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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(9)α

9.

 住宅地の中に立つ、二階建てのアパートは、細長い直方体の白っぽいビルで、側面上部に“サンライズ・コーポB棟”と黒く銘打たれていた。一階二階にそれぞれ五室づつ部屋があり、ビルの片側に二階へ登る外階段が着いている。二階の一番端の部屋が、“ワカト健康機器産業株式会社”に勤める会社員、藤村敏数の住まいだった。このアパートは全室が同じタイプの2LDKで、ドアを入ると板張りのダイニングキッチンがあり、奥は六畳と四畳半の和室になっている。キッチンの流しの前では、今、エプロン姿の女性がまな板で包丁を使い、何やら野菜などを切っていた。

 「俺も何か、手伝おうか?」

 女性の背後から、敏数が声を掛けた。流しの前に立つ女性が、振り返った。

 「ううん、いいの。敏数クンはそこで、ビールでも飲んで待ってて」

 女性が返事をした。若い女性としては中背で、濃い茶色のミドルヘアをウェーブを掛けてふわりとさせ、髪に包まれた小顔が目立ち、笑顔が可愛い印象の有馬悦子は、また前を向くと、包丁を使うことに勤しんだ。膝まである水色のエプロンの下は、ノースリーブのピンク色のロングシャツに紺色のショートパンツ姿だ。藤村敏数は落ち着かない様子で、エアコンのよく効いた居間に戻って、テーブルの前に座った。テーブルは、冬は暖を取っている、一人用の小さな電気炬燵の兼用だ。敏数はグレイのTシャツに短パンという、ラフな格好だった。

 「敏数クン、テレビでも見てたら」

 有馬悦子の一言に促されて、「うん」と返事をした敏数は、何気なくテレビを点けた。テレビでは、夕方のニュースをやっていた。地方のニュースのコーナーで、二日前の未明に、中央駅近くになる歓楽街路上にて、老婦人が野犬に咬まれる事故があったが、未だ、野犬が発見されていないことを伝えていた。被害者の72歳の女性、杉山孝子さんは、一度は意識を回復したが、現在はまた意識不明の状態が続いている、と男性アナウンサーが語っていた。

 「おタカ婆さん、杉山孝子っていうのか‥」

 敏数は“おタカ婆さん”が、72歳の年齢になると知って驚き、つい独り言が口をついて出た。敏数の驚きとは、“おタカ婆さん”が72歳という年齢で、まだその道で現役で、客を取ろうとしていることに対しての驚きだ。

 「どうしたの?」

 いつの間にか、有馬悦子が傍に来ていて、敏数の前の炬燵の天板の上に、缶ビールとドライフルーツの盛られたガラス皿を置いた。驚き顔をしたままの敏数を、悦子が不思議そうな顔をして見ていた。

 「え? いや‥、何でもないよ」

 突然訊かれたので、敏数は慌てて応えた。コトが“おタカ婆さん”などという、タマには街娼もやるという老ポン引きに関するニュースなので、敏数は焦って、話を誤魔化そうとした。敏数も以前は、同僚の中村達男と共に歓楽街で遊んだ口だ。

 「僕の職場の近くの、歓楽街での事件らしいんで‥。事件というのか、事故というのか」

 悦子がテレビ画面を覗いた時にはもう、画面の中は天気予報に変わっていて、女性の気象予報士が、天気図を指して何事か解説をしていた。悦子はすぐに、敏数の方を向いて、可愛い顔をしかめて、言った。

 「いやーね。仕事場から歓楽街が近いだなんて‥」

 「あはは‥。まあ、僕はあんな場所、行かないけどね。ところで、君はビールを飲まないの?」

 敏数は咄嗟に、話題を変えた。

 「うん。私はまだ、料理があるからね。今日は私、腕に寄りを掛けて頑張っちゃうから。敏数クンはそこ座って、ゆっくりくつろいで待ってて。ちょっと時間掛かりそうだからね。言ってくれたら、ビールもう一本持ってくし、おつまみ何か欲しかったら、ウインナとか何か、炒めものでも作ってもいいよ」

