●米国等とイランの核合意
サウディアラビアとイランが断交に至ったより大きな要因は、米欧諸国とイランが核合意をしたことにある。サウディは、この合意に強い不満を持ち、独自の判断で行動した者だろう。
イラン革命後、米国と断交したイランは、米国に対抗するため、核兵器の開発を進めているとみられた。近年中東で最もアメリカが最も警戒しているのは、このイランの動きである。イランの側からすれば、核大国の米国から自国を防衛するために、抑止力としての核を持つという政策判断だろう。一方、米国は、反米的な国が核を持つことを防ぎたい。その成否は、中東だけでなく世界規模の戦略に関わる。
2002年(平成14年)に、イランの核兵器開発疑惑が発覚し、米国をはじめとする国際社会が、経済制裁措置などによってイラン封じ込めを行って来た。2008年に米国大統領となったオバマは、イランに対して「核開発疑惑には経済制裁で対処する」と発言し、ブッシュ子政権の方針を引き継いだ。そのうえ、2012年にEUがイラン産原油の禁輸措置を発動し、日本・韓国等も徐々に原油の引取量を削減していったことは、イランの国家財政に大きく響いた。イラン経済は2012年に成長率が約6%のマイナスとなるなど、疲弊してきた。
2005年(平成17年)から13年(平成25年)にかけて大統領を務めたアフマディーネジャードは、反米的な姿勢を貫いた。イランは石油輸出で得た資金をもとに、近代兵器を購入したり、核開発に取り組んだりしてきた。イランに最も多く兵器を売っているのは、中国である。またイランは同じく反米的な北朝鮮とも密接な関係にあり、中国・北朝鮮から技術支援を受けて、核開発を進めてきたとみられる。ハンチントンの予測する「儒教―イスラーム・コネクション」は、一部イランと中国・北朝鮮の間で現実になっている。中国はインドと対立関係にあるパキスタンにも核技術を提供しており、これも「儒教―イスラーム・コネクション」の一つである。
しかし、経済制裁の効果が強まるなか、2013年夏に大統領となった法学者ハサン・ロウハーニー師は、最高指導者のハーメネイーのもと、敵対関係にあった米国等との「建設的な関係」を築くことを政策に掲げた。イランを世界市場と国際社会に戻そうとするものである。一方、米国の側もイラク等の駐留経費増大等で財政に影響が出ている。他の要因も重なってデフォルト寸前になっては債務不履行の回避を繰り返しているオバマ政権は、2015年夏、イランとの関係を改善させる方向に転換した。
1979年のイラン革命後、米国はイランと国交を断交した。イランは経済制裁で窮地に追い込まれたが、ただそれだったのではない。中東で占める地政学的に重要な位置を利用し、政治外交的な力量を発揮してアラブ社会に楔を打ち込み、シーア派の諸勢力を結び、シリア戦争では最重要当事国となって、国際社会に存在感を示しもしている。
イランは、米欧の経済制裁に耐える中で、ロシアに接近した。イランにとってロシアは伝統的に敵国であり、領土を占領され、割譲してきた。だが、そのロシアと同盟関係を結ぶという戦略的な判断をした。そして、シリアのアサド政権を支援することによって、シリア内戦の最重要当事国となった。ロシアがシリア空爆に踏み切るに至って、イランにとってのロシアとの関係は、スンナ派諸国への対抗においてもまた米欧諸国への対抗においても一層重みを増すことになっている。
2015年(平成27年)7月、イランと国連安保理常任理事国の米英仏中露に独を加えた6カ国は、「包括的共同行動計画」に最終合意した。今後15年間にわたって、イランは核兵器の製造につながる濃縮ウランの製造を制限され、この点に疑念が生じた場合にはIAEA(国際原子力機関)による査察をイランは受け入れる。その見返りとして、国際社会はイランに対する経済制裁を解除するというものである。この合意は、アメリカとイランの歴史的な合意という評価がある。アメリカが30年以上、国交を断絶して強くけん制してきたイランが核兵器を手にすることをひとまず阻止できたと言えるからである。
オバマ政権はISILの掃討を最優先課題とする。課題達成にはシリアのアサド政権の退陣によるシリアの和平実現が不可欠と考え、同政権を支えるイランの協力に期待しているとみられる。だが、米国では、イランとの合意に関して、オバマ政権の融和的な姿勢に強い批判が出ている。また、最終合意がイランに一定のウラン濃縮を認めたことについて、米国と同盟関係にあるサウディアラビア、イスラエルは強く反発している。
実際、イランの核合意は、イランが核兵器を生産できる時間の可能性を2カ月あるいは3か月から1年まで引き延ばしたに過ぎない。10年後の2026年から新型の遠心分離器の開発は自由になり、15年の履行機関が終われば平和利用の名目でウラン濃縮や再処理の核技術を生かして理論的には核兵器製造が可能になる。
