ファックスというものを使わなくなって久しい。
思い返してみると、使う回数は、一年に一回あるかないか状態である。
実は、両親が使っていた電話を、ファックス用として名刺に電話番号を刷り込んである。
そのためになかなかこの電話を解約することができなかった。
ある日、91歳の母が聞いてきた。
「電話に出なくなったし、みんな知り合いは死んでしまって、かからなくなったから、この電話、いらないんじゃない。ただじゃないんだし、勿体ないしー。」
たしかに、外出先から母に電話をしても、出てくれない。
「二階のガスストーブ、消してきたかしら。見にいってくれない」
などという、電話もかけることはなくなった。
この母の言葉を聞いて“わかってるんだ!”と、残された母の脳機能に、僅かながら安堵した。
とはいえ、まだ母が生きていると、何かの連絡が来るかもしれない。
それにかかりつけの医者や、母の役所関係の電話番号は、この番号だったような気もする。
しかし、母が経済を考えて、一軒に1本の電話でいいと思う気持ちを大切にしよう。
とはいえ、解約手続きをとる積極的な気持ちがおこらなかった。
何ヶ月も過ぎてしまった。
ところが、結構高い料金をし払っている携帯電話を変えよう、と思いはじめていたこともあって、その前に、まずはNTTのHPから解約手続きを探し、読んでみた。
今朝のことである。
気がついたら、Web上で「手続き完了」まで終えていた。
たしかに家の中を見回すと、片付けなければならないところは随所にある。
見えるところはまだいい。見えないところほど厄介なものはない。
おそらく、あそこには○○が入っているはず。思い浮かべることだってできる。
あれも捨てたい、これも捨てたい、限りなく浮かんで来る。
なのに、なぜ捨てられないのか。
捨てたいもの、捨てた方がよいもののうち、三分の一は3年かけて、捨てている。
結局、電話を解約したのは、後の残りに取りかかるはずみが欲しかった、と気づいた。
本日、9月4日は、「片付け事始め」記念日となって欲しいー、のだが。
思い返してみると、使う回数は、一年に一回あるかないか状態である。
実は、両親が使っていた電話を、ファックス用として名刺に電話番号を刷り込んである。
そのためになかなかこの電話を解約することができなかった。
ある日、91歳の母が聞いてきた。
「電話に出なくなったし、みんな知り合いは死んでしまって、かからなくなったから、この電話、いらないんじゃない。ただじゃないんだし、勿体ないしー。」
たしかに、外出先から母に電話をしても、出てくれない。
「二階のガスストーブ、消してきたかしら。見にいってくれない」
などという、電話もかけることはなくなった。
この母の言葉を聞いて“わかってるんだ!”と、残された母の脳機能に、僅かながら安堵した。
とはいえ、まだ母が生きていると、何かの連絡が来るかもしれない。
それにかかりつけの医者や、母の役所関係の電話番号は、この番号だったような気もする。
しかし、母が経済を考えて、一軒に1本の電話でいいと思う気持ちを大切にしよう。
とはいえ、解約手続きをとる積極的な気持ちがおこらなかった。
何ヶ月も過ぎてしまった。
ところが、結構高い料金をし払っている携帯電話を変えよう、と思いはじめていたこともあって、その前に、まずはNTTのHPから解約手続きを探し、読んでみた。
今朝のことである。
気がついたら、Web上で「手続き完了」まで終えていた。
たしかに家の中を見回すと、片付けなければならないところは随所にある。
見えるところはまだいい。見えないところほど厄介なものはない。
おそらく、あそこには○○が入っているはず。思い浮かべることだってできる。
あれも捨てたい、これも捨てたい、限りなく浮かんで来る。
なのに、なぜ捨てられないのか。
捨てたいもの、捨てた方がよいもののうち、三分の一は3年かけて、捨てている。
結局、電話を解約したのは、後の残りに取りかかるはずみが欲しかった、と気づいた。
本日、9月4日は、「片付け事始め」記念日となって欲しいー、のだが。
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