僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

目が まぶしい

2017年06月30日 | 心と体と健康と

昨日の朝、起きて間もない時のことだった。

なにか、目がおかしい。かすむような感じである。
ま、寝起きには時々こういうことは起きるんだけど。

洗面所へ行き、顔を洗いながら、丹念に目を洗ってみる。そのあと、目薬もさして、そしてまたリビングのテレビを見るのだが、やっぱりいつもより見にくい。

壁の上の方にかかっている時計を見ると、白っぽく光って、時計の針が見えにくい。ためしに手で片目ずつふさいで見てみると、右目では普通に見えるけれど、左目がまぶしかった。

「おかしいなぁ」と思いながらもそのうち治るだろ、と思いつつ、その日はゴミの日だったので、各部屋のゴミを集めて玄関に置き、妻とモミィが朝食中のリビングに戻った。その時、さらに猛烈に目がまぶしくなった。光がまぶしい、というより、光と関係なく、目に入るもの全てがまぶしいのだった。そして、まぶしいのは左目だけでなく、両目ともになっていた。

時計を見ても、丸く光っているだけ。時計の針は見えにくいどころか、まったく見えない。いや、時計自体、ボンヤリとした輪郭しか目に映らない。妻やモミィの顔も、テレビの映像も、まぶしくて見えない。部屋の中全体が、強い光に反射しているようなのだ。どうなってるの?

これはひょっとして重大なことなのかも、と恐怖感が湧いて来た。それをそのまま口に出すと妻が心配するので、ムニャムニャという感じで別の部屋に行った。視界はほぼ真っ白だ。「白内障?」という言葉が、ふと浮かんだ。白内障が一体どんな病気なのか詳しくは知らないが、なにか「まぶしい」ということは聞いたような記憶がある。

数分間、その状態が続いた。

そして、目に疲れを感じ始めたので座り込んで目を閉じた。目を閉じたまま、このまま眠ってしまうのではないかと思うほどかなりの時間、じっとしていた。

何分ぐらい経ったかわからないが、そっと目を開けてみると、まぶしさは消えているように感じた。用心深く周囲を見渡す。あぁ。見える。普通に見える。あの太陽光に反射したような白い景色は消え、少しはかすむけれど、まあまあいつも通りには見えている。

あぁ、よかった。
ホッと胸をなでおろした。

それが昨日の朝のことだった。そのあと、丸一日経った今朝も、普通に見える。もう心配はなくなったのだろうと思いたい。それにしても、こんなふうな、わが人生で初めての異常事態に直面すると、ホントにうろたえますね。一体あれは何だったのだろう、と今から思えば不思議で仕方がありません。

僕には境界型の糖尿病もあることだし、以前から「眼圧の検査は定期的に受けた方がいいですよ」と言われていたので、もう4、5年ほど行っていない眼科へ行ってみた方がいいのかな、と思っている。もともと医者へ行くのは大嫌いなので、そう分かっていても、なかなか重い腰は上げられないんですけど。

 

 

 

 

 

 

 


 

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仰天の14歳・藤井聡太クン フィーバー加熱

2017年06月28日 | ニュース・時事

僕は将棋のことはよく知りませんが

14歳の中学3年生で将棋のプロ棋士・藤井聡太クン。
今、日本で最も注目されている人。すごい人気です。
昨日の新聞には、一般紙からスポーツ紙まで、
1面に藤井クンの写真と記事がデカデカと。


 


何しろ将棋界で前人未到の29連勝の新記録ですからね~
マスコミが騒ぐのも当然でしょうね。しかもまだ中学生。
最近は一戦一戦、対局の場所に大勢マスコミが押しかけ、
バシャバシャとフラッシュを光らせたりしていますけど、
戦っている2人は集中力が保てるのか?と気になります。
でも、藤井クンは慣れてしまってますから大丈夫でしょ。
それより相手の棋士の人が、慣れない異様な空気の中で、
普段通りの力が発揮できないこともあるかも知れません。
加熱報道に巻き込まれて、思考力も微妙に狂ったりして。

それにしても、14歳の少年相手に次々敗れていく棋士たちは、
ちょっと不甲斐ないんじゃないの、という気がしなくもない。

でもまあ、いずれにしても藤井クンはすごい。
こういうのを「彗星のごとく現れる」というのでしょう。
「天才」という言葉が、これほど当てはまる人も珍しい。
風貌も、下手なタレントのような自己主張顔が全くない。
ちょっと憂いをおびながら、生真面目な性格が見える。
なかなか、絵になる顔である。これも人気の秘密かな。

さて、29連勝を達成した藤井クンはチョー有名になり

CM出演のオファーが将棋連盟に殺到しているそうだ。
対局中の食事やおやつなどに関連した食品業界が主で、
「これが藤井クンが対局中に食べたチョコです」とか、
「これが藤井クンも食べている炒飯です」な~んてね。

また、学習塾やIT業界も興味を示しているというし、
複数の芸能事務所も関心を示している、との話もある。

「大志」と書かれた扇子にもすごい高値が付いている。

自らの将棋人生を語る本を出版する企画もあるそうだし、
地元・愛知県瀬戸市では巨大な垂れ幕で藤井クンを称え、
安倍総理大臣も、会見の中で藤井クンの偉業を称賛した。

対局を生で見られる「将棋チャンネル」の加入が急増。
普段めったに売れない将棋盤が飛ぶように売れている。
子どもの「将来なりたい職業」に「棋士」が急増した。
藤井クンがいつも持っている英国製リュックが大人気。

などなど。
「藤井聡太フィーバー」は加熱する一方です。

次は4日後、7月2日(日)に、
22歳の佐々木勇気五段と戦い、
30連勝の大台を目指します。

ここで藤井クンが負けてしまったら、
過熱報道はこの先少しはマシになるんでしょうけど、
やはり今後も根強い人気を保ち続けるのでしょうね。

佐々木五段にも、先輩の意地にかけて頑張ってほしいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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明石家さんまの一言に大爆笑

2017年06月27日 | ズレズレ草

昨日の夜7時半からのNHKテレビ「第2回明石家紅白!」という番組がとても面白かった。明石家さんまのトークが相変わらず冴えてますね~

山口百恵の長男・三浦祐太朗が、母のヒット曲『プレイバック Part 2』を、横で作曲者の宇崎竜童が弾くギター伴奏で歌う場面もありました。

歌のほぼ最後の方で、
「♪ 坊や いったい何を教わってきたの~」
と歌うところがありますが、それを百恵ちゃんの息子が歌ったものだから、
さんまが、
「坊や…って、お前が『坊や』やないかい!」
と突っ込むところなど、大笑いした。


その明石家さんまが、若いころ、スポーツクラブへ通った一時期があったという。そこは森高千里が通っていたところで、さんまは「森高さんのファンやったから、そのクラブで偶然に会うことを楽しみに入会しましてん」と言っていた。

と、そこまでは、よかった。しかしそのあと、

「そのスポーツクラブを、ボクは強制的に退会させられましてん」
と言ったのだ。何があったのか? なぜ強制的に退会させられたのか?

