羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

たかが逆立ち・されど逆立ち

2006年09月18日 19時12分23秒 | Weblog
 自宅で一人静かに体操をするのと、教室で一緒に行うのとでは、動きの質が違う。
 みんなと一緒というのは、それぞれの人が出してくる「気」のようなものが増幅されて、動いてしまうことがある。
 自分では乗れないものにも乗ってしまうというような感じって経験ありませんか?
 ひさしぶりだったり、初めての場合に、自分では力を抜いているつもりでも余分に入ってしまうこともある。
 意識と実際は、なかなか一致してこないのが、からだの現実だ。

 ほぐすことにしても一人でほぐすことと、みんなと一緒、あるいは他の人と組んでほぐすというのは、三者三様というか、それぞれなのである。

 とりわけ、逆立ちの練習は、わかっている人に手伝ってもらうことはすごく大事だ。
 野口三千三先生は、基本的に「独学」の方だった。
 一人練習して怪我をしない工夫をなさっていたという。
 野口体操の動きかた、とくに逆立ちに関しては、危険を避ける工夫が随所に見られる。
 包助(幇助)する人は、逆立ちになっている人が、降りたいときに降りられるように、一般的なやり方の足を持たずに、お腹のあたりを支えるという方法は、初心者にとってはすごくいい。
 基本的に相手の動きを制約しない、しかし、安全は確保するという姿勢があるからだ。

 日曜日のクラスでも、ヨガの逆立ち練習を始めたと書いたが、その気持ちよさの感激を、メールでお知らせくださった方もあった。
 まさか自分は、一生「逆立ち」はできないと決めてかかっていたのが、野口体操のあり方でやってみると、逆さまになれた! という実感は、それだけで嬉しい。
 その体験は私自身にもある。
 力の抜け方がわかってくると、ますます軽くなる。
「重さが生きて軽さが出る」ということが、本当に信じられるのは、そうなったときというわけ。その意味で体操というのは、「実感こそ命」なのだろう。

 とにもかくにも二つのクラスでようやく逆立ち練習が始まった。
 みなさん、気長に、安全に練習を続けてみましょう。

 逆立ちに関して、体験をコメントしてください。
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