本来は9月中旬に行われる予定だった、造園学会の研究会「北海道におけるPark-PFIを展望する」が、北大農学部の教室を借りて開催されました。
都市公園では、従前より、公園管理者以外の民間事業者などが公園施設を設置して管理できる制度(設置管理許可制度)がありました。
それが、2017年6月の都市公園法改正によって、民間事業者が収益を挙げることができる公園施設の設置をさらに進めるために、「公募設置管理制度(Park-PFI)」が創設されました。
今回は、この制度の創設の中心的な役割を果たした、前国土交通省都市局公園緑地・景観課長の町田誠氏をお招きして、制度創設のねらい、思い、期待などを含めて詳しくお話していただこうというものです。
さて、町田前課長ですが、彼の大きな問題意識は、「これまで国を挙げて、自治体も一生懸命に都市公園を作ってきた。今では全国で10万カ所、12万ヘクタールもの面積になった。さて、ではこれを今後未来永劫管理していくのに、本当に税金だけでやれるのだろうか。そうはならないのではないか」ということです。
そもそも都市公園は、明治6年に新政府によって出された太政官布達によって作られることになったのですが、町田さんによるとこの布達は、「この太政官と布達いうのは、各府県の知事に対して、今まで市民が花見や憩いの地としてタダで利用できたようなところを公園にしたければ図面を添えて大蔵省に出せということ。そうすれば高外緑地として、今後も無償で使わせてやる、といって地方自治体に管理を押しつけた文書だ」というのです。
つまりは、公園は明治に誕生したときから、できるだけお金をかけずにつくったり管理したりしようとしていて、それが当たり前だったということ。
東京で言うと上野寛永寺などがそうですが、当時の東京市では、「中に料亭を建てさせてくれ」という話になりました。そして大蔵もそれでいいよ、ということで始まったので、今でも上野公園には料亭があります。
今では公園の管理と言うと、「そんなものを建ててはダメ」とか「犬を入れちゃダメ」「キャッチボールをしてはダメ」など、禁止項目ばかりが増えて融通の利かない空間のように思われてはいないか。
そしてそのために、市民から好まれないばかりか嫌われてしまって、誰も利用をしない空間になってはいないだろうか。
そしてそんな空間を、ずっと税金で管理し続けなければならないということに、市民から、首長から、世間から賛同が得られるのか。
全ての公園で、何を建てても良く、何をしても良いから、とにかく稼げ、ということにはならないだろうけれど、良く読み込めば都市公園法だって、市町村にはかなり柔軟に建物を建てたり、物販を始めかなりいろいろなことができる権限がもう与えられています。
それを上手に使って、公園をもっと利用して使い倒すようにして、利用者から好まれ愛されるような場所にする努力をもっとした方が良いのだ。
今回あえて都市公園法を改正してPark-PFIの制度を作ったというのは、それまでもできたことなのだけれども、「改めて『できるんだ』ということを喧伝する意味」と、「それを行う手続きを整理して定めた」ということに尽きるのだ、と町田さんは言います。
一方で公園を管理する担当者は、何かをすれば公平性に文句を言われ、うるさいとか臭いというクレームを受け、やろうとすることに反対をされる最前線に置かれています。
そのために、「とにかく文句を言われないことが一番だ」という消極的な態度という殻の中に閉じこもってしまって、出てこない。冒険をしようという機運もすでに失せてしまっているのだろう。
そういう今日の風潮全てを変でしょと思い、変えてゆくような流れを作って行こうよ、というそのシンボルが、今回のPark-PFI制度の本質だ、ということでした。
「今、公園を面白く使いたい、と言ってくる人に、いわゆる造園を学んだ造園人はほとんどいません。建築サイドからアプローチしてきたり、土地開発サイドから大胆な提案は数多くあるけれど、造園人こそ公園を生かせずブレーキになっているのじゃないですか」
町田さんのこの言葉を重く受け止めて、未来に向かって、公園を負の遺産にしないための努力を今の我々がやらなくてはいけない、そんな気持ちになりました。
もちろん、稼ぐとか儲けとかを考えると、北海道のような人口が少ないところは条件不利地であり、全てがそんなことになるとは思えません。
しかしまずは公園はもっと自由な発想を受け止めるだけの自由度があるのだ、ということを思い出すところから始めてはどうでしょうか。
昨夜のカラオケくらいでは声も全く枯れておらず、最初から終わりまでの町田節、楽しく聞きました。
次回の対戦は東京かな。
札幌まで来てくれてありがとうございました。