イランを安全保障上の脅威ととらえ、核合意に反対してきたサウディには、同盟国・米国の裏切りと映ったに違いない。また、イランと敵対するイスラエルも、イランの核兵器保有につながるとして容認できないところである。
2016年(平成28年)1月16日、イランのザリフ外相と6カ国側代表を務めるモゲリーニEU外交安全保障上級代表は、ウィーンで共同声明を発表し、最終合意の履行を宣言した。これに伴い、オバマ大統領は、イランに課していた経済制裁の一部を解除する大統領令に署名し、外国の企業・個人に対するイランとの取引制限などを解除した。EUは、イラン産原油の輸入禁止や国際送金システムからの排除といった措置を解除した。
イランのロウハーニー大統領は、「イランと世界の関係に新たな一章を開いた」と述べた。イランは約1千億ドル(約12兆円)に上る国外の凍結資産の確保や、制裁前から約6割も落ち込んだ原油輸出の拡大で、疲弊した経済の建て直しを急いでいる。制裁解除はイランの国際社会復帰となり、各国の経済関係強化の動きが加速するとみられる。
2016年2月下旬、イランで国会議員選挙が行われ、ロウハーニー大統領を支持する改革派及び穏健保守派が議会の過半数を確保した。だが、強硬保守派は、国政に強い影響力を持つ革命防衛隊や、政策が「イスラーム的価値」に合致しているかを判断する護憲評議会を掌握している。政権が改革を進めれば、強硬保守派との対立がいっそう深まる可能性は高いとみられる。
注意すべきは、今回の最終合意で、イランが核合意を守るという保証はないことである。今後、状況によっては、イランが合意を反故にして、再び核開発を進める可能性を排除できない。もしイランが核開発を進めた場合、米欧等は激しく反発するだろう。これに対し、イランがその制止に反発して強硬な姿勢を貫き、世界各国に石油を運ぶ通路であるホルムズ海峡を封鎖するという手段に出る可能性がある。わが国にとっては、シーレーンによる石油の輸送が脅かされる事態となる。国際社会が封鎖解除を図る際、その中心となるのはアメリカだろう。軍事的には、アメリカが海軍力で優勢ゆえ、比較的短期間で鎮圧される可能性が高い。だが、イランが米軍基地への報復、イスラエル本土へのミサイル攻撃、湾岸諸国の油田や製油所の爆撃・爆破等へと行動をエスカレートすると、新たな中東戦争に発展するおそれがある。
さらにシリア、トルコ等の問題が重なると、中東情勢の深刻化が第3次世界大戦の火種となることが予測される。この点は、後の項目であらためて述べることにしたい。
次回に続く。
サウディアラビアとイランが断交に至ったより大きな要因は、米欧諸国とイランが核合意をしたことにある。サウディは、この合意に強い不満を持ち、独自の判断で行動した者だろう。
イラン革命後、米国と断交したイランは、米国に対抗するため、核兵器の開発を進めているとみられた。近年中東で最もアメリカが最も警戒しているのは、このイランの動きである。イランの側からすれば、核大国の米国から自国を防衛するために、抑止力としての核を持つという政策判断だろう。一方、米国は、反米的な国が核を持つことを防ぎたい。その成否は、中東だけでなく世界規模の戦略に関わる。
2002年(平成14年)に、イランの核兵器開発疑惑が発覚し、米国をはじめとする国際社会が、経済制裁措置などによってイラン封じ込めを行って来た。2008年に米国大統領となったオバマは、イランに対して「核開発疑惑には経済制裁で対処する」と発言し、ブッシュ子政権の方針を引き継いだ。そのうえ、2012年にEUがイラン産原油の禁輸措置を発動し、日本・韓国等も徐々に原油の引取量を削減していったことは、イランの国家財政に大きく響いた。イラン経済は2012年に成長率が約6%のマイナスとなるなど、疲弊してきた。
2005年(平成17年)から13年(平成25年)にかけて大統領を務めたアフマディーネジャードは、反米的な姿勢を貫いた。イランは石油輸出で得た資金をもとに、近代兵器を購入したり、核開発に取り組んだりしてきた。イランに最も多く兵器を売っているのは、中国である。またイランは同じく反米的な北朝鮮とも密接な関係にあり、中国・北朝鮮から技術支援を受けて、核開発を進めてきたとみられる。ハンチントンの予測する「儒教―イスラーム・コネクション」は、一部イランと中国・北朝鮮の間で現実になっている。中国はインドと対立関係にあるパキスタンにも核技術を提供しており、これも「儒教―イスラーム・コネクション」の一つである。
しかし、経済制裁の効果が強まるなか、2013年夏に大統領となった法学者ハサン・ロウハーニー師は、最高指導者のハーメネイーのもと、敵対関係にあった米国等との「建設的な関係」を築くことを政策に掲げた。イランを世界市場と国際社会に戻そうとするものである。一方、米国の側もイラク等の駐留経費増大等で財政に影響が出ている。他の要因も重なってデフォルト寸前になっては債務不履行の回避を繰り返しているオバマ政権は、2015年夏、イランとの関係を改善させる方向に転換した。
1979年のイラン革命後、米国はイランと国交を断交した。イランは経済制裁で窮地に追い込まれたが、ただそれだったのではない。中東で占める地政学的に重要な位置を利用し、政治外交的な力量を発揮してアラブ社会に楔を打ち込み、シーア派の諸勢力を結び、シリア戦争では最重要当事国となって、国際社会に存在感を示しもしている。
イランは、米欧の経済制裁に耐える中で、ロシアに接近した。イランにとってロシアは伝統的に敵国であり、領土を占領され、割譲してきた。だが、そのロシアと同盟関係を結ぶという戦略的な判断をした。そして、シリアのアサド政権を支援することによって、シリア内戦の最重要当事国となった。ロシアがシリア空爆に踏み切るに至って、イランにとってのロシアとの関係は、スンナ派諸国への対抗においてもまた米欧諸国への対抗においても一層重みを増すことになっている。
2015年(平成27年)7月、イランと国連安保理常任理事国の米英仏中露に独を加えた6カ国は、「包括的共同行動計画」に最終合意した。今後15年間にわたって、イランは核兵器の製造につながる濃縮ウランの製造を制限され、この点に疑念が生じた場合にはIAEA(国際原子力機関)による査察をイランは受け入れる。その見返りとして、国際社会はイランに対する経済制裁を解除するというものである。この合意は、アメリカとイランの歴史的な合意という評価がある。アメリカが30年以上、国交を断絶して強くけん制してきたイランが核兵器を手にすることをひとまず阻止できたと言えるからである。
オバマ政権はISILの掃討を最優先課題とする。課題達成にはシリアのアサド政権の退陣によるシリアの和平実現が不可欠と考え、同政権を支えるイランの協力に期待しているとみられる。だが、米国では、イランとの合意に関して、オバマ政権の融和的な姿勢に強い批判が出ている。また、最終合意がイランに一定のウラン濃縮を認めたことについて、米国と同盟関係にあるサウディアラビア、イスラエルは強く反発している。
実際、イランの核合意は、イランが核兵器を生産できる時間の可能性を2カ月あるいは3か月から1年まで引き延ばしたに過ぎない。10年後の2026年から新型の遠心分離器の開発は自由になり、15年の履行機関が終われば平和利用の名目でウラン濃縮や再処理の核技術を生かして理論的には核兵器製造が可能になる。
イランを安全保障上の脅威ととらえ、核合意に反対してきたサウディには、同盟国・米国の裏切りと映ったに違いない。また、イランと敵対するイスラエルも、イランの核兵器保有につながるとして容認できないところである。
2016年(平成28年)1月16日、イランのザリフ外相と6カ国側代表を務めるモゲリーニEU外交安全保障上級代表は、ウィーンで共同声明を発表し、最終合意の履行を宣言した。これに伴い、オバマ大統領は、イランに課していた経済制裁の一部を解除する大統領令に署名し、外国の企業・個人に対するイランとの取引制限などを解除した。EUは、イラン産原油の輸入禁止や国際送金システムからの排除といった措置を解除した。
イランのロウハーニー大統領は、「イランと世界の関係に新たな一章を開いた」と述べた。イランは約1千億ドル(約12兆円)に上る国外の凍結資産の確保や、制裁前から約6割も落ち込んだ原油輸出の拡大で、疲弊した経済の建て直しを急いでいる。制裁解除はイランの国際社会復帰となり、各国の経済関係強化の動きが加速するとみられる。
2016年2月下旬、イランで国会議員選挙が行われ、ロウハーニー大統領を支持する改革派及び穏健保守派が議会の過半数を確保した。だが、強硬保守派は、国政に強い影響力を持つ革命防衛隊や、政策が「イスラーム的価値」に合致しているかを判断する護憲評議会を掌握している。政権が改革を進めれば、強硬保守派との対立がいっそう深まる可能性は高いとみられる。
注意すべきは、今回の最終合意で、イランが核合意を守るという保証はないことである。今後、状況によっては、イランが合意を反故にして、再び核開発を進める可能性を排除できない。もしイランが核開発を進めた場合、米欧等は激しく反発するだろう。これに対し、イランがその制止に反発して強硬な姿勢を貫き、世界各国に石油を運ぶ通路であるホルムズ海峡を封鎖するという手段に出る可能性がある。わが国にとっては、シーレーンによる石油の輸送が脅かされる事態となる。国際社会が封鎖解除を図る際、その中心となるのはアメリカだろう。軍事的には、アメリカが海軍力で優勢ゆえ、比較的短期間で鎮圧される可能性が高い。だが、イランが米軍基地への報復、イスラエル本土へのミサイル攻撃、湾岸諸国の油田や製油所の爆撃・爆破等へと行動をエスカレートすると、新たな中東戦争に発展するおそれがある。
さらにシリア、トルコ等の問題が重なると、中東情勢の深刻化が第3次世界大戦の火種となることが予測される。この点は、後の項目であらためて述べることにしたい。
次回に続く。