くにまろ)さんと聞いて、ハウスカレーのルーである「こくまろ」を連想してしまった。いや失礼。ブログ界から追放せんといてくださいね。


ところで、この千家家のルーツをたどってみると、あの天照大神にさかのぼるという。天皇家は神武天皇に始まるが、このお家はそれより前の「神様の子孫」である。ふわぁ~。すご~い組み合わせですね。


…あまり不謹慎なことばかり言ってるとバチが当たるので、話を変えよう。出雲大社のことである。自転車旅行で出雲へ向かう途中、ひどい豪雨だった話だ。


自転車が好きだった。まず20歳の時に自転車で大阪から北海道まで往復した。往路は日本海側を通って新潟~秋田から、先日AKBを刃物で切りつけた男の家のある青森の十和田を通り、そして北海道に渡り、函館~札幌~旭川~稚内~日本最北端・宗谷岬~オホーツク海沿い~網走~帯広~函館とちょうど1ヶ月をかけて道内を1周。帰途は太平洋側を走り、下北半島~恐山~八戸~平泉~仙台~いわき~東京~箱根~名古屋~大阪と走った。


その2年後に結婚し、長男、次男が生まれ、引越したあと一段落したのが29歳の時。長男は幼稚園児になっていた。その時、職場の有給休暇をもらって四国を走った。翌年、30歳の時、今度は九州を走り、さらに翌年「日本一周の仕上げ」として中国地方を走ったのだ。出雲大社へ行ったのはその時である。


自転車でほぼ日本一周を果たした中で、ラッキーだったのは、走行中一度もパンクしなかったことと、台風などに遭わなかったことだった。ただし、口で言い表せないようすごい大雨に遭ったのは2度あった。一度は北海道襟裳岬へ行く途中の雨。バケツをひっくり返すような…とはこのことで、すさまじかった。雨のかからない所で休憩して携帯ラジオをかけると、ちょうどその年にデビューした和田アキ子の「どしゃぶりの雨の中で」が流れていたのが未だに忘れられない。


2度目が出雲大社に向かって走っていた時だ。これも、前が見えないほどの降りだった。薄い合羽の上着を羽織っていただけなので全身はびちょびちょ。ジーンズは水分を含んで、ペダルを漕ぐたびにゴボゴボと音がするほどだった。松江から約40キロ先の出雲まで、通常ルートである国道9号を走らず、出発前に島根出身の友人が「こっちのほうが景色ええで」と勧められるままに選んだ「松江・平田・大社道」という宍道湖沿いの県道を走ったのである。これがかえって仇になった。すぐ横の宍道湖の満々と水を湛えた光景が不気味だったし、雨嵐の中での景色など楽しむ余裕もなく、雨宿りする建物も見当たらない。隣を一畑電鉄がゴトゴト走っていたのがうらめしかった。「今のこの体験を、一生忘れるな!」などと言い聞かせて必死でペダルを漕いだものである。


そんな状態だったので、出雲大社にたどり着いた時は雨は少しマシになっていたが、さっと形ばかりの見学を済ませて(天候のせいか観光客もほどんどいなかった)、とりあえず駅前の食堂に駆け込んだ。驚いたのは、他に誰もお客のいないその店で食べたトンカツとライスが1,300円もしたことだった(34年前の物価ですよ)。近くのバスターミナルのトンカツ・ライスは500円以下だったので、値段も確認せずトンカツとライスを頼んだのは大失敗だった。おまけにトンカツの量も、少なかったし~!


そういうことで、出雲大社にいい思い出はあまりない。ただ一つだけ、その日に泊まった「国民宿舎・国引荘」は、安かったし、よかったなぁ。きれいな部屋で、むろん個室。それで1泊2,000円だった。そこでまた1,300円のトンカツを思い出し、うう~う、高いぞぉ! …と改めて悔しさがこみ上げてきたのでした。


…というようなことで、出雲にまつわる思い出ばなしは、これでおしまいです。


先日、僕の過去の記事に対して、匿名で「能天気な解説は書かないでね」というコメントが入っていましたが(削除済み)、またその人から「能天気なハナシは書かないでね」とコメントが送られそうな内容でした。能天気な人間が書いているのだから、まぁ、しゃぁないですよね。あはは~。

 

 

    
    1980年(昭和55年)4月30日撮影。 出雲大社は雨でした。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

AKB48握手会に刃物男!

