ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

五月雨や・・・

2020年06月30日 17時06分21秒 | 田舎暮らし
夜中から明け方まで激しい風雨。
畑は裏の(小さな)沢は大丈夫かなぁ~と心配だったけど、
幸い畑も大したことはなかったし、沢の水もいつもと大して変わらなかった。
(なんせ田舎暮らしを始めた翌年、沢が氾濫して倉庫が床下浸水したのだから、
雨が激しく降ると気が気ではない)
風は強かったけど雨はそんなに降らなかったのかもしれない。

 五月雨を 集めて早し 裏の沢

 五月雨や 小沢の前に 家一軒

盗作?!
いえいえ、本歌取りと言ってください。

そして今は何事もなく日課の晩酌に励んでいる。
 
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百合

2020年06月29日 17時53分11秒 | 花便り


純白の鉄砲ユリ。
豪華で清楚。
とっても好きで、この農園の一角にユリ園を作りたかったのだけど、
草や虫に負けてしまってうまく育たなかった。
どうも鉄砲ユリって自然な環境でなく人工的な環境の方がうまく育つような気がする。
かって都会住まいしてた頃、団地のベランダに鉄砲百合を植えたらいっぱい増えて、増えすぎてベランダがすっかり百合に占領されてしまった。
1本だったほのかな薫りの百合も、それが何10本ともなると・・・
なんとも強烈!なんとも悩ましい!!

そして田舎暮らしを始めた時、たくさんこの百合の球茎をもってきたけど・・・
ところが・・・全滅!
まったく育たなかった。
みな草や虫に負けてしまった。

他にも全滅したものはたくさんある。
農園をラベンダーいっぱいにしようと、苗を育てて持って来て、畑ののり面にいっぱい植えたけど・・・
これまた全滅!
豪華に育ってたカニサボテンや月下美人も冬を越せなくて全滅!
だって引っ越してきた最初の冬、最低温度が室内(!)でなんとマイナス5℃だよ!
住んだのは田舎の一戸建てなので団地のように周りの家で壁越しに温まることもできない。
この暴力的な寒さに室外の草花はもちろん室内の鉢植えもほとんど枯れてしまった。
田舎暮らしは都会育ちの人だけでなく草花にとっても、かくも厳しいのだよ!

でもまあそれはそれ、何度か植えてはあきらめて、それでも何とか鉄砲ユリが育ち咲きだした。
今、これを増やしていこうと思っている。
この農園になんとかひっそり鉄砲ユリの隠れ場を作ろうと思っている。
そこに手作りの竹のテーブルと椅子を置いて、
ほのかに百合の香りを嗅ぎながら、
こっそりひっそり昼間っから手作りのぐい吞みでビールや純米酒を飲めたら、いいなぁ~なんて思っている。

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今日も紫陽花

2020年06月29日 04時18分31秒 | 花便り
今日も紫陽花の写真です。






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今日の紫陽花

2020年06月27日 18時37分15秒 | 花便り


梅雨の日はやっぱり紫陽花だね。
雨に輝く紫陽花がいちばん美しい。
もっとも今日は晴れてたけど・・・

それで毎年毎年今の時期、
やっぱり紫陽花を撮っちゃうね。
そうそう紫陽花は大好きな花。
この農園いっぱい紫陽花園にしたいけど、
すでに日の当たるところでは先住者、1万本近い水仙が住んでいるので、
ここはひっそりこっそり隅っこで我慢してもらおう。
もともと紫陽花は日陰者。
日陰の湿っぽいところでも咲いてくれる。
紫陽花の学名は「オタクサ」
シーボルトの長崎での現地妻「お滝さん」からきている。
でもシーボルトはきっと本当にお滝さんが好きだったんだよ。
だからこの花に「オタクサ」という学名をつけた。

