前々回のこのブログで、ミステリー作家として有名な夏樹静子さんの「椅子がこわい 私の腰痛放浪記」(1997年刊)という本のことを紹介した。耳鳴りや不整脈、腰痛、手首・足首の痛み、睡眠障害ほか、何やかやと身体のトラブルに悩まされている僕は、先週末にこの本を読み、はかり知れないほど大きな衝撃を受けた。
今日はそのことについて、書いてみたいと思います。
まず、著者の「まえがき」をそのまま引用しますと…
私は、1993年1月から約3年間、原因不明の激しい腰痛と、それに伴う奇怪とさえ感じられるほどの異様な症状や障害に悩まされた。考えられる限りの治療~最後に、どうしても最後まで信じられなかった唯一の正しい治療法に辿りつくまで~を試みたが、何ひとつ効なく、症状はジリジリと不気味に増悪した。私は心身共に苦しみ抜き、疲れ果て、不治の恐怖に脅かされて、時には死を頭に浮かべた。
夏樹静子さんは1938年(昭和13年)生まれだから、発症当時は55歳だった。
夏樹さんは「考えられる限りの治療を試みた」と書かれているが、大学病院の診察から民間療法まで、西洋医学も東洋医学もひっくるめて、よくもまあこれだけの治療法があるものだな~と驚き、かつ感心した。
夏樹さんの症状は、「激しい腰痛と、それに伴う奇怪とさえ感じられるほどの異様な症状や障害」だったので、とりあえず整形外科で診察を受けた。レントゲン検査の結果、どこにも異常は見当たらなかった。
そのあと、知人や仕事上の付き合いのある人たちから「あの先生は名医だから一度診てもらったら?」といろいろな療法を勧められ、夏樹さんは、その中には非科学的で半信半疑のものもあったけれど、治したい一心で、言われるままにそれらの治療を受けるのである。
お灸と鍼が腰痛に効くとのことで、灸頭鍼の先生を紹介されて治療を受けた。
また、大学の体育学部の助教授から「置き鍼」の治療を受けた。
しかし、なんの変化もなかった。
また、低周波の機械を取り寄せて、就寝前にそれを使うのを日課にした。
しかし、改善しない。
ひょっとしたら内臓の疾患から来ているのかも、という医師から全身の精密検査も受けた。超音波、胃カメラの検査まで受けたが、結果は異常なし。
福岡在住の夏樹さんは売れっ子作家だから、痛みで椅子に座れないからといって何もしないわけにはいかない。腹ばいになって執筆し、打ち合わせで上京する時は飛行機の2人分の座席に寝転がり、タクシーにも座席に横たわって移動する。編集者と話すときも、ソファに横にならなければならない。
夏樹さんは、さらに次々と、ありとあらゆる治療を試みるのである。
ある病院では、この腰痛の原因はマッスル・ウィークネス(筋肉弱化)だから、運動をするべき、と言われ、近くのプールに通う。
股関節が悪いのかも…と言われ、その部分のレントゲンを撮る。
高塚光さんという先生から「手翳し療法」というのを受ける。
痛むところに手を翳(かざ)すだけで治る…というのである。
お手伝いさんが「家の中に動かない水があるとよくないそうです。お庭の池の水を抜いたほうがいいんじゃないですか?」と言うが、夏樹さんは「そこまで非科学的なことには頼れない」と否定する、しかし後日になり、「やはり何でもやったほうがいいのかな…」と思い直し、水を抜く。
ある時は、作家の遠藤周作氏夫人の長年の腰痛が1回の気功で快癒したと遠藤氏が書いていた切り抜きを知人が持ってきてくれたことから、気功を受ける。
次に、足の裏を揉むと腰痛が治ると言われ、その治療院に出向く。
病院で腰部のMRIを受ける。
筋弛緩剤とアリナミンの注射を続けて打ってもらう。
民間の特殊なマッサージ療法も受ける。
「野菜スープ療法がよく効くそうよ」と勧められ、それを試す。
「サウナ療法がいいよ」と言われ、やってみる。
腰や背中にテープを貼る療法や、熱湯で患部を温める温熱療法も試し、赤外線を患部に照射する器具を勧められると、その器具を取り寄せる。
「この症状は“冷え”から来ているのではないか」との助言を受け、居間とダイニングに絨毯を敷き、ホットカーペットを敷く。
カイロプラクティックと鍼の治療院へ通う。
曽野綾子さんがエッセイで「眼鏡の度が合わないと腰痛が起きる。眼が良くなったら、腰痛も完全に治った」と書いているのを読み、眼科へ行き、眼鏡が合っているかどうか診てもらう。
「整体研究所」というところへも、訪ねて行く。
冷温浴…熱いお風呂に浸かるのと腰に冷水のシャワーを浴びせるのとを交互に繰り返す療法…も試してみる。
あげくの果てには、ある先生から、
「あなたには霊が憑いています。供養してあげてください」と言われて、お墓参りをしたり、仏壇を祈祷してもらったり…。
こうした日々を、夏樹さん自身も、
「涙ぐましいといおうか、凝りもせずといおうか…」
と、述懐しておられる。
それらのすべての療法は、結局、何の効果もなかった。
さて一方、医師から「いつまでも第一線で仕事をしていたいという心の執着が痛みを生むのでしょう」と言われ、自律神経失調の薬をもらい、「自立訓練」というものも、教えられるままに実践する。鎮痛剤と安定剤、あるいはうつ病の薬まで処方される。つまり「心因性」という診断も、何人かの医師は指摘していたのである。
発症から1年3ヶ月の時、夏樹さんは外科病院に入院し、「腰痛はストレス性」と診断された。そして、「のんきにやってください。頑張らない人生が大切です」とアドバイスされたりした。
それからある精神神経科へ通うようになるのだが、そこの医師は内面に踏み込んでくれず、次々精神安定剤が処方されただけだった。夏樹さんは、医者は腰痛がよくならないから、仕方ないから心因性と言っているのでは…と疑う。
これほど激しい痛みが、心因性とは、夏樹さんには信じられなかった。
あくまでも、これは肉体的な疾患で、たぶん難病の一種なんだろう、と考える。
そうなのだ。
僕も、それと全く同じ考え方をする一人なのである。
胃痛や頭痛のたぐいなら心因性と言われてもわかる気がするが、腰や尾骶骨や背中に激痛が走る症状まで心因性だと言われてもなぁ…。
僕も耳鳴りが発症したときは、頭がジージー鳴って夜も眠れず、吐き気を催し、不整脈もひどくなったので、耳鼻科、内科から胃腸科、循環器科、脳神経外科、心療内科と渡り歩いた。しかし、行く先々で「ストレス、ウツ、男の更年期、自律神経失調、気にしすぎ」など、いろんなことを医師から言われた。そして、それらがすべて身体ではなく、「心」から来ている病であることに愕然とした。「そんなアホな」と言いたかった。僕がそんなビョーキになるはずがない、と反発した。
医者は、よう治さんから、あんなこと言うとんねん。
そんなふうに、医師たちを恨んだものだった。
夏樹さんがここで同じことを書いておられたので、わが意を得た思いだった。
しかし、この本の後半では、一人の医師との出会いで、夏樹さんの症状が劇的に治癒するのであるが、それが、信じたくなかった「心身症」であったことを彼女自身が認めることによって、改善の第一歩が踏み出されるという展開だったので、僕は大きな衝撃を受けたのであった。
ここまで書いて…
あぁ、疲れてきました。
続きは、また次回にします。ふ~う。