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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(16)

16.

 都市部から県境の山間の工業団地まで延びる、産業用に整備された片側二車線の地域幹線道路を、一台の平積み四トントラックが走っていた。快晴の夏空の下、トラック平ボディーの荷台にはビル解体後に出た古材の鉄筋であろう、長く錆びた鉄材が山積みにされて何本かのワイヤーで縛られていた。

 高速道路並みに幅広の整備された道路は、スピードを出したトラックやバンなどが、混雑なぞ微塵もなく滑らかに流れていた。古鉄材を積んで走るトラックも一般道の制限速度を越えているであろうスピードで軽やかに走っている。よく見ると平ボディーの荷台には、積荷の鉄材の上に二つの小さな何かが乗っている。スピードを出して走っているので強風に抵抗して積荷にへばりつくように乗っている。

 トラックの荷台に乗っている小さなものは、二匹の犬だった。一匹は茶色い中型犬、一匹は白色の大型犬のようだ。強風に晒される荷台の上で白い方の犬がすくっと立った。前足はしっかりと鉄材を括るワイヤーを掴んでいる。

 「おい、この辺じゃねえか?」

 「ああ、そうだな」

 白い方に応えるように茶色い中型犬が立った。やはり前足でワイヤーを掴んでいる。茶色い犬は鉄材を括る二番目のワイヤーに、白い大型犬は荷台後部のワイヤーに足を掛けて風に吹き飛ばされないように立っている。

 「この辺で降りるか」

 白い犬が茶色い犬の方を見た。応えるように茶色い犬がトラックの荷台から飛んだ。一瞬遅れて大型犬の方も飛んだ。二匹は広い道路の脇に着地した。白い犬が茶色い犬の方に歩み寄る。

 二匹が道路脇に並んだ。道路は山間部を切り開いて作られていて、四車線道路の両側は山々であり深い緑に覆われている。

 「この辺からだな。登ろう」

 白い犬が頷いた。

 二匹の犬は姿形は紛れもない犬そのものである。頭部の口腔部や喉元に人間のような複雑な発声器官は持たない。他の犬たち動揺、吠えることしかできない。だが、この二匹はお互いに交信して会話をしている。二匹はいわゆるテレパシーのような力で、お互いの脳に語り掛けて会話しているのだ。

 高速道路片側の山間部斜面の低面に張ってある、補強コンクリートブロック面は木々の生える山肌まで数メートルの高さはあるが、二匹の犬は軽くひと跳びでコンクリートブロック面の一番上に着地した。二匹はそこから山肌の森の中へ入って行った。

 二匹は山肌の草木を掻き分けて登って行く。

 「ジャック、たくさんの犬の気配だ」

 「ああ」

 茶色い中型犬が白い大型犬に話し掛け、大型犬が相槌を打つ。勿論、これは音声に寄る言葉ではない。互いの脳に直接話し掛ける、いわゆるテレパシーだ。

 二匹の犬は草木を掻き分け掻き分け、深い森の中を登って行く。

 「随分たくさんの犬が集まってるな」

 白い大型犬、ジャックが言った。しかし二匹の周囲には犬の群れなぞ見えない。気配を感じているのだろう。

 「おそらく、あちこちから犬を呼び寄せて土を掘らせてるんだろう」 

 「ハチ、俺たちが来ることもなかったんじゃないか?」

 「いや、普通の犬を何匹集めようがせいぜい埋められた穴を掘り起こすのが関の山だ。ジャック、最後まで助けてやろうぜ」

 二匹は森の中を進む。やがて犬の群れの息遣いや唸り声、吠える声が聞こえて来た。

 木々に囲まれた中、十数匹の犬がせわしなく動いて穴を掘っている。木々の間に大きな穴が開いている。大きな穴を取り囲んで犬たちは各々前足を懸命に動かして穴を掘っていた。十数匹で掘る穴は直径が二メートルくらいあり、深さも中心部は一メートル以上は掘られているようだ。

 一心不乱状態で穴を掘り、土をそれぞれの後方へ跳ね上げていた、十数匹の犬たちが一斉に動作を止めた。犬たちが振り返り、後方を見た。それまで息遣いも荒く、唸り声を上げていた犬たちはピタリと静かになり、全員で一方向を見つめる。