その後無骨な学者シーボルトは禁止されていた伊能忠孝の日本地図を持ち出そうとした。
それもひとえにシーボルトの日本への思いと「日本学」の著作を書くため。
でもそれが発覚して、それを手伝った日本人のシーボルトの弟子たちは処罰された。
そしてこのシーボルト事件のためシーボルトは2度と日本に戻ってくることはできなくなった。
そしてドイツに帰っても日本の事が忘れられず、
年老いても日本のことを語り続けた
その侘しい悲しいシーボルトの思いをドーデは「月曜物語」の一編に書いている。(幕末開港して、やっと日本に戻ってくることができた)
そしてこのドーデの「月曜物語」とともにピエール・ロティの「お菊さん」を読んでほしい。
幕末日本に来た欧米人は気楽に日本人と結婚した。
だってその結婚は現地かぎり、日本を出たらその契約は解消される。
気楽な現地妻なのだ・・・とかってに思っていた。
それはアレクサンダーのペルシャでの集団見合いと同じ。
集団見合いして結婚した相手をギリシャに連れ帰ることは禁じられていた。
この集団見合い、しょせん現地妻、ギリシャの兵士のセックスのはけ口でしかなかった。
この集団見合いにはもちろんペルシャの男たちは排除されていた。
それでペルシャの男たちはどう思っただろう?
東西文化の融和、なんて言ってられるだろうか?
ところが欧米人だけでなく日本人の書いた世界史でも、西洋史観の受け売りで同じようなことを言っている。
相も変わらずアレクサンダー「大王」
なにが大王か!
蒙古の「黄禍」をことさらに言うけど、どうしてそれ以上に地球の人類に甚大な被害を出した「白禍」を言わない?!
アフリカで、アメリカで、アジアで、いったい何をしてきたか?!
いえいえそんなことじゃなかったな

いえいえ当時の日本人はお見合い・結婚式をとってもまじめに考えて、やっていた。
ところが当時に日本に来た西洋人にとってはしょせん現地妻。
ロティは、なんとお見合いの席でお見合い相手の人が気に入らなくて、そのそばにいた女の子・お菊さんのほうがいいと言い出した。
売春宿で相手を選ぶ、それとまったく同じ感覚。
西洋人の傲慢さがとっても感じられる。
(こうしてあちこちでマダム・バタフライやお菊さんの悲劇が起きた)

そしてとなり子の方がいいと言い出して、
たちまちみんな慌てふためき、でもなんとかその場をおさめ、
その後、お菊さんと「結婚」することになった。
でもしょせんロティにとっては、現地妻。
お菊さんとの「結婚」がうまくいくわけはない。
後はだらだらお菊さんの悪口ばかり・・・
きっとこんなことが昔のペルシャでも起きたのだろうな。

紫陽花を見るとついついこんな思いが起きるのだよ。
紫陽花とってもきれいな花。
でもじっと見つめているとなんかとっても辛い花。
この花の中には、きっときっと、
シーボルトや、お菊さんのこと・・・
そしてその娘、お稲さんのこと・・・
不幸なことに青い目、西洋人の顔で生まれてきた、
とっても目立つ美人に生まれてきたおいねさん。
そのために数々の差別をうけ、
そしてきっと父親に対するとっても屈折した思いはあったものの、
父の跡を継ぎ日本初の女医になったおいねさん。

紫陽花を見るとこんなおいねさんの気持をとっても感じる・・・
ぞう、とってもつらい花。

でもやっぱり今の時期、梅雨になると紫陽花の花を撮ってしまう。
我が家には今50本近くの紫陽花が咲いている。
もっともっと増やしたいと思ってるけど・・・
でもいくら増やしても、きっとでもでも一番美しいのはやっぱり長崎のシーボルトの鳴滝塾跡に咲いてる、小さな庭の紫陽花だよ。


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だらだら、たらたら、ただただ

2020年06月25日 19時54分01秒 | 田舎暮らし
一日雨。
それで久しぶりに竹細工でもしようかと思ったけど、
なんせ雨、なんともやる気がしなくて、
一日だらだら、過ごした。
そして今、たらたら呑み、
あとは、ただただ眠るだけ。

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床屋

2020年06月24日 19時04分50秒 | 田舎暮らし
日頃不精な人間。
武漢コロナをいいことにもう何か月も床屋にいかなかったい。
家族からも鬱陶しがられ、さすがに自分で鬱陶しい!と思い、
それでも伸びた髪が耳に当たるの剃刀で自分で切って誤魔化して、
何とか何とかやって来た。
だって床屋に行く金で焼酎1っ本呑める。
ねぇ~ねぇ~、どう思うと小屋と焼酎と?
この2つを図りにかけたら誰だって焼酎を選ぶよね?
でも・・・さすがに・・・もう、そんなこと・・・言ってられなくなった!
さすがにもう限度だよね。