2014年05月26日 | ニュース・時事

昨日の日曜の午後6時過ぎ、テレビの報道番組を見ていたら、画面上部にニュース速報が出た。見ると「AKB48のメンバーが握手会で切られ負傷」とあった。そしてほぼ同時に、番組の中でその事件が伝えられた。いや~、驚いた。


岩手県で、AKB48のライブが終わった後の握手会での出来事だった。殺人未遂容疑で逮捕された青森県十和田市の24歳の男は、ノコギリのような刃物を振り回してメンバー2人とスタッフ1人を負傷させたとのことである。


人気アイドルの握手会というのは時々ニュース番組で見たりしていたが、あのファンの列の中に悪いヤツが潜んでいて、いきなりナイフかなんかを出してアイドルに襲いかかるということはないのかね?…と思っていた。でも結構厳重に警備しているはずだし、手荷物検査もしているはずなので、まぁそんなことは起きないのだろう…と思っていたのだが、今朝の新聞を見てみると「手荷物検査も赤外線検査もなかった」とのことだった。ふむ。東京ディズニーランド&シーでも入り口で手荷物検査をしているというのに、この握手会ではしていなかったのか…(あんまり関係ないか?)。


それにしても、東日本大震災の被災地支援としてAKBのアイドルたちが続けてきた被災地訪問や握手会でこんな事件が起きたことは、まことに残念で悲しい。


つい数日前に海外ニュースで、台湾で地下鉄ホームに刃物を持った男が周囲の人々を襲ったり、中国で小学校に侵入した男が刃物をふりかざして小さな女の子を追いかけまわす映像を見たばかりなので、こういう国は物騒だなぁと思っていたのだが、日本でも人気アイドルの握手会に刃物男が出現するとは、まさに衝撃の事件であった


AKB48のメンバーたちは計り知れないほどの精神的ショックを受けただろうし、AKBに限らず、これまで握手会を開催してきたアイドルたちも、これには慄然としたに相違ない。今後、握手会…といえば恐怖が先立ち「やるのが怖い!」という気持が強く働くだろう。今回の事件が及ぼす影響は、とても大きいと思う。


追伸 → その後のテレビニュースを見ていると、この事件を踏まえ、他のアイドルグループの握手会やハイタッチ会も中止されたそうです(…でしょうね)。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心房細動のこと

2014年05月24日 | 心と体と健康と

このあいだ、自宅に「第18回大阪・淀川市民マラソン参加申し込み案内」という封書が届いた。11月2日の開催である。淀川市民マラソンといえば、去年、ネットで申し込み、参加料を振り込んで、さぁ久しぶりのフルマラソンに挑戦だ~と意気込んだ大会である。


…で、数ヶ月間練習に励んだものの、なかなか25キロ以上走行距離を伸ばせず、あげくに体調を崩して参加できなかった大会だ(がっくり)。一応、去年の申込者として登録されているので、この「参加申し込み案内」が大会本部から送られてきたのだろう。ありがたい配慮だけれど、去年の夏から秋にかけての練習に無理があったのか、それ以降、体調不良に悩まされることが多くなった気がするうえ、最近、心房細動にちょっとした「異変」が起きたところなので、もう今年は申し込まない。激しい運動は今の僕の体には良くないんだもんね。(でも心臓に負担の少ないウオーキングなどはしています。一昨日は約20キロを4時間余りかけて歩きました)。


この心房細動というのは不整脈の一種だけれど、その話をすると「不整脈やったらオレもあるよ」という人が多い。自分で気づかないうちに脈が飛んでいて、心電図などの検査時にわかったりする。それも不整脈の一種である。


つまり一口に不整脈と言ってもピンからキリまであって、そういう自覚症状のない不整脈から、突然死に至る心室細動(かつて高円宮様が急死された不整脈)のような恐ろしい不整脈まで、さまざまである。僕は「心室細動」ではなく「心房細動」なので、死に至る病ではないのが救いだが、その発作が出ると、動悸が激しくなり、息苦しく、うずくまっていても全力疾走しているほどの脈拍数で、それはそれはしんどいものである。


発作時に服用した薬が効くのをひたすら待ち続ける間(1~2時間程度)、ふとこのまま心臓が止まるのでは…とひどく不安に襲われる。「のんさん、大丈夫ですよ。心房細動では死にませんから」といつか主治医が僕にかけてくれた言葉をそのたびに反復し、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせるのである。この時が、今の自分の人生で一番トホホな時間である。これさえ無ければ、あとの悩みは耳鳴りぐらいだ。まぁ、これはこれで24時間休みなしに鳴り続けで辛いけれど、心房細動のような喘(あえ)ぐような苦しみや危機感はありませんのでね~。


