こんにちは。日本の大部分が寒い中、東京地方、今日も晴れ、、、今、日が翳ってきたけど。それでも外は寒い。部屋はいいです。外を歩くくらいならスキー場のほうがいいともいえます。当たり前だ? いえいえ准高齢者になろうという人間には当たり前ではありませんが、それでもスキー以外のことを考えないでいいのは楽。
さて、センター試験出席の方々にはご苦労さま、とんだ悪制度ですが、中教審のやつらは「知識偏重だ」とかとようやくあきらめ加減のようですね。もっとも統一試験はやりたいようで。学校なんてみんな違うのに、共通試験なんちゅう発想がそもそも知的な人間の持つものではない。大学(教授)は自分が教えるスタートラインの資格の程度だけ決めればいい。といって、中教審のやつらは、そもそも自分が管理したいだけだし。疎外された教育者。ヒラ教師に戻ってガキでも管理しとれ。
きょうは早々に、本日の役に立つブログ。
親御さん、おじいさんおばあさんにおすすめ、越後製菓のこがね餅。ちょっとお高い。
これが不思議な餅で、くっつかない。
男はあまり知らないでしょうが、餅というやつは納豆の次に始末が悪い。箸やら茶碗やら鍋やら皿やら、なんにでもくっついて食器洗いを阻害する。取れないからとタワシなんか使おうもんならタワシ洗いに水が洗い桶で一つ分いる。
ところがこの餅はきれいさっぱりどこにもくっつかない。
ところで昨日食べた安物のおでんの具の餅巾着といったらのどにひっつく。
ここから鑑みるに、越後製菓のこがね餅は、呑み込み力の悪い年寄りに良い。もっとも70歳以上に薦めるときには、「必ず小さく切ってから食べるよう」に、付け加えてください。
ただ、そういうネット情報はないんだよね。変なの。いつも正月はお客用に高い餅も買っていたんですが、今までは高くともやっぱりくっついてたんですけどね。サトウの切り餅系が特別にくっつくのかなあ、、、
以上。
で、本日の自由感想、山本義隆。「私の1960年代」。
本文はゴシップ趣味の対象ですが、付録に昔の山本氏の資料が少し付いていて、これがいい。あ、やっぱり山本議長だ、という感じ。ビリビリきますね。
今回、集約の言葉がわかりましたが、彼やその時代には「善悪」があるんですね。明確な善と明確な悪。まあ、私にもあるということですが。大学教授連の善のなさといったら、これは確かに生きている次元が違う。対話になるわけなんかないですやね。
そんな時代の生き残りはほんとに少ない。そのことにいいもわるいもないですが。
やはり私の好きな「知性の叛乱」は、日本が生んだ倫理学の金字塔です。
さらに、追加ながら、資料の中で
「自己の理性以外は一切を否定せよ。、、、その理性の示すところに依り、マキシマムの行動を追及する。これをアナーキーという。、、、行動に於てはアナーキーに!」。 これは山本氏21歳のビラの文言。
で、思い出したのが私の中学卒業文集の後輩への言葉。
「汝、破壊せよ。あとは自分で考えな。」
素晴らしい。とても15歳の言とは思えないアナーキー。
中学3年で清水厚夫先生という国語の先生がいて、この方に中原中也を習ったんですね。これが優等生の大きな躓き。と、他人は思っているようで、成績ガタ落ちのため母などはこの先生を恨んでおります。私にしてみればその前から勉強やめてるし、まああれやこれやおかげさまで、という話しかないのですが。
ネットだと世田谷あたりでお一方ヒットしてますが、ご当人かしら。懐かしいですね。
ではこの辺で。風邪引いて入学試験受けられなかった人も、気を落とすことはありませんよ。人間、塞翁が馬。
私の高校の1歳上の同級生は私でさえ一目おいておりましたし、私の大学になぜかいた3歳上の同学年生はみんなから尊敬されて、大企業へ就職していきました(思い出した、院に行きたいけど母子家庭だからという話)。広松渉も3歳上をうまく活用してゼミの主をしていたと書いてあります。それで名古屋大の先生になれれば十分ですね(広松も母子家庭でしたね。同学年生は優しかったから)。人間には決まった道なんかありゃあしません。