 そう言って、悦子は席を立ち、また台所へと向かった。有馬悦子は保育園に勤める保育士で、七歳くらいは年上の敏数を「クン付け」で呼んでいた。キッチンに戻る悦子の背中に、敏数が声を掛ける。

 「いいよ、いいよ。このナッツもうまいし」

 「それ、ナッツじゃないのよ。ドライフルーツの盛り合わせよ。ひょっとしたら、中にナッツも入ってるかも知れないけど‥」

 悦子がキッチンに戻ってまな板に向かい、包丁を手に取り、また調理作業に精を出し始めていると、突然、ピンポーンとドアチャイムが鳴った。悦子が振り返り、敏数の顔を見た。

 「今頃、誰だろう?」

 敏数は、宅配かあるいは新聞購読の押し掛けセールスかと思ったが、恋人である悦子の前で、ドアの覗き穴の魚眼レンズから外を窺うのは、ちょっと格好悪いという気がして、直接ドアを開けることにした。

 「ああっ!」

 思わず、敏数は声を上げて、驚いた。目の前に立つのは何と、城山まるみだった。前の職場での恋人だった、城山まるみが今、敏数の眼前に立っている。敏数は慌ててサンダル掛けでドアの外まで出て、悦子の視界に城山まるみが入らないように、後ろ手でドアをガチャリと閉めた。

 「困るよ、まるみちゃん‥」

 そう、できるだけ小声で言って、敏数は、城山まるみの様子が尋常ではない、と気付いた。黙って無表情で立っている、まるみの両目が、白目まで全部充血して真っ赤だ。怒っているというふうでもない、いったい今、どういう感情で居るのかも掴めない。ただ、かつて知っていたまるみとは、様子が全然違う。敏数は次の言葉が出ずに、ゴクリと唾を飲んで、呆然とまるみを見ていた。城山まるみは、二階の外付け通路に突っ立って、無表情のまま、真っ赤な両目で敏数を凝っと見ていた。敏数は、ハッと我を取り戻し、何とか、次の言葉を考えて、まるみに話し掛けた。

 「来るんならさあ、電話くらいして来てくれないと、困るよ。まるみちゃん。俺の方にも都合があるし‥」

 藤村敏数の顔を、凝っと見ていた城山まるみの表情が、微かに笑ったように見えた。すると、敏数を見詰めたままで、まるみの口がゆっくりと開いて行った。開きゆくまるみの口の中の、両端の犬歯が異常に長く、伸びているのが目に入った。両目が真っ赤に充血し、大きく開けた口に、まるで獣のような二本の犬歯が覗く、異様なまるみの相貌に、敏数は驚きと共に恐怖心を覚えた。一瞬、恐怖で、敏数の全身が硬直した。

 「敏数クン。誰なの?」

 閉められていたドアが、いきなり開かれ、問い掛けの言葉を発しながら、有馬悦子が顔を出した。最初に、敏数の横顔が目に入り、次に直ぐ、城山まるみの異様な相貌が目に入って来て、驚きと共に感じた恐怖心で、悦子は短い悲鳴を上げた。

 「ヒッ‥!」

 城山まるみは両手を上げて、敏数に、今にも掴み掛からんばかりの態勢を取っていたが、悦子の声に反応して、大きな口を開いたまま、ゆっくり顔を回して、ドア口に顔を覗かせた有馬悦子を、真っ赤な両目でギロリと見詰めた。現れた悦子を真っ赤な目で睨むまるみは、大きく開けていた口を、一度、閉じた。ニヤリと、不気味に笑ったように見えた。微笑気味になって、閉じきってはいない口からは、長い犬歯が覗く。強い恐怖感に慄く悦子は、直ぐさま、部屋の中へ引っ込んだ。