…と、同じくスポーツクラブに通う僕は、実際、他の人に対する迷惑行為が多い会員が辞めさせられた例をいくつか知っているだけに、ここは興味津々だった。

そしてさんまが発した言葉に、お腹をかかえて笑い転げてしまったのです。

「なんで辞めさせられたかと言うたらな…」と、さんま。
「プールの中をおばちゃんらが歩いてはるやろ」と続ける。

そうです。僕も週に4日ほどプールで泳いでますが、泳いでいる人よりも、隣のレーンで「水中歩行」している人のほうが圧倒的に多く、それも大半が70歳を過ぎた女性たちなのです。黙々と歩いている人、おしゃべりをしながら歩いている人など、いろいろですが。

さんまは、年配の人たちがプールを歩いているのを見て、

「みんなここで『三途の川』を渡る練習をしてはるんやな~」

と、大きな声で叫んでしまったそうなのだ。

そのひとことで、さんまはスポーツクラブを退会させられたとのこと。

実際の話かどうか分かりませんけどね。

僕は今日もプールへ行って泳ぐつもりです。
でも

プールを歩いているおばさんたちを見ても、
決してその話を思い出してはなりません。
ブーっと吹き出してしまいそうですから。

そして、誰かにそれを話すのもダメです。
話はすぐに尾ひれ付きで広がりますので。

クラブを追放されたくありませんしね~

それにしても、さんまは面白い。
面白すぎるわ。

 

 

 

 

 

 

 


 

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生ビール飲み放題 3時間半

2017年06月23日 | 日常のいろいろなこと

先日のお昼に、妻と妻の姉と3人でホテル阪神のバイキング料理へ行った。ホテルの場所はJR大阪駅から環状線で1駅の福島駅の前。レストラン名はマルシェダイニング 「ネン」というところだ。

義姉が開店時間である11時半に予約を入れておいてくれたので、その15分ほど前にホテルの2階にあるレストランに着き、ベンチに腰掛けて開店を待った。僕たちはここへ来るのは初めてだったが、人気の店らしく、かなりの人たちが周囲で時間待ちをしていた。

平日ということもあり、たいていは女性のグループだったが、中に一人で来ていた女性がいて、義姉に写真を撮ってくださいと頼んだようだ。義姉はそういうのは苦手なので僕に「写真を撮ってあげて」とこちらへ振る。僕は「あ、いいですよ」と腰を上げ、その30代くらいの女性からスマホを受け取り、写真を撮ってあげた。女性はレストランのドアの前で、ニコッと笑い、Vサインでポーズを取ったり、「もう1枚撮りましょうか」と言うと、今度はお店を右手の指で差し、左手で自分の頬を差し、身体を斜めに曲げ、満面の笑顔てポーズを取った。思わずこちらが引いてしまうような派手な動きである。
今どきの若い女性って、物怖じしないんですね~

そうこうしているうちにレストランのドアが開き、店の人が出てきて予約している人の名前を呼び始めた。僕たちは5番目くらいに呼ばれて中に案内された。

席に着くと、男性のスタッフがやってきて、「初めてのご利用ということで、誠にありがとうございます」と、とても丁寧な物腰で挨拶。さすがにホテルのレストランは従業員の所作からして違うなぁ、と感心する。

そしてレストラン内の説明を一通り終えた後、「アルコールドリンクは飲み放題もございますが」と言ったので、もちろん僕はすぐに反応し「あ、じゃぁその飲み放題を1人分お願いします」と頼んだ。するとそのあと、男性は「ではごゆっくり。お時間は3時までありますので」と言った。「えっ?」と僕は耳を疑った。「3時までですか?」と念を押した。普通、バイキングは90分と相場が決まっているものだし、ここのHPでも90分と書かれてある。それが3時までとは。つまり3時間半もある。「はい、3時までです」とその男性。

「へぇ、3時までOKなんですか」と僕はつぶやくように男性に向かって言い、「でも、飲み放題は90分ですよね」と確認したら、なんと「いえ、飲み放題も3時まで大丈夫でございます」という返事が返ってきたのである。

げげげ~っ。3時間半、飲み放題!

僕がびっくりしたような顔をしたからか、スタッフの男性は柔らかな表情で、
「はい。そうです」と返事した後、小さな声で、
「へべれけになってください」とちょっと笑いながら言った。

そう言ってきちっとお辞儀をし、テーブルから離れて行ったのである。
なんとも洒落た男性だった。

義姉とは1、2か月に1度、梅田界隈のバイキングへ行くのだが、これまでいくつものレストランへ行って、僕はその都度、義姉に勧められるまま、生ビールの飲み放題を注文した。むろん、どこの店でも90分である。それが

11時半から3時までとは、びっくりした。

結局、ここには1時半ごろまでいた。つまり2時間いた(さすがに3時間半は無理だ~)。その間、僕は肉や魚や野菜をつまみながら、どれだけ生ビールを飲んだことだろう。セルフサービスで、自分でジョッキーを持って入れに行くんだけど、5杯目ぐらいまでは数えていたものの、もうそのあとは数えていない。だいぶ飲みましたね~

で、「へべれけ」になったのかって?

