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アメリカ経済と世界的金利低下 その6(ほんとは7回目)

2016年08月25日 | アメリカアップデート

  「アメリカ経済と世界的金利低下」のシリーズも終わりに近づきました。前回までに述べたことを少し振り返りますと、

1.アメリカ経済の足元は、雇用・小売り・住宅関連で結構強い。すでに景気循環の上昇局面が数年継続しているので、ちょっと休んでもよさそうだ

2.世界的なカネ余り状態が金利を押し下げていると言われるが、カネ余りとは相対的なもので、絶対的に数字で示せるものではない。しかし各国の金利を見る限り、先進国・新興国を問わず金利は低下しているので、カネ余りであることは確かだ

3.地政学上のリスクを見ると、中東などをめぐる戦争のリスクのみならず、先進国でもBREXITトランプリスクなど、予想もつかなかったリスクが頻発している。そのたびに米国債への「質への逃避」が起こってしまい、米国債金利を下げてしまう

4.金利下落リスクとして今後覚悟すべき最大のリスクは、中国の政治・経済の崩壊と日本の金融財政破綻リスクだ

5.7月に史上最低レベルの1.3%台まで米国債金利は下げたが、それに匹敵するレベルは12年7月にもあった。そこから3%に回復するのに、1年半ほどかかかった

  ここまでこうしたことを述べてきました。

  では先を見通すにあたり、直近のアメリカ経済はどうか。

  一昨日、米商務省が発表した7月の新築戸建て住宅の販売戸数は、年率換算でなんと前月比12.4%増の65万4,000戸で、8年9カ月ぶりの高水準。つまりリーマンショック前の高水準に肩を並べています。

  同日に発表されたトール・ブラザーズという超高級住宅販売会社の5-7月期の業績は、収入が24%増とこれまた絶好調。ちょっとバブルの心配をするほどです。住宅販売は幅広い住宅関連消費につながるため、非常によい材料とみなせます。もっとも昨日発表の中古住宅販売は若干見劣りする数字でした。原因の一つは価格が高すぎることと解説されています。しかしこれも含めアメリカ経済が依然として好調であることは間違いありません。

   一方、世界の金融市場は週末のジャクソン・ホールでのイエレン議長の発言内容を気にして、動きのとれない状況です。何人かの地区連銀総裁は、利上げに積極的な発言をしていますが、イエレン議長は驚くような発言はしないだろうと私は見ています。


   では、みなさんの関心事である今後の金利を私がどう見ているかです。

   私の基本的考え方は変化していません。それは、金利は何といっても「物価と雇用だ」という例の考え方です。雇用が絶好調ですので、残るは物価です。

   物価を見るにあたり、まず賃金から見てみましょう。アメリカの雇用者賃金は、雇用全体が好調なため穏やかな上昇を続けていて、それが消費を押し上げる原動力になっています。8月発表の平均時給の前年比上昇率は2.6%と、それまでの傾向を維持しています。アメリカ経済の特徴はGDPに占める個人消費が7割と高いことで、その中でもサービス消費が半分を占めることです。賃金上昇はサービス価格の上昇に直結しますので、物価の底上げにつながります。

   さらに石油価格がひところよりだいぶ持ち直してきました。物価というのは前年対比でみるので、価格の絶対レベルが低くても前年を下回らなければ全体の足を引っ張らなくなるのです。WTIなどの石油先物価格は1年前のレベルを上回り始めています。

  そして今後ですが、OPECにも生産を抑え価格維持をすべしとの機運が出てきていますので、エネルギー価格が物価抑制の主役の座を降りるのは近いと思われます。

  物価を見るにあたり、エネルギーと食料品価格を除くコア物価がより大事だと言われますが、エネルギー価格の変動はすべての物価に大きく影響を及ぼすので、その上昇は物価全般に大きなプラス材料なのです。

   そして先日触れたその他の国際商品価格全般の値上がりも物価上昇には好材料です。

 

  こうしてみてくると、「物価と雇用」のうちの物価にも上昇の兆しが見えてきています。これは今後の金利上昇には明らかに好材料です。

   しかし世界経済がグローバルにつながり一国内で完結することはないため、アメリカの金利動向は国内要因だけでは決まりません。世界のその他の国の低金利も影響するため、上昇していくにはかなりの時間を要すると思われます。

  先進国はこの数年がそうだったように、金利低下が景気上昇に直結していません。一方、新興国は資本が必ずしも自国に潤沢にあるわけではないため、企業は金利低下を渇望しており、低下が設備投資や住宅投資につながり、経済を成長させます。世界の金利低下はすべての国にデフレをもたらすわけではないことを忘れないようにしましょう。


   ではそうした先進国と新興国の状況を織り交ぜて考えて、アメリカの金利はこの先どうなるのか。

   私は低下したままでいるとは思っていません。あくまで循環的な動きが今後もあると思っています。7月の1.3%台への低下はむしろBREXITなどの外部要因が大きかったため、それがボトムである可能性もあるでしょう。

  しかし循環するとは言え、1980年代から始まった長期低落傾向がここで長期上昇傾向に転ずるのは難しいだろうと思います。長期低落に歯止めがかかったとしても、一進一退での循環的な上下動に留まりそうだ、とういうのがこの先半年1年の私の見立てです。

 

  ということで昨年12月の見通しのように3%をターゲットにするのは、しばらく難しいと思われます。上昇があっても2%台をターゲットにせざるをえないでしょう。

   では、マクロ経済のモデルを使った予想はどうなっているでしょうか。今年の予想を出した昨年末にみなさんに紹介したサイト、Trading Economicsの予測数値によりますと、17年第2四半期までは1.6%という低い予想になっています。そして20年でもわずか1.8%という低い予測です。私はそこまで悲観的には見ていません。 モデルは単に数字を統計処理して延長しているので、あくまで参考程度にご覧ください。


   これでこのシリーズ、「アメリカ経済と世界的低金利」を終えますが、この話題は今後ももちろん折に触れて書いていくようにします。

   最後に一言申し上げておきたいことがあります。

   それは米国金利関してある方から、「林さんは金利の上昇を望んでいるんですか」という質問を受けたことについてです。きっと私が米国債投資をこれからしようという方に向けた物言いになっているきらいがあるので、こうした質問が出てきたのだと思います。もちろん私はそれを望んでいるわけではありません。

  金利が投資のリターンであると考えれば、今後投資する方にとって高いにこしたことはありません。一方すでに投資をされた方にとって金利低下は債券価格の評価益につながります。私は両方の方に対して物をいう立場にいるので偏りは禁物なのですが、コメント欄は圧倒的に今後投資をされる方からの質問が多いため、あたかも私が金利上昇を望んでいるようになってしまっているのでしょう(笑)。ちょっと反省します。

  現在のような超低金利は一国の経済にとって決して望ましい姿ではありませんが、一方超高金利はもっと望ましくありません。企業の体力を奪い、財政を圧迫するからです。では望ましい金利レベルがあるのか。

   以前も触れたことがありますが、それは一国の発展段階によって変化するし、金利は景気循環をスムーズにする調整弁でもあるため、一概に何%が望ましとは言えません。

   望むらくは、ある程度の金融資産を持っている方が、キャピタルゲインなどなくとも、年金と安全な債券の金利で暮らしていけるレベルは欲しい、と私は願っています。

  このシリーズは以上です。

コメント (1)
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