さて、センター試験出席の方々にはご苦労さま、とんだ悪制度ですが、中教審のやつらは「知識偏重だ」とかとようやくあきらめ加減のようですね。もっとも統一試験はやりたいようで。学校なんてみんな違うのに、共通試験なんちゅう発想がそもそも知的な人間の持つものではない。大学(教授)は自分が教えるスタートラインの資格の程度だけ決めればいい。といって、中教審のやつらは、そもそも自分が管理したいだけだし。疎外された教育者。ヒラ教師に戻ってガキでも管理しとれ。
きょうは早々に、本日の役に立つブログ。
親御さん、おじいさんおばあさんにおすすめ、越後製菓のこがね餅。ちょっとお高い。
これが不思議な餅で、くっつかない。
男はあまり知らないでしょうが、餅というやつは納豆の次に始末が悪い。箸やら茶碗やら鍋やら皿やら、なんにでもくっついて食器洗いを阻害する。取れないからとタワシなんか使おうもんならタワシ洗いに水が洗い桶で一つ分いる。
ところがこの餅はきれいさっぱりどこにもくっつかない。
ところで昨日食べた安物のおでんの具の餅巾着といったらのどにひっつく。
ここから鑑みるに、越後製菓のこがね餅は、呑み込み力の悪い年寄りに良い。もっとも70歳以上に薦めるときには、「必ず小さく切ってから食べるよう」に、付け加えてください。
ただ、そういうネット情報はないんだよね。変なの。いつも正月はお客用に高い餅も買っていたんですが、今までは高くともやっぱりくっついてたんですけどね。サトウの切り餅系が特別にくっつくのかなあ、、、
以上。
で、本日の自由感想、山本義隆。「私の1960年代」。
本文はゴシップ趣味の対象ですが、付録に昔の山本氏の資料が少し付いていて、これがいい。あ、やっぱり山本議長だ、という感じ。ビリビリきますね。
今回、集約の言葉がわかりましたが、彼やその時代には「善悪」があるんですね。明確な善と明確な悪。まあ、私にもあるということですが。大学教授連の善のなさといったら、これは確かに生きている次元が違う。対話になるわけなんかないですやね。
そんな時代の生き残りはほんとに少ない。そのことにいいもわるいもないですが。
やはり私の好きな「知性の叛乱」は、日本が生んだ倫理学の金字塔です。
さらに、追加ながら、資料の中で
「自己の理性以外は一切を否定せよ。、、、その理性の示すところに依り、マキシマムの行動を追及する。これをアナーキーという。、、、行動に於てはアナーキーに!」。 これは山本氏21歳のビラの文言。
で、思い出したのが私の中学卒業文集の後輩への言葉。
「汝、破壊せよ。あとは自分で考えな。」
素晴らしい。とても15歳の言とは思えないアナーキー。
中学3年で清水厚夫先生という国語の先生がいて、この方に中原中也を習ったんですね。これが優等生の大きな躓き。と、他人は思っているようで、成績ガタ落ちのため母などはこの先生を恨んでおります。私にしてみればその前から勉強やめてるし、まああれやこれやおかげさまで、という話しかないのですが。
ネットだと世田谷あたりでお一方ヒットしてますが、ご当人かしら。懐かしいですね。
ではこの辺で。風邪引いて入学試験受けられなかった人も、気を落とすことはありませんよ。人間、塞翁が馬。
私の高校の1歳上の同級生は私でさえ一目おいておりましたし、私の大学になぜかいた3歳上の同学年生はみんなから尊敬されて、大企業へ就職していきました(思い出した、院に行きたいけど母子家庭だからという話)。広松渉も3歳上をうまく活用してゼミの主をしていたと書いてあります。それで名古屋大の先生になれれば十分ですね(広松も母子家庭でしたね。同学年生は優しかったから)。人間には決まった道なんかありゃあしません。