<石垣城の崩れかけた石垣>
<石垣城(一夜城)>
令和6年(2024年)3月25日(月) 曇りのち雨 総歩数4,522
朝9時、S二郎氏を桶川駅西口でピックアップし一路小田原石垣城(一夜城)へ。高速を使って、多少渋滞もあったが、石垣城(一夜城)には11時過ぎ到着。
1590年、秀吉は20万人の軍勢で小田原城を包囲し、小田原城を見下ろせるこの位置に城を建てた。実際は80日ぐらいかかったのだそうだが、完成してから周りの木立を伐採したことにより小田原城下からは一夜にして現れた城に見えたという。秀吉らしいエピソードである。
思うに秀吉はこの頃がピークだったのではないか。弟秀長も利休も後継者秀次も生きていたし、この小田原攻めのあと徳川家康を東海から江戸に追いやった。まさに“天下人“であった。
このあと頼りの秀長が病没すると、利休を切腹に追い込み、朝鮮出兵、秀次一族皆殺しなど後世に汚点を残す悪業を引き起こした。1598年に病没すると2年後には関ヶ原で豊臣勢が敗れ、主導権は家康に移ってしまう。
小田原、九州平定後、朝鮮出兵などをやらずに豊臣政権を磐石化しておけば、徳川幕府はなかったかもしれない。
石垣城のあとはいつもの店、沼津内浦の「いけすや」で鯵丼をいただいた。毎年来るたびに100円づつ値上がりしているようだが、味はいいので寄らずにおれんね。
常宿、雲見温泉「はまゆ」へは15時半着。ひと風呂あびて夕食の18時までビールや焼酎水割りで過ごした。夕食はいつもの豪華版。持ってきた日本酒でいただいた。なんという幸せ(^.^)
<雲見温泉宿の豪華夕食!>