いいえ、そうはならなかったですね。
ビールだけなら、僕はそれほど酔わないのです。
(他の酒とチャンポンをすると危ないですがえへへ)。

まぁ「へべれけ」にならず、スタッフの男性の “ご要望” に応えられなかったのは残念でしたけど(笑)

 

 

 

 

 

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キムタクが追突事故

2017年06月21日 | ニュース・時事

元SMAPのキムタクこと木村拓哉が、昨日の夕方、東京都内で乗用車を運転中、信号待ちをしていた男性のバイクに追突する事故を起こしたという。前日に元SMAPの3人がジャニーズ事務所を出るという騒ぎがスポーツ紙などに大きく報じられたばかりなのに、またSMAPの、それもキムタクかいな? と、第一報を聞いた時は少し驚いた。

事故は、バイクの前にいた車も巻き込む玉突き事故となったそうだが、怪我人はなく、事故後キムタクはすぐに警察に通報して対応に当たったそうだ。同乗者はおらず(妻以外の女性なんかが助手席にいたら、えらいこっちゃ)、飲酒などもなかったので、まあ事故としては軽く済んでよかったですね。

タクシーにぶつかって運転手に怪我を負わせて逃走したノンスタ井上の事件は記憶に新しいところですが、同じSMAPの稲垣吾郎が、十何年か前、車のトラブルから婦人警官にけがを負わせて、道路交通法違反と公務執行妨害で逮捕されたような事件からみると、今回はそういう悪質性はないものね。

で、なぜあの冷静そうなキムタクがそんな追突事故を起こしたのかと思ったが、ニュースによると、その時は赤信号で、前のバイクや車が信号待ちで停車していた。その道は坂道(下り坂)だった。そこへキムタクの車が来て、いったんは停車した。しかし「考え事をしていてブレーキが足から離れてしまった」とのことで、クルマがす~っと前に進んで、バイクに追突し、そのはずみでバイクが前の車に当たった、ということだったようだ。

運転中に何かに気を取られると、ふとそんな不注意な事故を起こしがちである。

僕自身も、これとよく似た事故を起こしたことがあった。
むかしむかしそのむかし。車を運転していた頃の話です。

僕は妻を乗せて、大阪から京都に向かっていた。
京都府に入り、宇治に近いところで信号が赤になった。
この信号待ちの道路は上り坂だった。
僕はブレーキを踏み、停車した。
「さて、このあたりで右折するはずだったが
と僕は手元の地図を広げてみた。そのとき、である。

隣に座っていた妻が、
「あっ、車が下がってる」と言った。
「えぇ? 下がってる?」と僕が聞き返すと同時に、
ガチャン!
と音がして、背中に衝撃を感じた。
「なんだ、なんだ」と後ろを向くと…、
僕の車は、後方の車にぶつかっていた。
地図に気を取られて、ブレーキから足を離してしまったのだ。

上り坂だったので僕の車はスーッとバックして、
後ろの車に当たってしまったというわけ。

その車から降りてきた年配の男性は、僕を見て、
「あの~、あなたねぇ…免許証、持っているの?」
と、呆れ表情で言った。面目ないことですわ。

当たり前のことですが、運転中は考え事をしたり、
他のことに気を取られたりしてはダメということね。

僕はだいたい注意力散漫なので車の運転には向かない。
この事故でそういうことをはっきりと自覚しました。
そのあと、少し経ってから運転するのは辞め、
それ以来ずっとペーパードライバーの状態。

そして今は免許証も返上し、「運転経歴証明書」を持つ身である。

車の運転というのは怖いですよね。
一瞬で人生が変わってしまうこともありますし。

あのキムタクでもこういう過失があるんだから、
皆さん、運転にはくれぐれも注意しましょう。
と、えらそうなことを言ってます)。

 

 

 

 

 

 


 

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「父の日」 あれこれ

2017年06月19日 | 日常のいろいろなこと

昨日は父の日だった。母の日は5月の第2日曜日ということで、季節もいいし、やはり「母」という存在は温かみもあるし、プレゼントはカーネーションで、ロマンチックなムードに包まれている。一方、父の日はというと、6月の梅雨時の蒸し蒸しする不快な時期で、プレゼントもネクタイとかベルトとか、ぎゅうぎゅう締め付けられるものばっかり。「これ以上締め付けないでくれぇ!」という父親の悲鳴が聞えてきそうであると言うのはちょっと大げさかも知れないけれど、やはり母の日のような華やかさには欠けている。

ところで、昨日のニュースを見ていたら、父の日にちなんで「尊敬する人」のアンケート調査があり、これまでず~っと尊敬する人は「父親」だったのが、今年初めて「母親」になったそうである。つまり子供から見て尊敬する人として、初めて母親が父親を上回ったという話だ。こういう調査にどういう意味があるのかは知らないけど、それでひとつ思い出したことがある。

昔、僕が高校3年生の時、大学入試は付属高校からの推薦入試だったので、筆記試験に加えて、物の見方考え方というものも大切ということで、自分の人生観や将来の希望など、何点かの項目について述べるというのがあった。その項目についてはあらかじめ担任の教諭から教えられていた。その中のひとつに「尊敬する人」という項目があった。僕はそこに、当時上方落語にハマっていたので、一番好きだった落語家の「桂米朝」と書いたのだった。

すると教諭が僕を呼び、「君なぁ、尊敬する人が桂米朝…というのはちょっとなぁ。ここは『父親』と書いておきなさい」と指導を受けたのである。そう書くのが最も模範的、ということだったのだろう。もちろん素直な僕のことであるから、すぐに「父親」と書き直したことは言うまでもない(うふふ)。

もしも今、当時と同じように「尊敬する人」の項目に書き込むことがあったとしたら、担任の教諭は「『母親』と書いておきなさい」と言うかも。「愛する人は母、尊敬する人は父」という昔の典型的な構図も、こうして見ると、少しずつ変わってきているようです。ま、最近は小さな子供に車を運転をさせるようなアホな父親も出てきたりして、ますます尊敬されなくなるのかも知れません。

ところで、父の日プレゼントって最近はどんなものがあるのか?
ネットの「楽天市場」を見たところ、昨年に売れた父の日ギフトのベスト5は、

1位→ビール・洋酒 
2位→日本酒・焼酎
3位→うなぎ
4位→スイーツ
5位→お酒のおつまみ

ということだそうで、お酒に関係するものが多いですね。もう、ネクタイやベルトの時代ではない、ということでしょうか。ゆったりとお酒を飲んだり、お酒を飲まない人はうなぎやスイーツを食べたりするほうが、ぎゅうぎゅう締め付けられるよりも、いいんでしょうね~

ちなみに、僕も毎年息子からお酒のプレゼントをもらっています。
今年は日本酒でした。


  
  父の日」専用の包装紙に包まれて


では、今日は月曜日。1週間の始まりです。
働くお父さん方、今週もお仕事、頑張ってくださ~い。

 

 

 

 

 

 

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出発の日

2017年06月17日 | 思い出すこと

梅雨に入ったというのに、雨どころか青天の日が続く。どうなっちゃってるの?