そこで思い切って床屋に行った。
もしかしたら感染してこれがこの世の限度になるかもしれない。
もしかしたらあの志村けんさんになるかもしれない。
でも・・・よく考えたら別にこの世に未練があるわけじゃない。
適当に好きなことをやって来た。
別にこれ以上にこの世のために何をやろうか~なんて、まったく思い浮かばない。
適当に暮らし適当に生きて来た。
滅茶苦茶迷惑をかけたわけじゃないけど。、
滅茶苦茶この世に役に立った覚えもない。
まあいてもいなくてもどうでもいい人生を送ってきた。

それで床屋に行ってもしかしたら感染しても、そんなこと、まあどうでもい!
そう思って床屋に行ったのだった。

行ったらそこは普通の床屋。
客は少なかった。
愛想よく「いらっしゃいませ~~~!」と言われることもなく、
こいつ何しに来たんだ?まさか武漢コロナ感染者じゃないだろうな?
なんて一瞬思われてるかなと思ったけど、そのあとはそんなこともなく普通の対応だった。
そして普通に散髪、伸びすぎたのを思いっきり短く切ってもらって、すっかりすっきりした。

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軽井沢ビール

2020年06月24日 17時45分03秒 | 酒の話
今、軽井沢ビールを呑んでる。
昨日は黒ビールを、今日は白ビールを。
ビールは定番は一番搾りだけど、たまに変わった味のビールを呑むのは楽しい。
黒ビールは好きだけど、毎日飲もうとは思わない。
たまに飲むから美味い!
白ビールもそう。
たまに飲むから美味い!
ともあれ毎日(本当の)ビールや純米酒を楽しんでいる。
日頃はデフレ人間で安い(本格)焼酎や第3のビールを呑んでいるのだけど、
特別定額給付金のおかげで、今ではちょっぴりインフレ人間の気分を味わっている。
デフレもインフレも気分の問題。
みんなが第3のビールをやめて本当のビールを飲む、
みんなが安い醸造酒をやめて純米酒を飲む、
みんなが、甲類や甲乙混和の焼酎をやめて本格焼酎を飲む。
するとみみっちい気持ちが大きくなって消費が増える。
簡単にデフレ気分を脱却できるのだよ。
そして景気が良くなる、雇用が増える、給料が上がる。
ほんのちょっとしたことで、まったく変わってくる。
下手な経営者はまず「経費削減」を考える。
これこそデフレ政策。
経費削減だけでは売り上げは増えない、会社は衰退するばかりだ。
こんな愚かなことをしたのが民主党政権。
「一番でなくては駄目なのですか?2番じゃだめなのですか?」
あほか!
2番で国民が盛り上がるか!?
経費節減はいいことだけど、それ以上に成長分野にはさらに多くの投資をする。
国の未来を考えた時、これってあたり前のことじゃない?
そうでないと会社も国も成りたたないよ。
というわけでこのあほな政権、民主党はつぶれた。
でも今でもこんな民主党の残骸にしがみついている、日本の共に民主党・立憲民主党や国民民主党、そして朝日・毎日・共同通信・NHK・地上波テレビ~もういい加減にしたらどう?
朝日・毎日が一番馬鹿にしているのが実は朝日・毎日の購読者。
購読者に教えてやるんだ、上級国民が下級国民に教えてやるんだという上から目線の記事。
購読者は捏造記事に簡単に騙されると思い、見出しと本文がまるで違う記事を載せる。
ねえねえ、朝日・毎日の購読者、あんたら朝日・毎日からさんざん馬鹿にされているんだよ。
ねえねれ、毎日は中国から金をもらって中国べったりの記事を書いている、こんなこと知ってる?
イギリスの新聞社から指摘されて、何らまともな反論ができない、これが毎日だよ。
朝日はどう?
今の日本の元凶はすべて朝日!といっても間違いない。
南京大虐殺、慰安婦問題、徴用工問題、すべて朝日の捏造だよ。
日本を卑しめて喜ぶ、それを、飯の種にする。
こんな卑しい新聞社が朝日だよ。
そしてそれに乗せられ迎合している朝日新聞の読者、
ねえそんな自分を情けないと思わない?
そして同じくらい陰険なのがNHKと共同通信、そして地上波テレビ。
でもまあこんなこと言っててもきりがないか・・・
朝日・毎日・共同・NHK・地上波テレビ・・・こんなものより1杯のビール。
1杯のビールの方がずっ~とずっ~と価値がある
今宵もまた酔っぱらっているのでありますよ。
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我酔うゆえに我あり