 穴の直ぐ近くまでジャックとハチが来ていた。白い大型犬と茶色い中型犬の二匹を認めた、十数匹の犬たちは黙って穴から上がり、まるでジャックとハチの前で整列するように、穴の奥側の淵に並んだ。犬たちは小さな鳴き声一つ立てず、じっとしたままだ。

 十数匹は大型犬や中型犬、小型犬も含め、白っぽい色や黒色、茶色、グレイと、いろんな犬が居る。首輪をしていて飼い犬然としたもの、毛並みが荒く汚れて首輪のない、明らかに野良犬と解るもの、中には首輪からリードを垂らしたままの犬も居る。

 ジャックとハチが進み来て、二匹一緒にピョンと穴の底に降りた。今まで一心不乱に穴を掘り続けていた十数匹の犬たちは、穴の淵から静かにして穴の底を見下ろしている。ジャックとハチがおもむろに前足で穴を掘り始めた。

 と見るや否や、猛スピードで穴の土を掻き始めた。二匹の犬の土を掻く前足の回転速度はとても普通の犬のそれではなかった。おそらく通常の犬の倍以上、いやもっと凄い回転速度で土を掘り起こしている。二匹の犬はこまめに動き、穴の底を均等に平たく掘り進んで行く。掘り上げた土がどんどん上へ舞い上がる。淵に整列然と並んでいた犬たちも、舞い上がって来る大量の土を避けて後退していた。

 二匹の犬はものの数分で、穴の底を平たく五十センチばかり深く掘り上げていた。二匹の犬の動きがピタリと止まった。ハチが前足の片方でトントンと穴の底の中心部を叩いた。そしてハチが底の端の方へ移動すると、ジャックがジャンプして、ビュンっと自分の身体を舞い上がらせた。ジャックの身体が穴の上方二メートル近くまで上がると、そこから体勢を変え、両前足を突き出して、頭から穴の底へと落下して行った。

 バリンッ!と木箱の割れる音がした。割れた木箱の上の土をジャックとハチが前足を使って払う。木箱は天板以外は周囲の土に埋もれたままだ。木箱の割れた天板は、ジャックとハチが口で咬んで引き上げ、剥がして行った。

 中から裸の人間が現れた。箱の中で体育座り状態で眠っている。猫背の肩に首は前に折れ、両腕は脇でだらんと下がっている。全身に力がない。意識はないようだ。この木箱は昔の立て棺そのもので、見た限りは、遺体を裸で棺に納めて土中に埋めている状態だ。

 上の天板をきれいに剥がしたジャックとハチは木箱の両端から、二匹で裸の死体然となっている人間の肩を各々で咬んで、同時に引き上げた。二匹の犬の力は相当強く、簡単に裸の人間はずるずると引っ張られ、掘った穴の壁面に寝かされた。

 人間は全身素っ裸で、胸のあたりにどす黒い小さな穴が開き、その周りが膿んだように赤黒く盛り上がっていた。死んでいるのか意識はなく、顔色も悪い。仮に死体だとしたら腐敗はしていない。埋められてまだ新しいのか?

 髪は乱れてはいるが普段は整髪されているであろう状態で、体形は少々小太りぎみなアジア人の男性であり、柔和な顔は、血の気が薄く青味掛かって色は悪いが、死体というよりは眠っているようにも見える。