 まるみは大きく一歩、前へ踏み出て、開いたままのドアの端を掴んだ。悦子の身に危険を感じた敏数が、咄嗟にドアを閉めようとした。しかし、まるみの腕力は信じられないくらい強かった。態勢を変えた敏数が、両手でドアを閉めようと、体重まで掛けてドアを強く押したが、女の細腕一本で、掴まれたドアがびくともしない。もう一歩踏み出した、まるみの力でドアは大きく開かれ、体重を掛けてドアを閉めようとする敏数は、踏ん張る両足の摩擦がまるで功を成さず、身体ごと後退させられた。まるみがズイと、部屋の中へ入って行く。玄関を抜け、上がり口まで入ったまるみの背後から、敏数が両肩を掴み、それ以上、部屋の中には入れまいと力を入れる。上背のある敏数が、両腕に力を入れて引っ張り、小柄なまるみは一瞬は、後方へ身体を反らせたが、振り返って片手で、敏数の胸を押した。女性の華奢な片手で、軽く押された敏数の身体は、後ろへ吹っ飛んでしまい、二階通路の鉄柵にぶち当たった。通路に尻餅を着いて、敏数は呻いた。

 有馬悦子はダイニングを抜けて、六畳の座敷まで逃げ込んでいた。悦子を追う城山まるみは、土足のままゆっくり、ジワジワと悦子に迫って行く。悦子はついに、奥の四畳半間に逃げ込み、この部屋のガラス戸にまで追い詰められた。迫り来るまるみが、得体の知れない怪物に見え、悦子は絶叫して助けを呼んだ。

 「来ないでーっ! 誰か助けてーっ!」

 目の前に、真っ赤な両目をした怪物が、仁王立ちで構え、時折口端に二本の牙を覗かせ、両手をジワジワと上げて、悦子に今正に、襲い掛かる態勢を取ろうとしている。まるみの口が大きく開いて、口の両端の野獣の牙のような、異様に長い犬歯が、剥き出しで現れた。恐怖に戦慄する有馬悦子は、まるみの口の上顎から生えた二本の牙を見て、「吸血鬼だ!」と思った。ガクガク震えながらも後ろ手で、ガラス戸のクレセント錠の小さなレバーを手探りする。悦子はもう、クシャクシャの泣き顔で、全身震えていた。

 「助けて‥」

 今にも掴み掛かろうと襲い来る怪物、まるみに対して、無駄だと思いつつ、泣き声で懇願した。正にその時、ガツンという鈍い音と共に、眼前のまるみが俯いてよろけた。悦子の目の前に、長い黒髪と宙を掴もうと探る、まるみの両手が泳いでいる。まるみの背後に、敏数が見えた。敏数は、一振りしたばかりのゴルフのアイアンを、下に構えて、荒い息を吐いていた。

 敏数も、この、常識では考えられないような事態に、頭を混乱させながらも、とにかく恋人・悦子を救わねばと、血相を変えて立っていた。敏数は自分でも自然と、両足が震えているのが解る。号泣して身震いしたまま動けない悦子を見定めると、ゴルフクラブを横に放り出し、片手を伸ばし、悦子の手を取って引いた。まるみは俯いて、前屈みの状態でヨロヨロとしながら、前に伸ばした両手を、宙を探るように泳がせている。敏数は、後ろから頭部をゴルフアイアンで殴り付けるという衝撃を与えて、その衝撃にも失神どころか倒れもしない、まるみの姿をした怪物に驚きながら、無我夢中で悦子の手を引いて、六畳間へと退がった。まるみの方は、ヨロヨロとふらつき、膝を折って畳に手を衝いた。

 敏数が悦子の腕を引いて、ダッシュを掛けた。すると、二人の腕が一直線に、ビンと張って延びきった。うつ伏せに倒れたまるみが、悦子の後ろ足の、足首を掴んでいた。悦子が膝を突き、カーペットの上に倒れ込んだ。敏数の腕が離れた。中腰にまで起き上がったまるみは、倒れ込み姿勢の悦子の背中に、ガバと組み付いた。まるでレスリングで、バックを取った時のような体勢だ。悦子は泣き声で、また絶叫する。片手を精一杯伸ばして、宙を掻き、敏数の名を呼んだ。敏数はキッチンへ走り、流し台に出ていた手鍋の柄を掴んで、悦子のもとへ戻って来た。完全にうつ伏せに寝た状態で、両手で宙を掻き、必死でもがく悦子に覆い被さり、まるみの怪物は、またも大きく口を開け、二本の牙を見せて、今正に悦子の首筋に、噛み付こうとしていた。

