昨日の朝、役所の事務局に出勤したら、部下のコバヤシ君が近づいてきて、
「み~んな、良くなっていましたよ。何もかも」
やせこけた顔をシワだらけにしてえへへと笑い、人間ドック検査結果表を僕の目の前に広げて見せた。彼は前の日に、年に1回の人間ドックを受診してきたのである。その結果が、去年に比べて、医者も「信じられない…」と唸るほど、あらゆる数値が劇的に良くなっていた、ということらしい。
「のんさんに見せてあげようと思って、結果表を持ってきましてん」
「へぇ~。それはそれは、律儀なことで」
僕も病気を抱える身で、二ヶ月に一度血液検査をしている。この種のデータにはかなり詳しい方だし、関心も強い。よしよし、見せてもらおうじゃないか。
ご記憶の方もおられるかも知れないが、今年の3月に、僕は「超過激ダイエット報告」という記事を書いた。コバヤシ君が去年8月の人間ドックで、医師から「メタボです」と言われショックを受け、一念発起して過激とも思える徹底したダイエット生活を続けたことを「直撃取材」したものだった。
ダイエットの詳細は、「コバヤシ君の大減量作戦」と題して、そのときのブログに詳しく書いてありますので、興味のある方はどうぞお読みください。ちなみにコバヤシ君は46歳。身長は1メートル70センチです。
さて、過激なダイエットには、リバウンドがつきものである。いったんダイエットに成功しても、反動のため結局元の木阿弥に…ということも珍しくない。コバヤシ君も、それには十分気をつけていた。夜に歩いたり走ったりしていたが、膝を痛めると、今度は自転車を1時間以上ぶっ飛ばして脂肪を燃やす…という不屈の努力を続けていた。そしてその後もさらに体重を減らし、最大89キロだったのが、いまでは67キロにまで減量した。そして、1年ぶりの人間ドックに臨んだわけだ。
去年コバヤシ君にメタボ宣告をした医師が驚いたのも無理ないと思う。
コバヤシ君の検査結果表を見せてもらったら、確かに信じられない数値が並ぶ。
去年の数値との対比がされていて、激変ぶりがはっきりわかる。
まず体重がこの1年で22キロ減った。顔つきからして変わってきた。見かけがちょっと病人っぽいが、これはまあ急に痩せたのだからある程度は仕方がないだろう。ウエストが、97センチから77センチになった。お腹が、ペコンとへこんでいる。
「新しいのを買わないと、穿けるズボンがありまへん」と目を細めるコバヤシ君。
ガンマGTPなどの肝臓の数値も「要注意」から正常値の範囲に収まっている。
血圧も空腹時の血糖値も「異状アリ」から正常範囲に戻っている。
体脂肪は28から14になった。なんと、半分である。
尿酸値は、僕も薬を服用中だが、コバヤシ君は去年は8.5で、僕より高かった。
それが、ことしは7.0にまで落ちた。
悪玉コレステロールが大幅に減り、善玉コレステロールが増えた。
脈拍数も、安静時に1分間82もあったのが、60に落ち着いた。
「心臓も、お腹の脂肪の圧迫がなくなって、働きがよくなったらしいです」
中でも最も目を引いたのは、中性脂肪の激減ぶりであった。
去年の夏の数値は400いくらだったのが、今年は80いくらまで落ちていた。
5分の1だ。1年間で、ここまで数値が落ちるものなのか。
「去年の結果が、あまりにも悪すぎたのです…」とコバヤシ君は言う。
「消化器・循環器機能のほとんどの数値が、正常値からはみ出していました」
前にも書いたが、コバヤシ君は、うつ病的な心の問題を抱えていた。
先の職場は、国民健康保険を担当する課だったが、数ヶ月間、病気欠席を続けていた。仕事に対する責任感が強く、物事を深刻に受け止めすぎる性格が影響したのか、精神的重圧から過呼吸を起こし、仕事に出ることができなくなった。医師に処方してもらった何種類かの抗うつ剤や安定剤を飲まなければ、すぐに過呼吸症状が起きて「死ぬかと思う」ような激しい発作に見舞われるという。それと同時に、食べることでストレスを解消しようとし、しかし運動のほうはやる気がしない…という悪循環を繰り返して、体重が増え続けた。
それが去年の4月の人事異動で僕の職場に移ってきて、その症状は少しずつ改善されてきた。それでも今年3月の時点ではまだ薬に頼っていたし、朝に電話が掛かってきて「今日は調子悪いので休ませてください」という連絡も時々入った。
しかし最近では、この職場になじんできたことと「肉体改造」が効果を表わしてきたことがうまくかみ合って、コバヤシ君には自信が戻ってきたようである。あれほど頼っていた抗うつ剤や精神安定剤を飲まなくても、今は出勤できるという。
この職場環境も、コバヤシ君に合っているのだと思う。僕たちの職場は、議会開会中以外は残業もないし、市民からの苦情を直接受けることも少ない。人間関係もすこぶる良く、みんな仲がいい。まして僕は、コバヤシ君とは、表面では上司と部下の関係だが、実際には彼が18歳で役所に入ってきたときからの年下の友人であり、いっしょに駅伝チームで走ったり、酒を飲んだりしてきた仲間なのである。
検査結果表を封筒の中に押し込みながら、コバヤシ君はいつになく神妙になって、
「本当によかったです。クスリも飲まずに過ごせていますし、ダイエットもこの職場にいるからできたのです。前の職場のままだと、うつ症状も良くなっていないだろうし、それどころか、あのままメタボで生活習慣病にもなっていましたよ」
と、ボソボソと述べたあと、
「ここの職場に来させてもらったおかげです。ありがとうございます」
とペコリと頭を下げた。
「あははは」僕は、笑って答えた。
「職場というより、それはお前やからできたことや。そんなアホみたいな過激なダイエット、ほかに誰ができるねん」
まあまあ、よかった。心身の安定を取り戻したコバヤシ君を見るとホッとする。考えてみたら、むしろまだ安定剤と縁を切れない僕自身のほうが問題なのだ。…といっても、僕はあと8ヶ月で定年退職だからいいけれど、将来のあるコバヤシ君は、1日も早く心身のモヤモヤを克服して、いい仕事をしてもらわなければならない。
過激なダイエットも、1年ぶりの人間ドックで見事に実を結んだ。
コバヤシ君は、ケタ外れの努力で、心身の健康を取り戻したのである。
えらいなぁ、と思う。
たった1日のビールすらやめられない意志薄弱な僕には、とうていできないことである。