 「生きてるようだな」

 「ああ」

 「どうする?このまま持って帰るか」

 「じじごろうさんなら、元に戻せるかも」

 「じじごろうにはそんな力があるのか?」

 「解らないけど、あの人の力は未知だからね。何しろ、こいつは死んだ訳じゃないんだし」

 二匹の犬は裸の男の両脇で会話を交わす。無論、この会話はお互いの脳の交信であって、音声では発していない。

  「あの胸の穴は撃たれたんだろうな。まだ弾が残っているんだろう」

 「こいつが意識を失うほどだ。普通の弾じゃあるまい。おそらくは銀の弾丸」

 「俺たちで取り出せるか?」

 「俺たちは犬だ。犬の足先や口ではいかんともしがたい」

 「人間の手を借りなきゃ駄目か」

 「とりあえず、引っ張り上げて犬たちにでも運ばせて、下の道路まで持って行くか」

 「トラックの荷台に乗せて公園に持って帰るか」

 「いや、何処かの病院の玄関前にでも捨て置けば、人間の医者がこいつの弾を取り出すだろう。今のこいつは普通の人間の身体してるんだし」

 「それもありだな。この男は銀の弾丸さえ抜き出せば回復するのかも知れん」

 ジャックが何かに反応したようにピクリと顔を上げ、穴の上の向こうを見た。

 「誰か来るぞ」

 「ああ」

 ハチも顔を上げ、ジャックと同じ方向を見ている。

 「人間だな。猟師か?山の管理人か?」

 ハチは応えずに穴の上の向こうを見たままだ。

 穴の上の端に群れている犬たちが吠え始めた。

 ジャックとハチが同時にピョンと輕やかに穴の上に上がった。吠える犬たち、ジャックとハチの視線の先は、うっそうと繁る木々ばかりで何も見えない。ハチがポツリと言った。

 「人間という訳でもなさそうだな」

 吠えていた犬たちの鳴き声が唸り声に変わった。林の向こうの見えない者に敵対心を感じているようだ。

 「人間じゃないんなら、ここは俺に任せとけ」

 ジャックが戦闘体勢に入るように幾分背を沈めた。

 「待て、ジャック。人間ではないが、殺気や敵意みたいなものを感じられない」

 ハチがジャックを制するように前に出る。犬たちが唸るのをやめている。勿論、一匹も吠えていない。ハチ、ジャック、犬たちがじっと前方の林を見ている。すると草むらを踏んで歩く足音が聞こえて来た。明らかに人間の歩く足音だ。

 木々の間から大きな男が現れた。白いワイシャツ姿で小型のアタッシュケースのような鞄を提げ、片方の手でタオルで顔の汗を拭いている。犬たちは吠えも唸りもしない。サングラスを掛けて、短めに刈って六四に分けた髪と、高い鼻の下に蓄えた髭は銀色だ。大きな男は白人だった。

 大柄な白人が二匹の犬、ジャックとハチに近付いて来た。

 「これはこれはジャックさんとハチさん。お初にお目に掛かれて光栄です。お噂は昔から聞いております」

 白人は頭を下げながら、二匹の犬に向かって丁重に挨拶をした。喋ったのは流暢な日本語だ。

 「誰だ、おまえは?何の用だ?」

 ジャックがぞんざいに問い掛ける。勿論、人間の声帯を持たないジャックは、白人の頭の中に直接話し掛けている。白人が口を開こうとする前に、ハチがジャックに語った。

 「俺はこの男を知っている。こいつもヒトオオカミだ。穴の淵で眠っている奴と違い、こいつはヨーロッパ系のヒトオオカミだ」

 ジャックが思わずハチの方を見た。ハチが続ける。

 「犬たちが吠えるのをやめたのは、あんたが犬たちをコントロールしたのか?」

 ハチの投げ掛ける言葉は、ジャックとヨーロッパ系のヒトオオカミと呼ばれた白人の頭の中に届いている。

 「はい。犬も我々の仲間ですからな」

 「ヨーロッパのヒトオオカミが何しに来た?」

 ジャックが問い掛けた。それにはハチが応える。

 「多分、狼病が理由だろう」

 「するとおまえも、あの蛇姫とか何とかいう、大蛇の化け物退治に来たのか?」

 ジャックは白人に問うている。犬たちは大きな穴の向こう側の淵におとなしく並んだままだ。

 サングラスの白人は静かに答えた。

 「私は医師でして。あの蛇の化け物女がばら蒔いてる狼病とは、昔から東ヨーロッパに伝わる風土病で、原因は狼病ウイルスです。私は医師として長年、狼病の研究を続けて来た」

 「するとあんたはその狼病の治療方を開発したと言う訳か?」

 ハチが訊いた。

 「そう。私の目的は狼病の根絶だ。まぁ、狼病ウイルスをばら蒔き続ける蛇女も許しませんが」

 サングラスに、整髪した銀色の髪と口髭のダンディーな白人は、話し続ける。

 「だいたい、東ヨーロッパの風土病に“狼病”などと言った病名を着けられていることが迷惑しているのだ。狼病なんて呼ばれているが、我々狼族とは何の関係もない。だからこそ、そんな我々とは何の縁もないウイルス病はなくしてしまいたいし、またその病気をあちこちに蔓延させようとする、蛇女は退治したい」

