新潟といえば、39年前の自転車旅行のことが忘れられない。
その旅行中、僕は新潟で、実に奇妙で貴重で、かつ胸の熱くなる体験をした。
まあその時は20歳だったから、そういう体験もできたのだと思う。
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そのとき。
前日は、直江津駅の構内の長椅子で一夜を明かした。
翌日夕方、新潟に着いてユースホステルへ行ったが、満員で断られた。
普通の宿は料金が高いので、やむなく新潟駅の待合室で寝ることにした。
ところが、深夜に駅員がやって来て、駅から追い出されてしまった。
6月とはいえ新潟の夜は、まだまだ寒気が残っていた。
でも幸い雨は降っていなかったので、駅前のバス停のベンチで、寝袋にくるまって寝た。となりのベンチには、浮浪者がいたりした。
朝になり、駅の洗面所で歯を磨き、構内を歩いていると、ひとりの女性に声をかけられた。彼女は「あたし、エミちゃんっていうの」と言い、「新潟を案内してあげるわ」と僕をタクシーに乗せ、新潟市内をグルグルとまわった。
やがてタクシーから降りて、エミちゃんに1軒の小さな旅館へ案内され、狭い階段を上がって2階の小部屋に通された。
エミちゃんは「あたしはキャバレー『香港』というところに勤めているのよ」と言いながら、旅館のおかみさんに頼んで、僕に朝食を出させてくれた。
僕がそれをガツガツ食べている横で、エミちゃんは驚くべきことを告げた。
「あたしねえ、男なのよ。気がつかなかった…?」
そう言って、「眠くなってきたわ」と、スヤスヤ眠ってしまったのである。
「……???……???」
僕がどれほどびっくりしたかは、ご想像に任せるほかない。
「げへっ。げぼげぼ」
食べ物を喉に詰めたり、咳き込んだりしながら、朝食を食べ終えた。
しばらくして、おかみさんが上がってきて、寝ているエミちゃんを見て、
「エミちゃんはあなたとは別世界に生きている人よ。寝ている間に、早くお行きなさい。この人には私からよろしく伝えておくから」
と僕を玄関先まで見送り、「餞別」と書かれたお金の入った封筒と弁当をくれたのである。親切が身に沁みた。
そのとき、1枚の名刺ももらった。
そこは、古町通りというところにある「般若」という旅館であった。
今でも僕の手元には、そのときおかみさんからいただいた旅館の名刺がある。
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新潟を訪れるのは、そのとき(昭和44年)以来39年ぶりだった。
今回の出張で、新潟のタクシーに乗ったとき、この「般若」のことを、運転手さんに尋ねてみた。
僕より少し年上に見えた運転手さんは、若い頃、古町通りで水商売のアルバイトをしていたと言うので大いに期待したが、
「古町通りの『般若』…ねぇ…。う~ん、知りませんねぇ…」
と言っただけで、あとは「う~ん。う~ん…」を繰り返した。
「う~ん…」を何回か言い終えたあと、運転手さんが説明してくれたところによると、古町通りというのは、昔、遊郭の町だったという。
39年前は、むろん遊郭はなくなっていたが、旅館の「般若」があった。
しかし今は、さらに様変わりして住宅地になっている、とのことだ。
たぶん「般若」も、時の流れに逆らえず、姿を消したに違いない。
僕は運転手さんに、記憶に残るもうひとつの場所を聞いた。
「キャバレー香港って知っていますか?」
これには素早い反応が返ってきた。
「ええ。よく知っていますよ。このあたりでは一番大きなキャバレーでした。
今はもう無くなりましたが、昔はよくお客さんを案内したものです」
「へぇ…。そうなんですか。観光客の人たちも行ったんだ」
「名所のひとつでしたからね。行かれたこと、あるのですか?」
「いえ…。ちょっと人から聞いただけのことですけど…」
「あたし、キャバレー香港に勤めてるのよ」
…と得意そうに言っていたエミちゃんの顔が、うっすらと浮かぶ。
あれやこれやの懐かしい思い出が、頭の中を巡った。
僕は39年ぶりに再訪した新潟で、この地の「今昔物語」を、心の中でゆったりと味わっていたのだった。
…ということで、新潟にまつわる話はここで完結する…はずであった。
しかし、そのあと僕は、自分のひどい記憶違いに唖然としたのである。
タクシーがしばらく市内を行き来し、次に空港へ向おうとした時、運転手さんが前方の大きな建物を目で示して「あれが新潟市役所です」と教えてくれた。
そのとき、電光のようにひらめいたことがあった。
「新潟市役所…。新潟市役所…。新潟市役所…」
何か…かすかに覚えがある。
透き通っていた空気がギュっと固まって、目に見える何かの形を取り始めたような具合に、ひとつの記憶が闇の中からくっきりと浮かび上がってきた。
そうだ。思い出した。
新潟市役所を出張で訪れたことがあったのだ。
30代後半くらいの頃ではなかっただろうか。
…ということは、今から20年前以上のことである。
そのときに一度、僕は新潟市へ来ていたのである。
宿泊はたしか新潟ではなく別のところだった。
その分、印象に残りにくかったのだろう。
それにしても、完全に忘れてしまっていた。
39年ぶり…ではなかったんだ。やれやれ…。
相変わらずいい加減な自分である。
我ながら、あきれて言葉も出ない。
*新潟のエミちゃんとの出会いは、こちらに詳しく書いています。
↓
http://d.hatena.ne.jp/domani07/20070604