耳鳴りでお悩みの皆さん。現在、耳鳴り以上につらい症状がなければ、それはそれで「ま、いっか」と思ってください。むろん、耳鳴りのつらさはこの7年間で僕もよく知っているつもりですが、物は考えようですので…。


さて今週は、月曜日(19日)午前にスポーツクラブへ行き、水泳をしたあとジムで軽い筋トレをし、帰宅して昼食を口にしたとたん、ドキドキドッキンと心房細動が出て、約2時間寝転んでいましたが、4時ごろに収まりました。いったん収まると、もう元気なもので、5時からモミィをECCに連れて行き、レッスンを見学した後、迎えに来た嫁さんにモミィを連れて帰ってもらい、僕はそのまま一人で電車に乗って阿倍野に出て、昔の走る仲間の久しぶりの飲み会に出席し、大いに飲みました。「過度の飲酒」は避けなければならないはずでしたが、気分よく飲めたようで脈が飛んだりはしませんでした。嬉しかったですね~。


5月に入ってから、ほぼ禁酒を続けていましたが「もう、そろそろ1本ぐらいいいか」と油断してビールを飲むと、そのとたんに脈が飛び、心拍が乱れ始めたことがあったので、警戒していました。しかしその月曜日の夜の飲み会では、みんなでワイワイ騒ぎながら飲んで、いい気持になるばかりで、また飲んで…と、かなりの量を飲んだのですが、脈は飛びませんでした。…が、すっかり酔っ払って、最後のほうは記憶が飛びました。ビールを飲んで脈が飛ぶより、記憶が飛ぶほうがまだマシですよね(笑)。


ちなみにそれ以来、今日まで(4、5日の間ですが)心房細動は出ていません。
先週までまだ弱気が尾を引いていましたが、今、少~し自信が戻ってきました。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礎…いしずえ

2014年05月21日 | 心と体と健康と

元ビートルズのポール・マッカートニーさんの日本での公演が、ご本人の体調不良のため、すべて中止となった。楽しみにしていたファンの方たちの嘆きの声がここまで聞こえてきそうである。チケットの払い戻しは約30億円と言われている。しかし体を悪くされたのだから、これだけは仕方がないですね。


公表された病名は「ウィルス性炎症」ということだが、声が出なくなる症状…とも言われ、また、今朝のニュースでは「下痢と嘔吐を繰り返すらしいです」とキャスターが話していたけれど、わかりにくい話だ。病状が長引かないことを祈るばかりです。


今回のポールの来日にちなみ、ビートルズが初めて日本へやって来た時(1966年)の映像がテレビで流れていたが、あのころ僕は高校生だった。そして48年の歳月が経ち、ポールも来月には72歳になる。その年齢で今も世界を舞台にライブ活動を続けるのだから、よほど強靭な体の持ち主なのだろう。年齢が年齢なので、いくら元気でも体調を崩すこともあるのでは…と思うけれど、ポールに限ってはそんなことはないんだろうな~と感心していた矢先のことだった。ふ~む、やっぱりポールもスーパーマンではなかったのだ。いずれにしても、健康を損なうと全てが崩れてしまうという事実を改めて突きつけられた出来事だった。


ここから自分の話になりますが…


1ヶ月ほどブログを休みました。理由は、まあ体調不良ということです。


4月下旬から持病の心房細動(不整脈の一種)がちょこちょこ出るようになり、今月中旬に病院で医師に相談し、薬の量を増やして様子を見ることにしました。それ以来、発作の回数はグンと減り、今はとりあえず落ち着いています。過度な飲酒、無理な運動、根を詰めることなどは避けて、適度に用心しながらリラックスした生活を心がけることが大事なことのようです。一昨日は昔の走る仲間たちと久しぶりに宴会の席に出て、かなり飲みましたが、心房細動は出ませんでした(ま、過度な飲酒もたまにならストレス発散に役立つのかも…えへへ~)。


ほぼ従来の生活に戻りつつあるので、久しぶりにブログをアップしました。
ホント、健康は生活の礎(いしずえ)ですね。
これが崩れると、すべてが崩れてしまいます。


そんなごく当たり前のことを身に沁みて感じていた1ヶ月でしたが、今回ポールの体調不良による公演中止のニュースに接し、またその思いを強くしました。

 

 

 

 

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする