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アメリカ経済と世界的金利低下 その5

2016年08月06日 | アメリカアップデート

リオデジャネイロでオリンピックが始まりましたね。

  頑張れニッポン!

  好きなゴルフがオリンピックの種目に採用されたのですが、ジカ熱の影響で世界の有力選手が出場しないため、イマイチ応援に身が入りそうもありません。


   一方、アメリカ大統領選挙の現在のキーワー ドは、「Political Correctness」と「Psychopathy」に移りました。CNNなどに精神分析医が登場し始め、トランプの支離滅裂さの本格的分析が始まって います。そこで使われている言葉がこの二つです。

   まずポリティカル・コレクトネスに関してウィキペディアの説明を引用します。

引用

1980年代に 多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回し である。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という運動だけでなく、差別是正に関する活動全体を指すこともある。

引用終わり

  トランプの言動にはアメリカ人が大事に育ててきたこのポリティカル・コレクトネスが欠けている、というのが議論の中心です。

  またサイコパシーも同じくウィキペディアを引用しますと、

引用

反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使われている。犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。

  • 良心が異常に欠如している
  • 他者に冷淡で、共感しない
  • 慢性的に平然と嘘をつく
  • 行動に対する責任が全く取れない
  • 罪悪感が皆無
  • 自尊心が過大で、自己中心的
  • 口が達者で表面は魅力的

引用終わり

この説明と定義、あまりにも的を射すぎているように思えます。

  そして共和党内は大統領選挙と同時並行で行われる下院の予備選挙で下院議長のポール・ライアン議員をトランプが支持しないと表明し、これにも大ブーイングが起こりました。トランプも今度ばかりは、前言を撤回する事態に追い込まれました。

  前回お知らせしたReal Clear Politicsの大統領選挙ページでは、トランプに対してヒラリーが差を拡げ、NBC/Wall Street Journal調査で9ポイント差、FOXで10ポイント差になっています。

 

さて、本題です。

   昨日発表された7月のアメリカの雇用統計は強い雇用を再確認する数字でした。それをうけてNYダウは大幅高ですが、円はさほど安くなっていないように思えます。アメリカではこの統計により、年内の利上げ論が再燃しています。

   世界的金利低迷の謎を少しでも解明しようというのが、今回のテーマです。これまで及び前回の記事をまとめますと、金利低迷の要因としては、

1.世界的な経済のスローダウンによる資金需要の減退

2.数字的な説明は難しいものの、カネ余り

3.地政学的リスクの高まり

   こうしたことを主な原因として挙げてきました。私の見解のレビューとともに少し補足します。

1.経済のスローダウンに ついては、アメリカの景気拡大も数年続いているため、そろそろ一休みさせてあげてもいいのではないか。しかし本格的リセッションに至る兆候はなく、心配に は及ばない。一方、巨大化した中国経済のスローダウンはあなどれず、一気に崩壊しないと逆に世界経済への影響は長引く。

2.カネ余りと はクリアーな数字で説明のつくものではなく、儲かると思えばいくらでも出てくるし、損しそうだとなればあっという間に引っ込む、心理的要素に大きく左右さ れるものだ。日本のバブルしかり。そしてリーマンショックもその好例で、儲かると思えばクズ同然のサブプライム・モーゲージ債券にいくらでもカネを出し、 バブルを形成。しかし怪しいとなればあっという間に引っ込んで、バブルは瞬時に崩壊する。それでも世界的にカネが余っていることは確かで、他の投資機会が 枯渇しているため、一朝ことが起こるたびに米国債が買われてしまう。

3.地政学上のリスクは各方面で大きくなる一方で、従来のような戦争の脅威やテロだけでなく、きのうまで平穏だった先進国の政治にすら潜在的に潜み、突然顕在化するものだ。BREXITしかり、トランプしかり。

  これらの要素は一見拭い去ることなど簡単にはできそうもないことのように思えます。しかし米国金利について言えば過去にも現在のような低金利に見舞われたことがあり、その回復はさほど長期間を要するものではありませんでした。