2020年06月23日 18時08分49秒 | 酒の話
暑苦しく湿っぽくなんとも鬱陶しいこの気だるい梅雨の一日。
いいね!
こんな感じの日が自分には、このぐうたら百姓には一番合っているよ。

そうそう酔うことでしか自己主張できない人間。
酔うことでしか自分のこの世の存在を確かめることができない人間。

我思う、ゆえに我あり。
じゃなくて、
我酔う、ゆえにわれあり。
なんだよ。
もし酒がなかったら、絶対こんな宇宙になど生まれてこなかった!
 
我呑むゆえに我あり。
我酔うゆえに我あり。

うぃぃ~~~
今宵もまたまた酔っぱらっています!
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ミント風呂

2020年06月22日 18時17分18秒 | 田舎暮らし
はびこっていたミントを思いっきり刈り取って、風呂に入れた。
ざまぁ~~みろ!
家の前のミニ菜園がこれですっきり!
さまぁ~~みろ!
そして風呂はミントの香りいっぱい!
肌もすべすべ、とっても気持ちよかったよ。
どう?みんなやってみない?
ハーブ退治・・・じゃなくてハーブ風呂。
バケツいっぱい摘み取って風呂に入れたら、
う~~~ん、最高!
酒が進む!進みすぎる!!
今宵もまた酔っぱらっているのでありました。

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赤い鳥(5)

2020年06月22日 02時48分35秒 | 田舎暮らし
明治になってたくさん外国から(お雇い)外国人がやって来た。
「お雇い外国人」なんて言い方とっても失礼だと思うけど、当時の明治時代人、
外国人に頼らないでなんとか早く日本人だけで西洋を追い越したい!
そんな明治人の気持ちがとっても感じられる言葉だ。

そこらへんは今の日本人とまったく違うよね。
憲法9条を守ろうね、日本人の命は外国人に任せようね、頼ろうね、委ねようね。
明治人はこんな情けない国民ではなかった。
自分の命は自分で守る、自分たちの家族は自分たちで守る、自分たちの国は自分たちで守る。
こんな当たり前のことがわかっている人たちだった。
国を卑しめるのが正しいことだと、その実、国を売って自分たちの飯の種にする、こんな卑しい人間はいなかったよ。
いえいえそうじゃなくって、唱歌の話だったね。
音楽の分野でも多数の(お雇い)教師がやって来た。
そしてほとんどの人は、すっかりうんざりして帰っていった。
「これほど音楽に才能のない民族はない!」と言って。
当時音楽というと日本では「謡曲」や「清元」や「常磐津」や「詩吟」や「義太夫」や・・・
こんな風土からどうして西洋音楽が生まれることができるだろう?
そこで明治政府は西洋音楽を普及させるためにまず西洋の歌を日本語の詩に置き換えて学ばせた、
明治14年「蛍の光」
明治17年「庭の千草」
明治21年「故郷の空」
明治22年「埴生の宿」
でもまあこれは仕方ないこと、西洋音楽をなじませるためには歌詞を変えて、日本の歌として普及するほかない。
そうそう「故郷の空」を元の詩通りに「誰かと誰かがライ麦畑でキスをした・・・」なんて、
そんな歌を小学生に歌わせられないよね。
そして次第に歌詞の翻訳だけでなく次第に作曲する人が出てきた。
明治39年「青葉の笛」は平家物語に材をとったオリジナルの日本の歌。
こうしてずいぶん時間がかかったけど、
「これほど音楽に才能のない民族はない!」
と言われてきたけど、
次第に西洋音楽を日本のものとしてきた。
大正2年の「早春賦」これはモーツアルトの「春への憧れ」のパクりだと言われても仕方ない面はあるけど、
これが「知床旅情」になるともはやまったく日本の歌。
もともと日本に3拍子の歌はなかった。
すべて2拍子4拍子系の歌。
日本民謡もみんなそう。
ところが唯一の例外は「五木の子守歌」
これは3拍子。
でももともとは「五木の子守歌」は3拍子ではなかった。
それを3拍子に編曲したのが今、朝ドラのモデルになってる古関雄二。
そして「五木の子守歌」が全国に広まった。
今では普通に誰でも3拍子の歌を歌えるけど・・・
(演歌歌手、ちゃんと3拍子の歌、歌えるのかな?)
子どもの頃3拍子の歌を歌える大人、ほんと少なかったなぁ~~~!
はてさて、「赤い鳥」からずいぶん長い寄り道。
今では日本人の音楽センスは世界最高水準にまでいってるよね。
でもそれまでに長い長い道のりがあったんだよ。
さてまだまだ書きたいこといっぱいあるような気がするけど・・・
面倒くさい!これでやめます。
またまた酔っぱらってきました。
うぃ~~~!!