 自らを医師と名のる白人は熱弁を奮う。

 この図は、誰か第三者が見れば異常な光景だろう。前方に二匹の犬が並び、大きな穴を挟んで後方には、十数匹の犬たちが行儀良く整列するように並んでいる。その多数の犬たちに向かって、一人の大柄な白人が、ワイシャツ姿で熱弁を奮っているのだ。ジャックとハチが白人と会話していると言っても、ジャックとハチはいわゆるテレパシーのような能力で、脳に直接語り掛けていて音声としては出ていない。つまり、この光景は第三者から見れば、多数の犬に向かって人間が、独り言で熱く語っているように見える。

 白人医師の話が一区切り着いたところでハチが訊いた。

 「で、あんたが医者なら、こっちの狼男は治せるのか」

 ジャックも同様な問いであり、白人医師を見た。

 「我々ヒトオオカミの唯一と言っていい弱点は銀の弾丸です。幸いにも、そこのヒトオオカミは死んではいない。心臓をほんの少しだけ外れている」

 「狼男も、銀の弾丸の当たりどころに依っては死んでしまうのか?」

 ジャックが訊いた。

 「はい。銀の弾丸が急所に命中すれば我々だって死ぬ。まぁ、直ぐに抜き出して血止めすればあるいは助かることもあるでしょうが…」

 話しながら前に出て来た白人医師は、穴の淵で腰を落として膝を着き、手にしている鞄を地面に起いて穴の中を覗いた。穴の向こう側の淵に整列する犬たちがザワザワする。だが吠え出したりはしない。

 白人医師は、穴の淵下のすり鉢状の斜面に横たわる、裸のアジア人の身体を淵上まで引き上げた。素っ裸の意識のない男を前に、白人は小ぶりのアタッシュケースを開いた。中からガーゼを取り出すと、小瓶の液を振り掛けた。消毒液のようだ。

 白人医師は裸の男の胸の傷をぞんざいに拭く。眠っている男の反応はない。

 「ヒトオオカミの生命力や免疫力は並たいていのものではない。傷口だからって別に消毒しなくともいいんだが。まぁ、私は医師だし、一応ね」

 誰に語り掛けるでもなく白人医師が喋る。鞄から食事用のナイフのようなメスを取り出した。

 「さてと…。肋骨が邪魔だから肋骨を切らないと駄目だな」

 白人医師は裸のアジア人の片胸の皮膚を切ってベロンと剥がすと、鞄から別のメスを取り出した。今度のはメスの刃がノコギリのようにギザギザになっている。

 「おい。こいつは生きてるんだろ?」

 ジャックが白人医師に訊いた。勿論、テレパシーのような力だ。白人医師が顔をひねってジャックの方を見て応える。

 「生きてます。生きてはいますが、銀の弾丸の力で生命反応が弱くなってる。弾さえ取り除けば、かなり元気が戻って来るんでしょうが」

 「身体を切られてこいつは痛くないのか?」

 「痛みを感じるほどの意識もない。銀の弾丸を入れたまま半月以上放っておくと、あるいは全身腐って行くのかも知れませんな」

 ハチがふと気が付いたように訊いた。

 「満月のパワーはどうなんだ?狼男は、満月の夜には何倍もパワーが増幅するだろう」

 「勿論、我々ヒトオオカミに取って満月の力は絶大です。しかしこの男は棺桶に入れられて土中に埋められてましたからね。満月の力もどの程度届くことやら。銀の弾丸の力を覆すことなぞ無理な話でしょう」

 喋っている間にも白人医師は手を休めず、テキパキと胸部の外科手術を進めて行った。無駄な動きや逡巡する隙がなく、とにかく速い。外科医としては相当優秀な腕を持っているのだろう。

 その内、白人医師は傷の穴から、ピンセットで何か血まみれの塊を摘まみ上げた。

 「この男の血でどす黒いが、これが銀の弾です。これさえ取り除けば、こいつは元々不死身だ。その内元気を取り戻すでしょう」

 白人医師が、ピンセットの銀の弾丸をガーゼで包んで鞄に入れた。消毒液の入った小瓶を取ると蓋を開け、そのまま胸の傷穴に液体を流し込んだ。

 意識の全くなかった裸の男が顔をしかめた。だが声を出すまではなかった。

 「生き返ったのか?」

 ジャックが訊く。

 「はい。元々生きてはいますが、銀の弾丸を取り除いたことで、銀の弾の効果から開放され、少し元気が出て来たのでしょう。会話をするにはもう少し回復が必要ですな」

 白人医師は傷口を縫って、剥がした皮膚を張り付けて消毒し、ガーゼを宛ててテープで固定した。

 「まぁ、この男の生命力なら、傷口の縫合や消毒なぞ要らないのでしょうが、私は医者なので一応」

 白人医師が立ち上がった。仕事を終えたので帰るような雰囲気だ。

 「あんたは、このアジア系のヒトオオカミが傷着いてるのを察知して、この山奥まで来たのか?」

 ハチが訊いた。

 「まぁ、同じヒトオオカミの一族ではありますからな。出身地は違いますが」

 膝を着いた折りに泥の着いたズボンの膝を払い、鞄を持ち上げた。

 「私は、高名なジャックさんとハチさんにお会いすることができて、とても光栄に思っております。できれば噂だけは耳にしたことのある、じじごろうさんというご老体にもお会いしたい。でも今日はこれから街まで行きます。狼病に掛かった人間が何人も居るようですからね。ではジャックさんハチさん、また改めて」

 白人医師は二匹の犬に向かってペコリと頭を下げ、山を降りるために元来た道を戻ろうと踵を返した。

 「おい。こいつは裸のままここに放っておいていいのか?」

 「ヒトオオカミは不死身です。大丈夫」

 「裸で置いたままで、猪とか鹿とか、他の獣や虫とか鳥に、喰い、つつかれたりしねえか?手足とかチンチンとかよう」

 「大丈夫。眠っていてももう、基本的なヒトオオカミの力はある。そういうものは寄せ着けないでしょう」

 今度はハチが訊く。

 「ヨーロッパの銀色狼さん。あんたの名前は?」

 「私は、人間の姿で居るときは何世紀もずっと、ロバート·シルバーウルフという名の医者です」

 白人医師·ロバート·シルバーウルフは踵を返し終えて、ジャックとハチに背中を向けたまま後ろを振り返る顔を、コクリと下げながら「では」と一言行って、山を降りるため、林へと草むらの道を歩いて行った。

 大きな穴の向こう側の淵に、整列するように並んだ十数匹の犬たちも、解放されたように各々動き始め、いっせいに山を降りる道をぞろぞろ進み始めた。十数匹の犬たち、それぞれの本来の棲みかへと帰って行くのであろう。

 犬たちが林の中へと消えて行った後、ジャックとハチもおもむろに動き始めた。

 「ジャック、僕たちも帰ろう」

 「ああ。しかし、この素っ裸のオッサンは本当にほったらかしたままで大丈夫なのか?」

 「同じ種族のシルバーウルフが大丈夫だと言うんだから心配ないんだろう」

 「そうだな。それにしてもよく寝てやがる」

 「こうしてても、こいつは動かないだけで意識はあるんだろう」

 どちらからともなく、二匹の犬は山を降りる草むらの道を、林の方へと進み始めた。まだ日は高い。

 山林の中の小高い山の頂上付近、森の中にポカッと開いたように小さく広がった草むらに、大きな穴が掘られていて、その穴の脇に素っ裸の男性が一人、まるで遺棄された死体のように転がされている。他に、森林に人影なぞなく、動物の影も見えず、ただ、蝉の鳴き声と時折野鳥の鳴き声が響く。

 

※『狼病編・・16』はこれで終わります。次回『狼病編・・17』へ続く。 

 

◆狼病編..(14)2017-02/24

◆狼病編..(15)2018-02/28

◆狼病編..(9α)2013-04/09

◆狼病編..(1)2012-08/18

◆じじごろう伝Ⅰ 長いプロローグ編..(1)2012-01/01

◆2013-05/28 長いプロローグ編~狼病編・・登場人物一覧

 

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