さて、きょう6月17日は思い出の日だ。毎年この日が来ると「あの時のこと」を思い出し、感慨に浸る。

1969(昭和44)年、20歳の学生時代。自転車で東日本一周の旅に出発したのが6月17日だった。大阪から福井~石川~秋田~青森と日本海側を走り、北海道を時計回りに1周して本州に戻り、今度は下北半島から岩手、宮城、茨城、千葉、東京、名古屋と太平洋側を走り、大阪に着いたのが8月25日。70日間の自転車一人旅だった。あれから48年の歳月が経った。改めて「早いなぁ」と驚きます。

「あの日」は朝から雨が降っていた。いざ出発という日に、いきなり雨とはなんだかなぁ、という暗い気分になった。後から知ったが、この日が梅雨入りした日だったそうだ。このころは、今よりも梅雨入りが遅かったようである。それにしても、何も出発の日から雨が降らなくてもいいじゃないか、と、僕は少し天を恨んだ。だけど、その後の旅では、当然ながら何度も雨に遭い、この程度の雨でへこたれてるようではだめだと思い知らされたわけですが。

特に帯広から襟裳岬へ向かって走った時はバケツをひっくり返したような大雨で、海岸沿いの道路は雨宿りする場所さえなく、ひどい目にあったものだった。

70日間の旅はほとんど野宿といういわゆる放浪の旅みたいなもので、そんな中、心温まる人々との出会いや、珍体験、爆笑体験、恐怖体験など、数え切れないほどのハプニングの連続で、その後の人生では決して体験できないことが沢山あった。誠に濃密な70日間だった。

いつか曽野綾子さんの本のこんな文章を読んだことがある。

若いうちから、楽しかったことをよく記憶しておいて、これだけ面白い人生を送ったのだから、もういつ死んでもいいと思うような心理的決済を常につけておく習慣をつけるといい。(中略)。やはり冒険はいいものだ。冒険は心の寿命を延ばす。若い日に冒険しておくと、たぶん死に易くなる。

いつまでも心に残る文章である。

しかしまあ、わが家には小学6年生のモミィがいるので「いつ死んでもいい」という心境になるのはちょっと早いかなと思うんですが、願わくばせめて彼女が成人するまで生きなければ、というところでしょうか。まだ8年ちょっとありますけど。

でも「心理的決済」をつけるのは、それとはまた別のことかも知れませんしね。とにかく、若い日に冒険しておくと「死に易くなる」そうなので、ちょっと楽な気分にもなります(笑)。

 

  
旅の2日目。京都から琵琶湖北上コースに向けて出発。
昨晩泊めてもらった京都の友人に撮ってもらいました。

 

   

 

 

 

 

 

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のどを鍛えて誤嚥性肺炎を防ごう

2017年06月15日 | 心と体と健康と

少し前に発売された「週刊新潮」に、誤嚥性肺炎に関する記事が特集されていた。同誌の新聞広告には、

人は喉から衰える! 誤嚥性肺炎で死なないための10カ条

という大きな見出しで、それで亡くなった中村勘三郎、山城新伍、ペギー葉山などの人たちの写真が出ていた。

その記事を読んでみると「ふむふむ、なるほど、そういうことね」と、読みながらいろいろ勉強になるところが多かった。僕も最近、声が出にくくなったり、食べ物が気管に入ってむせたり、食べ物がすぐ飲み込めないことがあったりと、のどに関して少し気になっていたところなのです。

厚労省などの統計では、肺炎による死亡者の92パーセントが65歳以上。その多くは誤嚥性肺炎によるものだそうだ。のどには空気が通る気管と食べ物が通る食道が通っているわけだけど、食べ物が間違って気管に入っても、普通ならむせたり咳き込んだりすることで排出される。それを「咳反射」というそうだが、老化が進み、反射神経(自律神経)や筋肉が衰えてくると、嚥下の動作がうまくできず、誤嚥しても「咳反射」が出来なくなってしまうのだという。そして肺に雑菌が入り、増殖して誤嚥性肺炎を起こす、ということのようです。

そこで、それを予防するために大切なことは、のどを鍛えるということ。

「週刊新潮」には、のどを鍛えるいろいろな方法が書かれていた。それをここにまとめてみます。

まず、のどの筋トレ
これは、おでこを手のひらの下のほうにあて、おでこと手で押し合いをする。この状態をキープして5~10回繰り返す。また、あご下に両手の親指をあてて、これも同じ回数押し合いをする。さらに、マットなどに枕なしで仰向けになり、頭だけをゆっくり持ち上げて自分のつま先を見る。ここで30秒~1分間停止し、5回から10回繰り返す。

次に、呼吸トレーニング
文字通り呼吸機能を鍛えるもので、手軽にできるのが「ペットボトル体操」。どういうことかと言うと、500mlのやわらかいペットボトルを思い切り吸ってぺしゃんこにする。その後息を吐いてまた膨らませる。これを1日5回ほど繰り返す。というものだそうです。僕はまだやってませんけど(やわらかいペットボトルの飲料を買わなければ)。

次に、発声トレーニング
歯を食いしばり「E」と言う時の形を作る。そして「イィ~」と発声する。喉仏を意識しながら5~10回行う。また、学校の演劇部などでは「アイウエオアオ」という発声練習をするということだけど、それをやってみる。コツは、「アイエ」を高く、「ウオ」を低く発音すること。

で、もうひとつ発声トレーニングで注目したのはカラオケ。歌を歌うことは心身にとてもいい、と言われているけれど、カラオケで歌うのは、のどを鍛えるうえでも非常に効果的なんだそうです。記事の中で「お勧め」の歌は石川さゆりの「津軽海峡冬景色」と井上陽水の「少年時代」だった。「高い声で歌うこと」がコツらしい。テンポの速い曲や軽快な歌よりも、ゆったりとして音域の広い歌がいい、ということでしょうね。で、上級者向きでは、森山直太朗の「さくら」がいい、とも書かれていました。僕はよう歌いませんけど。ま、自分の好きな歌で発生トレーニングに向いている歌は何か? と考えてみましたが、「長崎は今日も雨だった」とか、「千の風になって」みたいな感じかな~

それと、おしゃべりをするのが喉にいいことは、誰でもわかりますよね。とにかく声を出すのが大事だということ。誤嚥性肺炎は女性よりも男性の方がはるかに多いそうですが、元々男性は、女の人ほどしゃべらないし、まして退職して家にいるようになったら「しゃべる」という機会がグンと減るわけで、それがこの病気を招くひとつの要因になっているそうです。

ちなみに、これらのすべてを実践する必要はなく、のどの筋トレ、呼吸トレ、発声トレの中からそれぞれ一つ選んで合計3種類を、できれば毎日3回以上行えば十分、ということでした。