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蜘蛛の巣

2020年06月21日 17時04分02秒 | 写真


日頃迷惑なだけの蜘蛛の巣。
でも朝日に夕日に雨の日に、
輝く時もあるのです。
そうどんな人にだって輝く時もあるのです。


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山羊石鹸

2020年06月20日 18時17分00秒 | 田舎暮らし
今日も山羊石鹸を使った。
でも・・・後残ってるのは2個だけ。
何とか何とか、大切に大切に、使ってきた自家製の山羊石鹸。
これがなくなったら、いよいよ山羊とのお別れだね。
今まで本当に楽しい時間を過ごさせてくれた山羊たち。
でも数年前、とっても悩んだ後に手放した。
きっと我が家以上に可愛がってくれるだろう、隣の町の人が見つかったから・・・

そして山羊石鹸。
とっても評判が良かった。
普通、市販の山羊石鹸って、たいていほとんどドライミルクを使ってるか、
生ミルクを水で薄めてるか・・・何だよ。
でも我が家のミルクは100%山羊ミルク。
それでとっても評判が良かった。
でも、それが・・・山羊を手放し・・・自給用に残してた山羊ミルクで作った、山羊石鹸も残り・・・2個・・・
なんか侘しい、とっても侘しい。

山羊って、今思えば・・・とってもいい友達だった。
今、なんか侘しい、なんか悲しい・・・
残った石鹸はあと2個。
そしてそのあとは山羊との本当のお別れ。
今、なんか侘しい、なんか悲しい・・・

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赤い鳥(4)

2020年06月20日 17時32分51秒 | 田舎暮らし
幕末・維新、西洋に追いつけ追い越せ!
そのためにはより多くの人にいち早く西洋の文化・文明を理解してもらわないといけない。
そのために必要なのは外国文化の日本語化。
外国語を理解するにはとっても労力と時間がかかる。
そんな無駄なことをするのは一部の人間だけでよい。
そう適塾や杉田玄白の「解体新書」の翻訳、あんな苦労をするのは一部の人間だけでよい。
いち早く西洋文明を理解するために、みんなが理解するために必要なのは翻訳、日本語にすること。
それで、外国語をそのまま使うのでなく、とっても苦労して日本語に訳した。
でも概念のない単語を訳すのはそれはそれは、とっても難しい。
英語やドイツ語などの欧米語をそのまま使った方がずっと簡単だ。
でもそのためにはみんなが欧米語を知らねばならない。
ハードルはとっても高くなり、一般の人はなかなか理解できない。
そこで普通だったら欧米の植民地に見られるように、欧米語を理解出来る一部の特権階級と無知な民という構図が生まれる。
しかしそれではいつまでたっても欧米を追い越すことはできない。
それでこれを打破したのが翻訳文化だ。


