今回は講演会内容の続き、二回目です。
一回目講演内容は、日本財政を議論するには予算でなく決算を見る必要があるということをお知らせしました。毎年補正予算を組み、予定された赤字国債の発行額がこの3年間いつも予算平均の2倍の80兆円にもなっていること。年間の国債発行額が借換債を含め200兆円を超えてしまっていることも数字で示しました。
本年度の予算も第一次の補正予算に加えて第二次が組まれ、すでに30兆円を超えています。もちろんその財源は赤字国債以外にありません。
それでも「日本は大丈夫、日本財政の破綻などない」ということを声高に主張する人たちがいます。
アメリカではMMT理論=Modern Monetary Theoryなどという怪しげな新セオリーを唱えていましたが、最近は根拠がないと批判を受け、すでに退場させられています。
日本ではその急先鋒は高橋洋一氏です。その内容は、「日銀はいくらでも国債を買えるし、国債という資産をしこたま持っているので、最後は債務超過の国と合併することで資産と債務を帳消しにできるという愚かな議論を展開しています。講演内容の二回目は、このナンセンスな議論を数字で完全否定することにします。それが日銀の危うさも説明することになるからです。氏の最近の著書は、
「財務省、偽りの代償 国家財政は破綻しない 」(扶桑社新書)、 22年4月
まずこの方のそうそうたる履歴をウィキペディアから引用します。下線は無視してください。
「理財局資金第一課資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命)、総務大臣補佐官、内閣参事官(内閣総理大臣補佐官付参事官)、金融庁顧問、橋下徹市政における大阪市特別顧問、菅義偉内閣における内閣官房参与(経済・財政政策担当)などを歴任した。」
こうした経歴の方の議論を頭ごなしに否定するのですから、普通なら相当な覚悟が必要ですが、私は無名の「資産運用コンサルタント」ですから、恐いものなし(笑)。
高橋氏の議論は、本人も言っているように「政府・日銀は打ち出の小槌をもっている」というものです。彼はきっと日銀のバランスシートを見たことがないのでしょう。ではそのバランスシートを簡単に解説します。
日本経営合理化協会は中小企業経営者の方がメンバーになられているので、会計内容をみなさんよく理解されていて、私の話を簡単に納得していただきました。日銀のバランスシートの左側=資産側には日本国債が530兆円ほど計上されています。その他の資産を合計すると736兆円です。右側の負債にはその資産を購入するために負った負債額が預金という項目で550兆円計上されています。ご覧になりたい方のためにURLを貼っておきます。
https://www.boj.or.jp/about/account/zai2205a.htm/
「高橋氏のバランスシートでは、負債の代わりに「打ち出の小槌」と書いてあるに違いない」と講演中に冗談を言ったところ、講演会後に出席者の方がこんな話をしてくれました。
「前回のセミナーは、高橋洋一氏でしたが、彼はまさに林さんの言った通り、打ち出の小槌があるから大丈夫だと断言していました」。そして、「林さんの話は数字を基にしているので信用がおけるが、高橋氏の話は机上の空論だと思う」とのこと。まさか私の前に高橋氏がこの協会で講演を行っていたこと、私は全く知りませんでした(笑)。協会側担当者はきっと聞きながら苦笑していたことでしょう。
さて、私の解説です。ちょっと難しいですが、じっくりと説明しますので、是非ご理解ください。バランスシートの初歩の初歩は、左右が一致することです。資産を抱えるにはそれ買うための負債、もしくは資本が必要です。まず日銀発表の最近のバランスシートからです。
22年3月期末の日銀バランスシート
資産側 負債+資本側
国債 526兆 発行銀行券 120兆
その他貸し出し等 210兆 預金 590兆
(うち当座預金563兆)
その他負債 21兆
資本・純資産 4.7兆
資産合計 736兆 負債・資本合計 736兆
説明します。資産合計は736兆円、負債+資本の合計も736兆円でバランスしています。日銀の自己資本比率は 4.7兆円 ÷ 736兆円 = 0.64%
絶望的過少資本であることがわかります。
では国債を買うための資金はいったいどこから来たのでしょう。打ち出の小槌ではありません(笑)。それは負債側に示されている預金の590兆円です。一般的に銀行のバランスシートにはみなさんからの預金が負債として計上されますが、日銀も同様で市中銀行から預かった預金が負債側に計上されています。それに加え打ち出の小槌に近い発行銀行券、つまり刷ったオカネが120兆円計上されています。これも日銀にとっては負債です。空手空拳で国債は買えません。
このバランスシートで一番の問題は、市中銀行などから国債を買ったとき、銀行はその売却資金を自分で貸し出しなどに使わずに、日銀にそのまま滞留させていることです。これが「ブタ積み」と言われる死んだオカネで、上記のように当座預金に563兆円もあります。
何故か?それは企業が銀行から借り入れを増加させないからです。つまり資金ニーズが強くないからです。それは置いておきます。
市中銀行が日銀に預けている当座預金には金利が付く部分と付かない部分、さらに預けると逆にマイナスになる部分があり、単純ではありません。しかし金利の合計額はおおむねゼロ近辺と言えます。すると資産側の国債からもらえる金利がプラスであれば、日銀の収支はプラスになります。しかしこの十年、特に後半の数年は国債の金利をゼロからマイナス金利に押さえつける抑圧的政策を実施しているため、収入は大幅に減っています。自業自得とはこのことです。
国債を買い続けるにはその資金的裏付けが必要です。預金が減って行けば国債は買えなくなりますので、ある程度の金利を付けて預金流出を防がなくてはいけません。金利を付けることを「付利」と呼びます。では付利しだいで日銀の収支はどうなるのでしょう。それを日本総研の河井小百合氏が今年5月にシミュレーションしていますので、その結果だけを引用します。氏によれば、付利を1%にした場合、日銀の収支は5兆円悪化するということです。当座預金が560兆円で、そのうち金利の無い部分もあるため、おおむね500兆円に対する1%は5兆円だと考えられます。それに対して保有する国債からの金利収入は現在1兆円程度ですから、大きな逆ザヤが見えています。
すると日銀の収支は悪化し、赤字国債の引き受けは停止に追い込まれる可能性があります。日銀の純資産はわずか4.7兆円です。1%の金利を付けただけでマイナス5兆円となり、すぐにも債務超過に陥りかねないのです。
アメリカのようにFRBの利上げが4%に達したら、20兆円もの赤字になり大きな債務超過となって日銀は信用を失い、国債購入など絶対にできなくなります。同時に政府もこれ以上の国債発行ができなくなります。日本は格付けを下げられ、日本国債は売りたたかれ、一巻の終わりになりかねないのです。これが黒田氏がいい気になって国債を買いまくっている日銀財務の実態であることを我々は忘れないようにしましょう。
それに対して高橋氏は国の借金がさらに膨らんで行くなら、「最後は日銀が政府と合体すれば、日銀の資産である国債と政府の借金が相殺できる」と言っています。
そんなバカな話はありません。日銀の資産である国債を政府が奪っても、市中銀行からの借入は1円も減りません。それを強引に減らすということは日銀に預けてある市中銀行のオカネを徳政令で召し上げることになります。冗談じゃない。そんなことされたら我々が銀行に預けた預金のうち590兆円を引き出せなくなります。ナンセンス極まりない!
だいぶ難しい話になってしまいました。しかしこれを理解することが、政府と日銀の本当の危うさを理解することにつながります。
つづく
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