電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ベートーヴェン「交響曲第8番」を聴く

2008年01月29日 06時51分55秒 | -オーケストラ
少し前の日曜日、N響アワーで、ベートーヴェンの「不滅の恋人」を取り上げていました。ゲストは作家の青木やよひさん。世界で最初(1959年)に、N響の「フィルハーモニー」誌に「アントーニア・ブレンターノ」説を発表しています。

番組によれば、アントーニアは、貴族ヴィルケンシュトック伯の娘で、15歳まで修道院で育てられたのだそうです。そして、16歳でフランクフルトの富豪で30代のブレンターノの求婚を受けます。しばらく迷ったそうですが、18歳で結婚。しかし、日本風に言えば「お公家さんの娘が大阪の廻船問屋に嫁いだ」ようなものだそうで、心身症になりウィーンに戻って、父親が亡くなるのを看取っていた頃です。

1812年、ナポレオンのモスクワ侵攻に関心を持つドイツやオーストリアの諸候が、ボヘミアの中立地域である保養地テープリッツに集まりますが、その中にワイマールの枢密顧問官であるゲーテもいました。春にテレーゼ・マルファッティに求婚し断られたばかりのベートーヴェンは、ゲーテと親交のあったベッティーナ・ブレンターノの来訪を受け、その長兄フランツと妻アントーニアと親しくなります。彼女(アントーニア)の結婚生活は必ずしも幸福なものではなく、ベートーヴェンは隣室からピアノを弾いて彼女をそっとなぐさめ、立ち去ったといいますから、まだ若い彼女の方もぽーっとなるのは理解できます。

晴れやかな音楽。「不滅の恋人」のドラマとセンチメンタルに結びつけるにはちょいと違和感を覚えるほどの、力に満ちた、晴朗で幸福な音楽です。アントーニア・ブレンターノとの出会い、親しくなった日々の喜びをあふれさせているのでしょうか。駅馬車のポストホルンを模したと言われる旋律が登場する第3楽章も、けっしてセンチメンタルな回想ではありません。

第1楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ。
第2楽章、アレグロ・スケルツァンド。
第3楽章、テンポ・ディ・メヌエット。
第4楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。

難聴と酒と鉛中毒による性格障害から、他人とのコミュニケーション不全に陥っていた時期の、晴れやかな音楽。不滅の恋人との別れの後に、深刻なスランプの時期がやってきて、ベートーヴェンは自分の存在の意味を問い直すようになるのだそうです。たぶん、音楽的には、後期の豊かな実りの時期に移行する前の、最後の輝きのような音楽と言うべきでしょうか。

ふだんCD(SONY SBK 46328)で聴いている、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏は、コンパクトで古典的なこの曲を、スピード感を持って、きりりと活力ある演奏にしています。第3楽章は少しテンポを落とし、前の2楽章との対比を意識したのでしょうか。録音は十全とは言えず、残念ながら低音の不足が目立ちます。トーンコントロールで少し低域をブーストしてちょうどよいくらいです。
N響アワーを録画したネルロ・サンティ指揮の演奏は、第3楽章も速いテンポで、全体に颯爽とした音楽になっています。現代の録音らしく、音の条件も良いのがありがたいです。

■ジョージ・セル指揮クリーヴランド管
I=9'40" II=3'46" III=5'27" IV=7'51" total=26'44"
■ネルロ・サンティ指揮N響(2007年)
I=9'45" II=3'41" III=4'35" IV=7'28" total=25'29"

余談ですが、従来は、文筆家が好んだためでしょうか、暗く悲劇的な音楽が人気が高い傾向があったように思いますが、近年は「のだめカンタービレ」の影響でしょうか、こうした活力に富む晴朗な音楽も好まれるようになっているように思います。
コメント (6)