 片手を振り上げ、敏数は、思いきり鍋の底で、まるみの頭部を叩いた。衝撃に一度は、まるみの動きも止まったが、たいしたダメージも無さそうに、無表情だ。敏数が続けて、力一杯、何度も手鍋を降り下ろし、鍋の底が変形するほど叩くが、ついに、まるみの怪物は、悦子の首筋に噛み付いてしまった。悦子の一際大きな絶叫。その声は、女性の上げる叫びというよりも、まるで獣の咆哮のようで、長々と尾を引いた。敏数はこの時点で、悦子が「殺された!」と思った。

 敏数はこの状況でもう、自分にはどうすることもできない、と自分の無力を確信した。底のいびつに潰れた、手鍋を持った手をだらりと下げて、重なって、うつ伏せに寝る二人の女を、呆然と上から見下ろしていた。重なる頭部はどちらも、ただ髪の毛しか見えず、表情など全く解らない。下の悦子はもう、叫ぶのを止めて、されるがままだ。悦子の頭部の下のカーペットの上に、小さな血溜まりができている。上に被さったまるみは、どうやら噛み付いた頸動脈から吹き出る血を、ゴクゴク飲んでいるようだ。敏数は随分長い間、この、新旧二人の恋人の惨状を見下ろしていたようだったが、それは、ほんの数秒くらいの僅かな間だった。

 化け物と化したまるみが、悦子の血を吸い終えたら、次は自分の番だ! そう気付いた敏数は、全身が凍りつくような恐怖感を覚えた。敏数は底の潰れた手鍋を放り出して、部屋の出口へ向かって、全力で駆け出した。携帯電話のことなども考えずに、一目散に逃げ出した。あれは、まるみではない。あれは、吸血鬼かゾンビのような怪物だ。悦子はもう、助からない。とにかく警察だ。急いで、拳銃を持っている、警察官のもとへ行くのだ。敏数は慌ててサンダルを突っ掛け、アパート二階通路へと出た。

 外には、誰も居ない。このアパートは全室2LDKだが、割合、独身者が多く、所帯で入っていても子供の居ない若夫婦だ。夕方の時間でまだ、勤めから帰って来てない入居者が多いのだろう、アパート住人には出会わなかった。敏数が無我夢中でアパートの階段を駆け降り、アパート前の通路へ出ると、さすがに周囲の民家から、二、三人の人が出て来ていた。それはそうだろう、部屋奥の窓は閉まっていたが、まるみが闖入して来てから、部屋のドアは開いたままだった。悦子は、何度も何度も絶叫していたのだ。アパート周囲には聞こえていて、異変に気付いて、外へ出て来た人が居ておかしくない。

 敏数は、通りを全力で駆けた。通りに立つ人たちも、やり過ごし、ただただ走った。敏数の頭の中には、大通りに出れば交番がある。とにかくそこまで行くのだ。それしか頭になく、夢中で走った。大通りに出る角の、コンビニの看板が見えた。角を曲がって、大通りの歩道を行けば直ぐに交番だ。

 敏数が、住宅地の通りを駆け抜けていると、角のコンビニの脇から、男が現れた。見覚えのある姿形だ。短く刈り上げて、上の髪を長く残したヘアスタイルに、浅黒い肌。半袖ワイシャツに弛めたネクタイ、グレイのスラックス。小さなバッグを提げている。中村達男だ。今日は勤務の筈だ。定時で退社したにしても、ここまでやって来るにはちょっと早い。通りを慌てふためいた態で、全力で駆けて来る藤村敏数に、中村達男は驚いて、立ち止まった。敏数は、達男の姿に気付いたが、とにかく交番へ行かなければ、と達男の前をやり過ごそうとした。

 今正に、達男の前を駆け抜けた敏数の腕を、達男がしっかりと掴んだ。後方へ引っ張られて、後ろへたたらを踏んで、転びそうになる敏数。

 「どうしたんだよ、藤村?」

 転びそうになった体勢を戻し、背中を丸めて膝に手を衝き、ゼイゼイと荒い息を吐く敏数。

 「何、急いでんだよ?」

 「悦子が殺された。まるみの怪物に殺された!」

 達男の問い掛けに、敏数は、やっとの思いでどうにか応えた。

 「警察呼んで来るから‥」

 喉から振り絞るような声でそう言って、また敏数は、大通りに向かって駆け出した。全力で駆けて行く敏数は、見る見る内に小さな後ろ姿となって、大通り角を曲がって見えなくなった。中村達男は、その場にポカンと突っ立っていた。そして、一人ごちた。

