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日本で消費が高まらない理由

2021年02月22日 | 大丈夫か日本財政

  ここまで私はアメリカと日本を比較しながら、日本政府の巨額の債務がGDP対比では258%とアメリカの128%の2倍以上に膨らんでいることを示しました。政府債務の返済は経済活動による企業や消費をする個人の税金でまかなわれるため経済成長が必要なのですが、この10年間の累計成長率はアメリカの34%に対して日本はたったの5%と7分の1しかないことをお知らせしました。しかも今後の成長率を推し量る潜在成長率は、アメリカは1.7%~2.0%、日本は0%~0.5%と、この先も成長率の差は開く一方であることがわかります。

  

  ところが現在の日本では消費者は消費を手控え、企業は需要が少ないので設備投資を手控えるという悪循環に陥っています。そして最後に私が書いたのは、「何故消費需要が高まらないのか」という問いかけです。今回からはそれに答えを出していこうと思います。

 

  このところ金融市場の話題の中心は、日経平均株価が30年ほど前の3万円台に戻ったということです。買いの主体は海外投資家なので、はしゃぐと痛い目に遭うという警鐘だけは鳴らしておきます。ではその3万円のレベルに戻るまで、いったい政府は何をし、民間の企業や我々消費者はどうしていたのでしょう。

 

  そもそもバブルを作り出したのは、一億総不動産屋と言われた不動産投資と株式投資でした。特に土地のない日本で不動産は絶対に値下がりしないという神話を誰もが信じ、政府もそれに乗じて86年に「民活法」を成立させ、ウォーターフロントや地方でのリゾート開発などを主導、「臨海副都心計画」はまさにその象徴でした。団塊の世代もバブルに浮かれて郊外に借金で家を建て、ゴルフ会員権を買いまくり、株式投資も行っていました。企業も不動産や保有株式を担保に銀行からこれでもかと融資を受け、「財テク」と称する株式投資や不動産投資に走り、ゴルフ場やホテルを作り、地の果てに至るまで不動産を買いまくりました。不動産投資は海外にまで及び、ニューヨークやロスアンジェルスの一等地のトロフィー・ビルまで買いまくるというありさまで、世界の顰蹙を買っていました。買った不動産や株式を担保にしてさらに借り入れを行う行為は、今の言い方で言えば最も危険な「レバレッジ投資」そのものです。

  しかし過ぎたるは及ばざるがごとし。永遠の値上がりなどありえず、すべては一場の夢と消えたのです。

 

  そのころの市場関係者の間では、「株式相場の崩壊はソロモン・ブラザーズのせいだ」という話が、まことしやかに流布されていました。ソロモン一社が空売りで日本の株式相場を崩壊させたというのです。もしそれが本当であれば、ソロモンは今度は一社で株を買いまくって相場を上げ、その後売りに転じでまた儲ける。それができるなら実に簡単で、いくらでも儲けることができますが、日本の株式市場は一社で相場を動かせるほど小さくはありません。そしてソロモンなどの投資銀行は裁定取引はしてもそんな単純なカラウリをバクチのように行うほど愚かではありません。

 

  90年代のバブル崩壊以降政府がやったことは公共事業による経済のテコ入れでした。そのきっかけの一つは90年の日米構造協議でアメリカに公約した430兆円にのぼる公共投資です。一般会計の歳出規模が70兆円台の時代に10年で430兆円の公共投資を行うというのですから、とてつもない規模だったことがわかります。そのおかげもあって90年代は一貫して公共事業の拡大路線を突っ走り、クマしか通らない道路でも作って作って作りまくる。それで民間事業者がうるおえば設備投資をして人を雇い、その人々が消費をして好循環が生まれるハズという考え方を採用しました。ちなみにその当時の税収は60兆円程度しかありませんでしたから、当然国の借金が膨れ上がりました。

 

  当時の経済学には「乗数効果」という伝家の宝刀があり、それを理論的裏付けとして政府はかざしたのです。私が学生時代に学んだケインズ経済学の柱の一つです。1を投資すればそれが呼び水となりいずれは1.5になり、さらに波及して累積し何倍かになって返ってくるという理論でした。要するに政府の支出は単なる呼び水で、それが大きな水の流れを呼び込むという経済理論です。特にバブル崩壊後の内閣は、先ほど述べたように公共事業を大幅に増やし乗数効果を狙いました。しかし実際には財政によるバラマキは、公共事業に使われても呼び水として次の設備投資にはつながらず、多くが企業の借金返済に回ってしまいました。バブル崩壊で痛んだバランスシートを繕うために使われたのです。そのため企業は労働者の賃金を上昇させることもなく、賃金上昇が消費に回り好循環を生むことなどなく、結局国が借金を増やしただけに終わりました。

 

  株式投資や不動産投資が儲かると踏んだ企業は目いっぱい借金をして株や不動産を買いまくったのですから、公共事業で得たカネが借金の返済にしか行かないのはしごく当然です。乗数効果はものの見事に空振りに終わりました。それ以来、この乗数効果なる理論を振りかざす経済学者はいなくなってしまい、ケインズ理論も主流の座を明け渡しました。

 

  90年代のバブル崩壊とともに資産価値の大暴落を体験した企業も消費者も考え方を180度転換し、自己防衛に走りました。政府の無駄使いはいずれ自分たちが尻拭いをしなければならない。政府は財政破綻に追い込まれたら増税に走り、年金支払いを渋るに違いない。なので今は自分たちが必死に貯蓄しておかないとヤバイという考え方です。

  結局そうした自己防衛は現在まで継続していると私は見ています。「もうそろそろ政府も借金を払い終えるだろうから、そしたらみんなで晴れ晴れとして消費に励もう」などと、とてもじゃないが思えない。政府が使えば使うほど賢い国民は身構えてしまう。その結果が貯まりに貯まった家計の金融資産1,900兆円(※)なのです。

※日銀の資金循環統計によると、2020年9月末の家計の金融資産残高は1,901兆円。

  

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2 コメント

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テルさんへ (林 敬一)
2021-03-01 10:50:28
テルさん同様のことを考えている方が多いと思われます。
私が個人的にアドバイスを差し上げている方からも同様の質問をいただいていますので、本文にて私の考えをお知らせいたします。
返信する
Unknown (テル)
2021-02-28 21:58:40
林先生、いつもブログで勉強させていただいて
おります。ありがとうございます。

米国債の金利が上がってきましたが、
そろそろ購入してもよいでしょうか? ご意見いただましたら幸いでございます。
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