羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

あれから五年

2016年05月31日 04時37分59秒 | Weblog
 1950年、昭和25年、日本はまだ連合国軍の占領下にあった。
 人々の生活は貧しく、いや、皆が零からの歩みをはじめて5年。
 戦争から解放された安堵感は、赤貧のなかにあっても明るかった、と語った祖母の言葉が印象に残っている。
 5年を振り返ってみると、復興はまだまだ緒についた頃に違いない。
 
 それから61年後の大震災と原発事故から5年。
 戦後とは違う。
 しかし、5年しかたっていないのに、再び、原発という火を盗もうとしている。

 さて、もう一度、66年前に時間を戻してみる。
「もし」という問いはありえないのだけれど、あえて問いかけてみる。
 25歳の新進作家の三島由紀夫が、「プロメテの火」を見ていたとしたら、相当に衝撃を受けたに違いない。 
 のちの三島にはボディビルで鍛えた肉体のうえに、聖セバスチャンの殉教を自ら模した渾身の写真が残っている。
 ギリシャに憧れ、アメリカ文化の肉体を渇望し、自ら日本人の作家として名をなし、最後は武人として殉教の徒となることを演じた三島だ。

 もし、若き日に舞台を見ていたとしたら、コーカサスの山嶺の岩に繋がれるプロメテ。それを演じる50歳・壮年の舞踊家に、陶然として憧れ以上の感情を抱いたに違いない。そしてその憧れには嫉妬が渦をまいている。
「50歳になったとき、この人と同じ年になったとき、どんな芸術を自分は生きているのだろう」
 苦しくもあり、不安でもあり、胃はキリキリと痛む。鎮痛剤を注射器で体内に打ち込む以しか手ははなかった。
 しかし、ここで、立ち上がるんだ、と、それから5年後の昭和30年にボディビルの扉を本格的に叩いた。
 
 ……そんな妄想はいけないよ!……と先生がさとしてくれる。

 でも、敗戦によって明治以降積み重ねてきたすべてを失った時代、同時に日本の文化が破壊されアメリカ文化に取って代わられていく時代に、表向きギリシャを題材に西欧的な表現を駆使して、暗示的に日本を舞台化する。英雄を舞台化する。英雄への喝采と殉教を舞台化する。
「私たちはどんな火を盗もうとしたのか」

 ……そんな問いは穿ち過ぎだよ!……と先生がさとしてくれる。
 
 もし、もし、三島があの舞台を見ていたら、廃墟となった東京の街はコーカサスの山嶺。
 プロメテは自らが演じたかったに違いない。

 ……そんな妄想はいけないよ!……と先生がさとしてくれる。

 そのとき野口36歳。
 盗み取った火にこわさも、英雄の末路も、戦場に散る花の賛美も、どれも、皆、違うのではないのか、と問うたのではありませんか。
 だまされた、自分にだまされた。敗戦を生きるんだ。
 もう国策にはだまされてはいけない、と声にだして言えませんよねー。

 芸術というのはそれがエンターテイメントとして大掛かりなものをやろうとすればするほどに、どこかでだまされていく要素がなきにしもあらず。
 盗み取った火が、危ういものだと気づいていても、気づかないふりも……。

 自力で生きる。
 このからだ一つで自力で生きる。
 サーカスがあり、プロレスがあり、うさんくさいものだったヨガに、野口の思いは切り替わっていく。

 じい様の地歌舞伎は借金してでも、残すべき村の文化だった。
 大歌舞伎に比べれば田舎の大衆演劇である。自腹の芝居なのだ。
「自腹」それだ!

 ……おいおい、飛躍し過ぎだよ!……と先生が止めにかかる。

 でも、大学の授業で、自分の研究で必要なものは、自分で用立てする。
 文化や文明、人間が盗み取った火によって得られる以前の「生命の価値」は、いったいなんだろう。
 それって敗戦後の生き方ですよね。

 ……あんまり穿ちすぎないでね!……と先生がさとしてくれる。

 戦後、第二の火に喝采をおくったのは、私たち自身だった。
 しかし、今、プロメテはいない。
 かりにいたとしても、殉教でもなんでもない。
 だまされていたのは自分自身だ、という野口の自覚を、むしろもちたいね。

 なぜ、『原初生命体としての人間』だったのか、少しだけ見えはじまってきた。
 鏡もいらない、陶酔をよびこむ音楽もいらない。
 無音のなかで、ナルシストの水鏡もなしに、みずからの懊悩へ、一歩、踏み出してみよう。

 自然の音がたよりだ。
 自然の色がたよりだ。
 自然の畏さがたよりだ。
 
 あれから5年。
 5年という月日は、それぞれの分岐点なのかもしれない。
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