で、まあそんなことで、こういうトレーニングを日常生活に取り入れつつある僕ですが、そんな折、昨日の「羽鳥慎一モーニングショー」で、誤嚥性肺炎の特集があったので、また、つい見てしまいました。

内容は、週刊新潮に書かれていたのとほとんど同じでしたが、記事だけよりも映像で見ると、トレーニングのやり方がより分かりやすくて、これは役立ちましたね~。それに、週刊誌には書かれていなかったことで「唾液を30秒間に4回以上飲み込めるかどうか」が、のどの衰えを測るひとつの目安、ということも言ってました。僕は15秒間に4回飲み込めましたが、唾液が出にくいのが困ります。もっとも、加齢とともに涙や唾液は出にくくなるそうですけどね。

のどの衰えを少しでも予防するため、生活習慣としてこれらのトレーニングが続けられたらいいな、と思っています。誤嚥性肺炎に限らず、のどに関するあらゆるトラブルの予防にも効果がありそうだし。

さて、最後にひとつ、僕が独自に考案したのどを鍛える究極の方法があります。本当は極秘なのですが、きょうは特別にそれを皆様にお伝えします。その方法とは…

キリンの「のどごし<生>」をグイーっと一息に飲むことです。

のどごし<生>で、のどを鍛えよう❗

…って、そんなアホな。

 

 

 

 

 

 


 

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小出恵介と朝日新聞

2017年06月13日 | ニュース・時事

昨日(月曜日)のワイドショーは「小出恵介」で溢れていた。なにしろ共謀罪や加計学園問題等を巡る国会での論戦や、トランプ米大統領のロシア疑惑、北朝鮮のミサイルの脅威などのニュースよりも、こちらの方を詳しく伝えるメディアが多かったもんね。それだけ人々の関心が強いってコトなんでしょうか。

それで、その小出恵介のことだけれど、今、メディアで騒がれているように、彼が5月に大阪で、未成年者(17歳)の女子高校生と飲酒したうえ「不適切な」関係を持ったというニュースである。「イケメン俳優の突然のスキャンダルに、ドラマ、映画、CM降板、放送中止などが相次ぎとのことで、芸能界ではかなりの騒動になっている様子。

ことの発端は9日の金曜日発売の写真誌「フライデー」がそれを報じたことだが、その前日に所属事務所が、このことを本人に問うと事実だったので、小出を無期限活動停止にするという発表を行った。つまりこのニュースは8日の木曜日に最初に報じられたわけである。

折も折、小出はフライデーが発売された9日のその次の日(土)から始まるNHKの「神様からひと言 ~なにわ お客様相談室物語~」というドラマに主演しているが、このドラマも急きょ放送中止になった。(他の出演俳優さんやスタッフは気の毒ですね。僕としても大阪を舞台にした面白そうなドラマだったので、残念です)。

そういう騒ぎを引き起こした張本人の小出恵介という人物は、家庭にも恵まれ、慶応大学出身で、イケメンで、モテモテ俳優だったそうだが、タレント仲間の間では「酒癖がとても悪く、さらに女癖も悪い」などと、こういうことが起きると毎度のことだが、これまであまり世間に知られていなかった素顔が次々と暴露される有様だ。

また、深夜に呼ばれて駆けつける17歳の女子高生というのも、どんな家庭の女の子なんだ? と思うんだけど(一部ネットではすでに子供がいて、シングルマザーとも言われているが)、たとえそれがよく言われるような「ハニートラップ」だったとしても、だからといって小出恵介の行為が正当化されるわけではない。無期限活動停止というのも当然の処置だろう。

さて、フライデーが発売された翌日、10日の土曜日だが、ウチで取っている朝日新聞の「be」というのを見てびっくりした。「be」というのは、いわゆる新聞の「土曜版」で、別刷りになっているもの。その「be」の中に、「週刊番組表」というのがあり、1週間のテレビ番組が一覧になっているので、僕はいつもそこに見たい映画などがあると、マーカーを塗ったりして重宝している。その「be」の番組表の最初のページに、小出恵介がデカデカと載っていたのである。 


  

毎週この紙面には、テレビドラマなどに出演している俳優などのインタビュー記事が載っている。今週はそこに「無期限活動停止」の小出恵介の記事が大きく掲載されていたのだ。内容はこの日から始まるはずのNHKドラマ「神様からひと言 ~なにわ お客様相談室物語~」に出演した感想などを述べているものだった。すでに中止が決まっている番組なのに。これはビックリ。

「なんで?」と目を疑いますよね。コトが発覚したのが8日で、この新聞が配達されたのは10日だ。2日間もあれば記事の差し替えもできたはずなのに、朝日新聞も何をボンヤリしておるのだ、と不思議に思っていると、社会面に「読者のみなさまに おわびします」という記事があった。

それによると、
「10日付のbeテレビは本紙19~21面に掲載しました。そのフロント面に掲載されている俳優・小出恵介さんのインタビュー記事を取り消します」
というようなことが書かれていた。取り消す、と言っても、もう各家庭に届いちゃってるんじゃないの? そんな疑問が湧いた。

で、内容をよく読んでみたら…


   

8日の時点で別刷りはすでに全国の販売店に発送され、10日付朝刊への折り込み準備が進んでいたため、放送中止が決まってから、別刷りを「抜き取る作業を急ぎましたが、お手元に届いてしまう場合もあります」のような内容だった。

ふ~ん?
新聞社から各販売所に別刷りの抜き取り作業をお願いしたが、一部の販売所で作業が間に合わなかった、ということらしい。それで、わが家には「届いてしまった」わけである。

つまり「一部の販売所」の中に、うちの地域も入っていたということか。

な~るほどねぇ。
(何がなるほどかわかりませんけど)。

しかしまあ、それにしても、ですね~

こういう騒動を見ると、俳優の橋爪功の息子やら高畑敦子の息子やらもそうだけど、有名人だとか裕福な家庭だとかに生まれ育ち、大人になってからも周囲からチヤホヤされていると、調子に乗って傲慢になり、そのうち何をしても許されるという錯覚を起こすのだろうか? チヤホヤされたような経験がない僕には、その心の内はわかりませんけど。

 

 

 

 

 

 

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菖蒲(しょうぶ)の花が真っ盛り

2017年06月11日 | 日常のいろいろなこと

巨人もやっと連敗を脱出してやれやれと言いたいところだが、一昨日、久しぶりに勝った試合でも2点しか取れなかった。昨日も2点で、今度は終盤に逆転されて3対2で負け。いくら投手陣が踏ん張っても、打線がこれではねぇ。