 「はァ? 悦子が、まるみに殺されただァ‥?」

 走り去った敏数の姿が見えなくなっても、しばらく大通りの方向を見ていた達男は、また独り言を言った。

 「あいつ、暑さで頭おかしくなったかな? せっかく藤村ん家で、ビールでも飲もうかなって、会社早退けして来たのに‥」

 中村達男は、今、慌てふためいた態の藤村敏数が、口走っていた言葉を思い出した。

 「あいつ、まるみが悦子を何とか、言ってたな。まァ、しかし、悦子とまるみが鉢合わせしてるんなら、こりゃ面白そうだな‥」

 ニンマリと口元を緩めた達男は、くるりと踵を返し、部屋の主は何処かへ行ってしまったが予定通り、藤村敏数のアパートへ行くことにして、また歩き出した。アパートの近辺には、数人が集まっていて、野次馬様のちょっとした人だかりが出来ていて、アパートを指差し、何やら噂話をしていた。中村達男は素知らぬ顔で、人だかりを素通りして、コーポ・ライジングサン二階端の、藤村敏数の部屋目指して、アパートの階段を上がろうと向かった。階段の手前で、男の声で呼び止められた。達男が振り返ると、人だかりの中の一人が、追い掛けて来ていた。半袖下着のシャツに短パン姿の、頭の禿げた中年のオヤジで、達男に尋ねて来た。

 「あんた。このアパートの、二階の人かね?」

 「いや。友人を訪ねて来たんだけど。何か?」

 「二階の、一番端の部屋な。今、ドアが閉まってるけど、さっきまで開いてたんだわ。中から、女の叫び声が何度も聞こえて、そしたら男が飛び出して来て、血相変えて夢中で走って、何処かへ行っちまった」

 「ドアは、誰が閉めたの?」

 「さあな。中から、誰かが閉めた。事件かの?」

 「解らねえけど、見て来るよ。俺は、あの部屋を訪ねて来たんだ」

 「ああ、そうしてくれ。ワシらも、警察に通報したもんかどうか、迷ってたんだわ」

 「オオゲサだな。三角関係の痴話喧嘩だろう」

 そう言って達男は、アパートの外階段へ向かい、野次馬オヤジは、人だかりの塊へと戻って行った。二階外付け通路を一番奥まで行くと、藤村敏数の部屋に行き当たった。この部屋は過去に、三、四回は遊びに来たことがあった。一度は、藤村敏数と二人ではしご酒をして、しこたま飲んで泥酔し、泊まったこともあった。

 一番最初に来た時は、もう一年以上前で、まだ敏数が城山まるみと付き合っていた頃で、部屋で二人でビールを飲んでいると、途中からまるみがやって来て参加し、三人で楽しく部屋飲みした。達男もその時は、敏数とまるみは相性が良く、やりとりもうまくやっているし、なかなかお似合いのカップルだな、と思ったものだ。その時分は、この二人はゆくゆく、結婚して行くものと想像していた。ところが、それからしばらくして二人は別れた。藤村敏数の方が、城山まるみを振った形だった。

 確かに、達男もあの頃は、敏数を誘って夜の街で遊びまくり、一時は二人で、酒を飲まない夜はない程だったが、その頃の藤村敏数は、夜の歓楽街に繰り出す頻度が上がる度に、比例して、城山まるみを避けるようになって行った。敏数はどーも、まるみの存在を、鬱陶しく思うようになって行ったようだ。そして最近、有馬悦子という、新たな恋人が出来た。悦子は、保育園に保母として勤めていて、まるみよりも二つ三つ年下になる。


「狼病編」·· (9) β へ続きます。

◆(2014-04/09)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(9)α
◆(2014-04/09)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(9)β [・・αの続き]

 

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