  超低金利の最近の例を見てみましょう。2012年7月です。そのとき米国債10年物金利は今回とほぼ同レベルの1.4%に低下しました。欧州が金融危機に見舞われたときです。

  この危機の最中にPIGSという言葉が使われ始めました。はじめのうちは財政基盤の弱いポルトガル、イタリー、ギリシャ、スペインをPIGSと呼び、後にアイルランドを入れてPIIGSとも呼ばれました。

2012年7月がどんな状況だったかを時系列で簡単に追いますと、

・2011年11月:イタリア国債が売られ、ベルルスコーニ政権崩壊
・2012年 2月:ギリシャの第二次支援決定
・2012年 5月:ギリシャ政権の迷走から国債が売られ、ユーロ離脱懸念
・2012年 7月:スペイン国債が売られ、EUが支援

  PIGSが最も深刻なソブリン危機に見舞われたこの7月に、米国債が1.4%台という超低金利になっています。その後ECBのテコ入れが奏功して危機的状況は回避され、米国債の金利も戻しました。

  米国債金利がどこまで戻したか振り返りますと、12年7月から約1年半後の13年12月末に3%を付けました。他人事である欧州金融危機からの回復に、1年半の年月がかかったということです。その間の金利上昇は緩慢ながらもコンスタントでした。

  今回の金利低下を振り返りますと、今年の年始は2.25%でスタートしました。そのすぐあと、株式や商品が大きく売られた2月に1.64%をつけました。その後はやや回復し2%弱の水準で小幅な上下動を繰り返していました。

  そして6月下旬、BREXITの寸前は1.74%でしたが急落し7月初めに1.37の最低水準を記録しました。

  では、12年からの金利回復時と現在で何が違うか。大して違わないなら、1年半くらいで回復するかもしれない、という発想の元に見てみます。

  12年は先に述べたとおり、主因は欧州のソブリン・クライシスです。現在もイタリアの銀行が 再度危機的状況にあると言われてはいますが、ECBを始め危機対応力は格段に向上し、しかも各国へのパニック的な波及もありませんので、欧州は大きな危機 状況ではありません。しかしBREXITにより、EU離脱の動きは以前より不透明感を増しています。世界を見回すと、12年より現状が明らかにスローダウ ンしているのは中国と中国に頼っていた周辺国です。

  そしてあとは日本です。日本はリーマ ンショック後に急回復しましたが、民主党政権下ではしばし低迷。12年は株式も低迷したままでした。しかし年末に安倍政権になり、13年に入ってからはま ず株価が急上昇し、経済も回復傾向になったため、少なくとも米金利の足を引っ張る側にはいなかったと思います。

  しかし実は経済成長率はその後一向に上昇せず、自民党政権下になっての成長は限りなくゼロ成長に近い低迷がつづいています。その限りにおいては、12年との比較では大差なしです。

  どうやら決定的に違うのは中国を巡る周辺国とそれを原因とする原油や鉄鉱石などの原材料価格の低迷。そしてそれは中東やロシアにも大きなマイナスの影響を及ぼしています。

  アメリカ国内の大きな要素であるFRBのスタンスを振り返ると、金利が上昇した12年~13年はまだ量的緩和が継続し、それを収束させていくいわゆるテーパリングは金利がピークを付けた時期である13年12月に決定され、14年を通じて実施されています。

  雇用統計を見ても、13年末の失業率は7%で、その後2年間で2%もの急激な低下を実現しています。14年以降については、テーパリングの終了と雇用を見れば金利が上昇してもおかしくないのですが、実際には徐々に低下しました。

  その頃から一貫して私が言っていたことは、「金利はひとえに物価と雇用だ」ということでした。雇用は実に目覚ましい回復をみせているのですが、物価は低迷を継続しています。

  こうしてみると、あとは物価さえ上昇してくれば、金利は少なくともこれ以上低迷することはなく、ある程度の回復は見込めるのではないか。私の昨年末の見通しからはだいぶ時期がずれてしまっていますが、それが現在の私の見方です。

  今後、アメリカの金利見通しと、世界の金利見通しをもう少しクリアーにして、このシリーズを終えたいと思います。

コメント (2)
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