と、野球でボヤくのもこれくらいにしておいて、先日、来るべき東京五輪で、多くの新たな種目が追加された中に、卓球の混合ダブルスも入っていたというニュースに関してですが。

この前の卓球世界選手権・混合ダブルスで、石川佳純・吉村真晴ペアが日本勢として48年ぶりに金メダルを獲り、盛り上がっている時にこれが五輪種目に加えられたのは何とも嬉しい話だった。石川佳純さんは、何度も書いているけれど、僕が住んでいる街のすぐ近くの四天王寺羽曳丘中学に彼女が通っていた時、全日本選手権で史上最年少でベスト4入りを果たして注目を浴び、藤井寺の駅前には常に「頑張れ石川佳純選手」の大きな横断幕が踊っていた。その頃から僕は佳純ちゃんのファンで、まさに「わが街の子」でした。

そして、その石川佳純ちゃんとペアを組んで金メダルを獲得した吉村真晴クンは、まだ23歳ながら既に結婚しており、この度赤ちゃんも誕生したそうです。その吉村クンは、お母さんがフィリピン人とのこと。

それを聞いたとき、大相撲の大関高安も、次期大関候補の御嶽海も、お母さんがフィリピン人であることを最近知ったばかりなので、「またしても!」と心の中でつぶやいたものです。

いやぁ、ほんとに、フィリピンの母は強し! ですよね。

   …………………………………………………………………………


さて、今日は日曜日。
思ったほどお天気も悪くなく、うっすら曇っていて涼しそうなので、これから近くの城山古墳公園に朝の散歩に出ます。

この城山古墳というのは、4世紀後半に、「古市古墳群」の中で最初に造られた前方後円墳で、その古墳群の中では最も北側にある古墳です。

 

 
城山古墳の全景(写真上が南、下が北)。
わが家は古墳の左の方角にあり、
モミィはこの古墳の周回路を歩いて、
右のほうにある小学校に通っています。


この古墳公園には桜やコスモスなど、季節の花がいろいろと咲きますが、最も有名なのが菖蒲(しょうぶ)で、大阪でも有数の菖蒲の名所とされています。

そして今、その菖蒲の花が真っ盛り。
一昨日も行って、写真を撮ってきました。


   

 


 
 


  

 

では皆さま、良い日曜日を

 

 

 

 

 

 

 

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巨人13連敗や 福岡母子殺人事件など

2017年06月09日 | ニュース・時事

あぁ、巨人はついに13連敗である。それも昨日の西武戦では13対2の大惨敗。開いた口がふさがらない。13点取られて13連敗なんて、シャレにもならない。その昔、山本リンダの「どうにもとまらない」という歌が流行ったけれど、巨人のこの連敗も、どうにもとまらない。

そして今朝の朝日新聞にはこんな見出しが踊っていた。

獄の13連敗

ジャイアンツの「G」を地獄の「G」に当てはめるとは…
うまいこと考えるなぁ、と、むしろ感心してしまったほど。

原監督の時代に、巨人は目先の勝利を追うあまり、国内外の大物選手を移籍で獲得することばかりに執着して、若手の育成を怠ったツケが出た、との論評などがあるけれど、それにしても13試合連続で負けるってなぁ。考えられない。

数日前から、もう巨人のテレビは見ない、とは決めたものの、昨日は夕方から出かけて、8時過ぎに帰宅し、「まあ一応見てみるか」とテレビをつけたら画面の上に「13ー2」とスコア出ていたので、唖然とした。あ~、やっぱり見なければよかった!

と言いながらまた今日からの日ハム戦も見るんだろうな。よ~し、かくなる上はどこまで負け続けるか、しかと見届けてやろうじゃないか(荒い鼻息!)。


とまあ、少し興奮気味ですが、話は変わって、福岡県で起きた母子3人殺人事件で、警察官である父親が、まず妻である母親を殺した容疑で逮捕されましたね。この事件は一昨日、最初に報道された時点で、状況から見て父親が怪しいことは誰でもわかったはず。それでも警察の発表だけが頼りのマスコミは、昨日の午前の時点では、テレビの情報番組でも「父親が怪しいですね」とコメントする人は1人もいなかった。

昨日の朝の時点の福岡県警の発表は、
死亡したのは無職の中田由紀子さん(38)、小学4年の長男涼介さん(9)、小学1年の長女実優(みゆ)さん(6)。司法解剖の結果、死因はいずれも窒息死で、死亡推定時刻は由紀子さんが6日午前0~9時頃、涼介さんと実優さんは午前0~5時頃。由紀子さんの夫は県警本部で勤務する巡査部長(38)。県警に対し「午前7時前に仕事で家を出た。そのとき3人は寝ていた」と説明しているという。

そういう発表だった。父親が午前7時に家を出た時、少なくとも2人の子供は死んでいたのだから、その晩「4人で一緒に寝た」と言う父親の証言はあまりにおかしい。なのに、テレビのニュースや情報番組に出ている人間たちは一様に口が硬く、「わからない部分が多過ぎますね~」ぐらいをブツブツ言うのが精一杯だった。こんなとき「私は父親の警察官が絶対に怪しいと思いますよ」と言う人間が一人くらいいてもよさそうなものだが、そんなのはいない。みんな、奥歯にものが挟まったような言い方だ。

かつて「松本サリン事件」で、河野さんという会社員の方がマスコミによって犯人扱いにされ、たとえば杉尾秀哉というキャスターは「ニュースの森」で河野さんをスタジオに(生放送で)出演させた時、犯人と決めつけるような質問を連発したことが、大きな問題になったりしました。
https://matome.naver.jp/odai/2146578549977401901

過去にこういうことがあったので、まだ逮捕に至っていない場合は、心の中では犯人だと思っていても、マスコミのキャスターやコメンテーターは、口が裂けても父親の警察官を「怪しい」とは言わない(CMに入った時などは、内輪同士で言い合ってるんだろうね)。

「怪しい」と言って、結果が違っていたら今なら大問題になり、そのコメンテーターはテレビから姿を消すことになるだろう。テレビに出ている「識者」というのは、全部ことなかれ主義ですからね。でも、今回はあらゆる状況から見ても、父であり夫である警察官がやったことは、あまりにも明白だったように思うのですが。

