羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

ヨガの逆立ち考

2005年09月12日 13時11分09秒 | Weblog
 先日、来日して四年という外国人女性のヨガの逆立ちを、見せていただける機会がありました。
 今日は、その出会いよって、私がいかに珍しく神妙な思いをいだいたのかについて、かいつまんでその経緯をお話します。
 
 野口三千三先生が、ヨガを習われたのは45・6年前の昭和35年ごろのことです。西暦にすると1960年ごろになります。
 時は正に60年安保。
 1960年正月すぎ、岸信介首相ら新安保条約全権団がアメリカへ旅たつ羽田空港で、全学連主流派700人と警官隊との衝突がきっかけとなって、「安保闘争」が激化してゆきます。
 因みに、東京の電話局番が、3桁になった年でもあります。

 さて、このような時代に、野口先生がヨガに通うことに対して非難に近いまなざしを投げながら「東京芸大の助教授ともあろうものが」と面と向って苦言を呈する同僚まであらわれました。
 しかし、先生にとって、ヨガに学ぶところ多く、すでに輪郭が明確になっていた鉛直ベクトルをもつ野口体操に、水平ベクトルが加えられたことは確かなことでした。
 もっと言えば、奇しくもヨガとの出会いは、野口先生にとって、野口体操の立ち位置をより磐石なものとしていく、よすがとなったのではないかと私は思います。

 ここからの話は、相手を否定する話だと、受けとらないでいただきたい。
 そのコケティッシュな外国人女性の逆立ちに戻ります。
 
 彼女の逆立ちの方法や「逆立ちのポーズ」といわれる世界は、野口先生が到達された逆立ちとは、まったく次元が異なっていると感じられました。
 エロティシズムを強調するような方向を感じさせる女性のヨガの逆立ちと、鉛直方向にしっかり結ばれた「地球につながるヨガの逆立ち」と、いずれに軍配をあげるかという問題ではなく、「違うなぁ~」という印象。

 いかにして野口体操が「おもさに貞く」というベクトルをもちえたのか。
 いずれにしても、自然とのかかわり、地球とのかかわりの中で、素朴に素直にご自分を見つめられた先生の息遣いにシンクロできるのか。
 「野口・ヨガの逆立ち」を、やっぱりお伝えしておかねば!
 
 珍しく「ねばならない」という野口体操にとっては「禁句」を発してしまった次第。
 
 野口体操の根本中堂は、野口流ヨガの逆立ちにあり。
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2 コメント

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Unknown (見学者)
2005-09-12 18:27:34
野口体操では「軍配をあげる」ということはしなくて、「違うなぁ~」という「印象」になるのですね。生徒は「何が違うのかな~」と探しながら、自分の「印象」を深め、野口流に近づいていくのでしょうか。
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からだのながれ (spoonful)
2005-09-12 20:37:54
野口体操の動きを考えてみますと、一応始まりと終わりはあるのですが、ここがキマリのポーズというのが無いような気がします(pause:区切り、休止、中断、一時停止)。つまり、連続するうごきの中でどの時点も大切で、けして完成形を求めない・・・。「野口・ヨガの逆立ち」で言えば、頑張って立つ(立ち続ける)ことより、むしろフワッと、朝靄が立ちのぼる様にからだが逆立ってゆくその途中が好きです。
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