そこで有効だったのが漢字文化。
漢字は文字事態に意味がある。
翻訳された漢字を見て外国語を知らなくてもある程度の意味を知ることができる。
さらに同じ漢字文化圏の人とも言葉を共有することができる。
漢字のない欧米の植民地だったらこうはいかなかっただろう。
いつまでも植民地文化を続けていただろう。


こうして政治、経済、科学、文学、芸術、体育・・・などで多くの訳語が生まれた。
外国語を日本語にしてしまったら外国語を覚える必要はなく、字を見ただけで大体の意味を知ることができる。
これこそ外国の文化を理解する最も手っ取り早い方法だ。
そして日本はいち早く近代化することができた。
さらには鎖国が終わり維新になってから、中国や朝鮮から留学生が日本にたくさんやって来た。
そして日本の訳語を通して容易に西洋の文化を理解することができた。
今でも中国語・朝鮮語から日本語を除いたら文章・会話が成り立たないのだから。
これは言葉は通じなくても字を見ただけである程度その意味が分かる漢字文化のおかげ、そして日本人の翻訳のおかげ。
漢字が読めなくなった南北朝鮮人。
そこで言いたい!
あんたら自分たちの歴史書を読むことができない、知ることができない。
歴史を自分たちの都合よいように偽造・捏造する時の政府・政権にただただ振り回されるばかり。
ねえ、こんなこと恥ずかしいと思わない?
いったいいつまで植民地根性を続けるつもり?
ねえねえ、あんたら少しはまじめに自分たちの歴史を振り返ってみたらどう?


いえいえそんな話ではなかったな。
昔々、万葉時代の話。
明治維新以上に(文字がなかった時代に)隋や唐の文化を受け入れた、
その時一番大切なことは文字を、漢字を受け入れたこと。
文法が違うので、だれでも、なんとか理解できるように「レ点」をつけてなんとか読んだ。
(英語を勉強するときレ点をつけて読むか?!)
さらには万葉仮名を生み出してこれが「かな」や「カナ」に繋がった。
今でも数多く残っている漢字のおかしな読み方、それも万葉起源のものが多い。
「飛鳥」と書いて「あすか」と読む、どうして?
それは明日香の枕言葉「飛ぶ鳥の明日香の宮の・・・」からきている。
「東雲」と書いて「しののめ」と読む、これも万葉時代のいいかげんな当て字。
ねえ、全国の長谷川さん、どうして「長谷」と書いて「はせ」と読むか知ってる?
それは奈良の地名・長谷寺がある初瀬(はつせ)からきている。
初瀬は長い長い谷が続いている地形、そこで初瀬を「長谷」と表記した。
そして「はつせ」・・・「はせ」・・・「長谷」となった。
そうそうこんな、いい加減な読み方で生まれた地名・名前なんだよ。
えっ知らなかった?
そうそう全国の長谷川さん、(ここはチコちゃん風に)「ぼけっ~と生きてるんじゃねぇ~よ~~~!!!」」

いえいえこんな話じゃなかったな。
唱歌の話だった。
でも・・・そろそろ酔っぱらってきたな~~~
続きは次回。
そうそう毎日、ぼけっ~と生きてるのでありますよ。

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紫陽花

2020年06月19日 17時43分51秒 | 田舎暮らし
雨の後、紫陽花が輝く。
まして昨日からの大雨、沢も溢れていた。

さて、今日の紫陽花は?









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いかん!

2020年06月18日 22時57分50秒 | 田舎暮らし
いかん!
背中が痛い!!
きっと3日ほど前だったか・・・水仙畑を広げようと開墾した、
その祟りなのだろう。
日頃ぐうたらに暮らしている人間がたまたま、魔が差し真面目にやった。
きっとこれはぐうたら神様のそれはそれは恐ろしい祟りだったのだろう。

そうそうここは祟りを静めるべく、幸いこの2日雨だったこともあって、
大いに怠けた、大いに呑んだ。
それで祟りも少しずつ静まってきたような・・・気がする。

そういえば2~3年前腰痛になったことがある。
その時もここぞとばかり大いに怠けてこの腰痛を独力で治した。
今回も病院や接骨医やヨガや祈祷や魔術や憲法9条など当てにしないで、独力で治そう。
そう、酒と怠けで。

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