ただ、今のところ、動機はわかっておらず、近所の人たちの評判もよかった警察官とその家族に、いったい何があったのか、この点に関しては闇の中ですね。


ということで、巨人の連敗も、福岡県の殺人事件も、どちらも「G獄」の出来事、と言えるかも。話の次元は全く違いますけど。

 

 

 

 

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最後の運動会

2017年06月06日 | 日常のいろいろなこと

    
       (プログラムの表紙から)

 

6月4日(日)は運動会でした。
モミィにとってはこれが小学校の最後の運動会になります。

去年は当日が雨で中止。火曜日に行われましたが、
これも午後に大雨が降って来て途中で中止となり、
残りの種目は後日に普通の授業の日に行われ、
僕たちは「授業参観」のような形で見学しました。

今回はスカッと晴れた中で行われました。

児童たちはみんな同じ格好をしているので、
なかなかモミィを見つけ出すのは難しい。
白組だから帽子は白だけど、目印はそれくらい。
(大雑把すぎる目印ですけどね~)

6年生の最初の競技は「騎馬戦」。



モミィは遠くの方にいたので、最初はわかったのだけど、
途中からどこにいるかわからなくなりました。
この中にいるはずですが写真ではわかりません

 


 

その次は100メートル走。
モミィは一番外側のコースを走っています。
カーブを曲がってゴールへ懸命に走る児童たち。
モミィは4人中3位でした。

 

 

6年生は競技だけでなく、いろいろと世話係をします。
いろいろな競技の準備をし、終わるとそれを片づける。
だからほとんど席に座ることなく、入場門で待機です。
この時は、モミィはライン引きの準備でスタンバイです。
(写真右から2人目がモミィ)

さて、午後になって紅白対抗リレーが行われましたが、
モミィがいつ走ったのか、最後まで分からずガックリ。
したがって、写真もありません。ぐすん。

クライマックスは5、6年生による組体操です。

最初は2人の組体操から始まります。
このときは、モミィの姿はよくわかりました。
 

 
左から2番目で、上に乗っているのがモミィです。

 しかし、だんだん人数が増えて、最後は特大のピラミッド。

 途中でモミィの姿を見失い、
しかも今回は後ろに回ったので結局わからずじまいでした。

 
 

どこにいるのやら、さっぱり。
左が男子で、右が女子。
遠いので余計わからない。
でも、みんなよく頑張っていました。
毎年、この組体操を見ると胸が熱くなります。

これで6年生としての運動会も終わりました。
連日の練習で疲れていたようなので、
ほっと一息をついたと思います。
帰宅した時は上機嫌でした。

これから夏が来て、秋が来て、年が変わり、
来年になると中学受験が待つモミィ。

 いい思い出ができたことでしょう

 

これは小学校2年生の時の50メートル走のスタートです。
モミィは一番右端からスタート。小さかった頃が懐かしいです。

 

 

*追加

長男が撮った紅白対抗リレーの写真を追加します。


 
  先頭を走る青のゼッケンがモミィです。
  この後、ゴール直前で抜かれました。

         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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巨人トホホの9連敗

2017年06月04日 | スポーツの話題

僕は大阪の人間なのに巨人ファンである。おかげでこれまで、どれだけ周りの人たちからなんだかんだと言われてきたことか。「大阪に住んでて、なんで巨人やねん」と、阪神ファンの友人たちから責められるのだ。

たしかに僕はほかのスポーツ、たとえばサッカーや高校野球、都道府県駅伝から大相撲の豪栄道まで、どんなスポーツでも大阪勢を応援する。卓球の石川佳純ちゃんも米大リーグで投げるダルビッシュも、藤井寺の隣の羽曳野市と縁が深いので、やはり他の選手以上に応援する。しかし

プロ野球のチームだけは巨人なのである。こればかりはどうしようもない。小学生の頃から長嶋や王がいた巨人に熱中していたのだから。2人が引退した後も、長嶋監督や王監督が巨人を率いていたので、とにかくず~っと巨人を応援している。(かつてパ・リーグで藤井寺を本拠地としていた近鉄バファローズも応援していましたが)。

何といっても昔の巨人は強かった。もちろんシーズン途中にはいろんな起伏はあるけれど、最後は巨人が優勝する。つまり「水戸黄門」で、ラストには黄門さまが「うははは~」と高笑いするのと同じで、巨人も最後は優勝するので、安心して見ていられるわけですね。その点、周囲にワンサといた阪神ファンとは格が違っていました(うははは~)。

前回のブログで、15歳からの10年間は我が人生が最も激変した時期だと書いたけれど、巨人がプロ野球史上でも前代未聞の9連覇(9年連続日本一)を成し遂げたのは、ちょうどそれと同じ時期だった。巨人が最後の9連覇目の年に、わが家では次男が誕生した。その次男も今は43歳になっている。つまり、巨人が栄光の頂点を極めた時から43年が経つのである。

で、今の巨人はどうか。

書きたくもないが、昨日で9連敗だ(9連覇とえらい違いや)。
何というていたらく。テレビも見たくない。
と言いながら、つい見てしまう。

思えば先月の25日。阪神戦に2連勝して首位に2ゲーム半差と迫り、さあ阪神にもう1勝してその次は広島戦でまた連勝を重ね一気に首位に躍り出る…という快進撃を期待したのですが

阪神に敗れ3連勝ならず。そして次の広島との3連戦でなんと3連敗。その状態で交流戦に入って、さらに楽天に3連敗を喫した。その楽天戦。2連敗したあとの第3戦のこと。巨人は村田の2ランで先制して、やっと一矢を報いるかと思われた時、6回にいきなりヒットを打たれ、次にホームランを打たれ、たった3球で同点に追いつかれた。おまけにそのあとも連打で1点取られてあっというまに逆転された。9回は巨人が無死1、2塁と絶好のチャンスを迎えたが、長野がバンドを空振りして、しかも2塁ランナーが飛び出してタッチアウト。長野も三振してチャンスをつぶし、そのまま試合終了。「こらぁ、何しとんねん!」と怒鳴りたくなるような試合だった。

これで阪神戦から数えて7連敗。

そしてオリックス戦に入った。その初戦、一昨日の試合だが、巨人が4対1でリードして、9回のオリックスの攻撃も2アウトでランナーなし。もう勝利は99パーセント確実、と思っていたら、なんのこっちゃ。オリックスのメロメロという外国人選手(ロメロやがな)にホームランを打たれた。それでもまだ4対2。あと、アウト1つである。ナンとかなる。と思っていたら、なんのこっちゃ。そのあと3本ヒットや二塁打が続き、なんとまあ4対4の同点に追いつかれたのである。試合が延長に入ったとき、午後10時になり、BSのテレビ中継も終わってしまった。ふん、もうええわ。と、僕は寝室へ行き、試合結果は翌日に知った。オリックスが勝ったのである。

そして昨日は、羽曳野市の公共施設で写真展があったので、昼から妻とそれを見に行き、4時前に帰宅してテレビをつけた。巨人・オリックス戦は6回の裏の巨人の攻撃中で打者は村田だった。ノーアウトでランナーがいるようだった。スコアを見ると5対0でまた巨人が負けている。そこへ電話がかかって来た。電話はテレビのすぐそばにおいてあるのでテレビの音声を消した。

電話は女性の声で「タチバナ小学校でお世話になったクリタと言いますが、〇〇がありましたので(聞き取れず)お電話させていただきました。私のこと覚えていらっしゃるでしょうか」と早口で言う。「はぁ?」何のこっちゃ。「どちらにおかけですか? うちは〇〇ですし、タチバナ小学校って知らないんですけど」と言うと、相手は「えっ、そうですか。すみません、間違いました」と謝って電話を切った。やれやれ、と思いながらテレビ音声をONにして画面を見ると、なんと5対4になっている。ついさっき、5対0だったはずなのに。

電話がかかってきている間に、村田がホームランを打ったのだ。しかもそれが満塁ホームランだった。それで4点が入ったのだ。よしよし。僕はもう巨人が勝った気分になった。

しかし、試合はそのまま両軍とも得点が入らないまま終了した。あほくさ。

これで巨人は9連敗。首位とは8.5ゲーム差にまで広がった。

9連敗なぁ。

もう、今日から当分巨人のテレビ観戦はやめる。
卓球の世界選手権のほうがず~っと面白いもんね。

あ、そうそう。僕の好きな石川佳純さんが、世界卓球混合ダブルスで金メダルを取りましたね。この種目での金メダルは48年ぶりのことだそうです。

48年ぶりねぇ。
48年前といえば、巨人が9連覇をしている真っ最中で、全盛期だった。あの頃はよかったなぁ(遠い目
)。

さあ、気分を変えて。

今日はモミィの小学校の運動会です。

今、午前5時35分。

これからお弁当を作らなくっちゃ。

 

 

 

 

 

 

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新大関高安と「法善寺」の関係

2017年06月02日 | 思い出すこと

大相撲でこのたび大関に昇進した高安について、僕はついこの間まで、この力士が大阪出身だとばかり思っていた。まあ勝手に思っていたわけですけど。

実際は茨城県出身だそうだが、思い込みというのは不思議なもので、なぜか高安大阪というイメージが頭から離れなかったのである。大相撲中継を生で見ることはあまりなかったのと、見ても最後の方だけだったので、まだ注目される前の高安は何だか毛深い人だなぁという印象ぐらいしかなかった。そして、大阪出身なんだなぁ、という印象とね。

ちなみに高安はお父さんが日本人でお母さんがフィリピン人だそうです。今場所2横綱を倒して殊勲賞に輝いた小結の御獄海も同じく父日本人、母フィリピン人ということで、何か偶然ですよね~。ま、それは別にいいんですけど。

さて、なぜ高安を大阪出身だと思い込んでいたのかと言うと、大阪府の南東部に高安という地名があり、そのそばに高安山という山もある。近鉄大阪線の路線図を見ると、こんな感じです。


  

上の段の真ん中あたりに「高安」という駅がありますよね。そこです。その高安の2文字が僕の頭にかなり深く刻まれているので、相撲の高安という名前も、そこと無関係とは思えなかったのです。

これには深~いわけがあります(って大げさかな)。

僕は京都の上京区で生まれ、幼稚園の時に母に連れられて大阪に出てきた。義父(つまり母の再婚相手ですが)と3人で大阪市の東住吉区加美という所に住み、中学卒業までそこにいた。で、高校に入ってすぐ、大阪府柏原市に引っ越した。柏原の法善寺というところである。そう、「法善寺」なのです。

年配の人ならここで、
♪ 包丁いっぽん、さらしに巻いてぇ~
と歌い出すところだろう。「月の法善寺横丁」という過去に大ヒットした流行歌だけど、「法善寺」といえば誰でも大阪ミナミにあるこの「法善寺横丁」を思い浮かべると思う。しかし、柏原市にも法善寺はあるのです。 そしてその法善寺と高安は、非常に近い距離です。

先ほどの路線図をもう一度出しますが、「高安」の次が「恩智」で、その次に「法善寺」とあります。

 

その法善寺に僕は高校1年生の時から住んでいたのです。そして法善寺駅から上本町行きの各停電車に乗って、7つ目の駅である長瀬で降りて近畿大学付属高校、さらに近畿大学へと、計7年間通いました。そんなことで、法善寺から2つめにあった高安駅はその頃から僕の頭の中に刷り込まれていたので、「高安」と聞くと反射的この地名が思い浮ぶ。だから相撲の高安も、この高安の出身だと思い込んでしまったようなのです。

ところで、思い起こせば高校時代、クラスメイトに「法善寺に住んでるねん」と言うと、みんな例外なく法善寺横丁か? と聞かれたものだった。「違う、違う」と否定するんだけど、相手はお構いなく「♪ 包丁いっぽん~さらしに巻いて~」と歌って僕を冷やかすのだ。今は懐かしい思い出だけど、その頃は嫌だったなぁ。

結局僕は15歳から25歳までの10年間、法善寺に住んだことになる。20歳の時、北海道へ自転車旅行に出かけた時も法善寺の家から出発したし、22歳で結婚した時も家は変わったけれどやはり法善寺に住み、23歳で長男が生まれ、24歳で次男が生まれ、25歳の時に今の藤井寺へ引っ越してきた。思えばこれまでの僕の人生の中で最も生活が激変した10年だった。高校生になったばかりの15歳から、10年後の25歳の時には2人の子持ちになっているんですからね。

それに比べて最近の10年というのは、モミィと暮らすようにはなったけれど、それ以外には大きな変化もなく、あっという間に過ぎてしまいます。まさに「十年一日の如し」という言葉通りの毎日です。もっとも、この年になると、ジェットコースターのような起伏の激しい人生なんて、送りたいとも思いませんけどね。変化のない普通の生活が一番幸せ、というのが、まあ今の僕の心境ですし。

今日は新大関高安の話から、こんな懐古談になってしまいました。
これも年のせいでしょうか?

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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