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アメリカ経済と世界的金利低下 その5

2016年07月31日 | アメリカアップデート

  おかげさまでこのブログのアクセス数が200万件にあと一歩となりました。

これもひとえに皆様のご支持のたまものです。

ありがとうございます。


  民主党大会はヒラリーによる受諾演説で幕を閉じました。トランプとヒラリーの受諾演説を比較すると、トランプは内容が全くない「オレを信じろ」に対して、ヒラリーはより具体性のある政策を示していました。CNNなどの主なコメントは、

・トランプの「アメリカは真っ暗だ」、に対してヒラリーは「明るいアメリカ」を示した

・その二人を象徴するキーワードは、トランプがAmerica First、ヒラリーはStronger Together

・トランプは世界に対してもアメリカ社会に対しても壁を作り分断させようとしているのに対して、ヒラリーは人種・宗教・思想・党派・性別を超えての結束呼びかけた

・トランプはそのままの自分を出し続けて支持者以外からヒンシュクをかった。ヒラリーは自分のイメージの転換を意図したが、成功したとは言えない

  では内容ではなくスピーチ自体の質はどうか。私なりの分析は、言うまでもなくヒラリーに軍配があがります。トランプは高齢者にありがちな「オレ様だけが常に正しい。オレに任せろ。オレを信じろ」の一点張りで内容が空虚で非常に後味が悪い。ヒラリーは内容を伴い、会場にいる様々な階層の人達にもれなく伝えようとしていて、優等生過ぎるきらいはあるものの、後味はよい。

   オレを信じろで思い出すのは、どこぞの宇宙人が言った Trust Me! です(笑)。低所得層の白人男性に広く支持されていると言われるトランプですが、彼は製鉄所が閉鎖された地方で失業者に向かい、「オレが中国から製鉄所を取り返してみせる」と言っていますが、新鋭設備を有し人件費が数分の1の中国から製鉄所など取り返しようもありません。すぐにホラがバレるに違いありませんが、信じる人たちがいるという厳然たる現実があります。

   そして民主党大会直後に行われた調査の支持率は両者が同率と拮抗したままでしたが、昨日のロイター・イプサムの調査ではヒラリーがトランプを6ポイントリードしたと出ています。もう少し時間が経過するとヒラリーがさらに挽回するのではないかと私は勝手に思っています。

    しかし、この二人の候補者を支持するかしないかは、政策内容や実行力などではなく、ただ単に好きか嫌いかだけのようにも思えます。従って今後予定されている二人の直接のディベート対決などの勝敗もあまり関係なく、好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。好悪だけが選挙の行方を左右してしまうのではないかとの懸念もあります。

    それでも私はヒラリーが勝つと確信しています。理由はまだ4分の1ほどいる「決めていない」という層が、今後論戦を経れば、まともな人間を支持してくれるだろうという期待からです。

   

  さて、やっと本題です。

   前回は世界中で有り余るオカネが、一方的にリスク回避に回っているのではなく、NYの株式は史上最高値を更新し、新興国株も買い戻され、リスク商品の代表格であるコモディティーやジャンクボンドにもオカネは回り始めていることを数字で示しました。いずれも今年の2月にボトムを付け、BREXITで一時的な反落はあったものの、ボトムからは2割程度回復しています。

   ところで「カネ余り」と一口に言いますが、どこまでが不足で、どこからが余りなのか、それを数字で特定できるでしょうか。私はそれは困難だと思っています。ソロス指数などのように、通貨供給量を総額でとらえて推定することに意味はあるでしょうか。私はないと思います。そのことをまず説明します。

   例えばソロス自身が10億ドルのファンドを運用していたとして、彼がこれは絶対に儲かると思う対象が出てくると、その自己資金を元に借り入れでレバレッジを掛け、2-3倍にすることは容易にできます。それどころか先物やオプションを使えば数十倍にするのはいとも簡単です。FXをされている方が日常的にレバレッジを利用しているのと同じです。

   日本でもバブル時代のことを考えれば、企業がこぞって財テクに走り、自己資金に数倍のレバレッジを掛けて株式投資や不動産投資にのめりこみました。その裏付けとなる資金を銀行はここぞとばかりに貸し込みました。現在のように銀行が国債売却資金を日銀の当座預金にブタ積みすることなどなく、それどころか銀行は日銀からめいっぱい借り入れをして企業に貸し込みました。相手が個人の場合ですら、株式投資やマンション投資、果てはゴルフ会員権投資をしたいと言えばいくらでも貸し込んだのです。日本のバブルはそうして形成されました。

   つまり人は儲かると思えばタンスからでも銀行借り入れでも何でもして資金を捻出するし、銀行もサポートする。そうでなければおカネをビタ一文動かそうとはしません。住宅金利が10年固定で0.5%になったところで、あるいは35年フラットで1%台になったところで、買わないものは買わないのです。

  なので、どの中央銀行がカネをいくら刷ったかとか、世の中にいくらおカネが存在するかなどを静的に捉えたところで全く意味はない。ソロス指数などはしょせんその程度の静的数字に過ぎないと私は思っています。ということで、「カネ余り」を数字でとらえるのは困難だし、意味はないのです。

   では世界のマネーがまがりなりにもリスクを取り始めているのに、米国債が低金利のままでいることを、どう考えたらよいのでしょうか。私は二つの要因があると思っています。

   一つはここまで言ってきたことと若干矛盾しているような感じがするかもしれませんが、基本的需給要因としてやはり「カネ余り」です。株式市場や商品市場にカネが戻っているとは言え、バブルを形成する時のように債券を売ってでも株や不動産や商品に投資をするまでには至っていない。

  供給余力の大きい原油価格は依然として40ドル台だし、鉄鋼や非鉄金属なども供給力が大きく減ったわけでもない。中国をはじめとする新興国経済はスローダウンに歯止めがかかっていないので新興国株式も買えない。つまりリスク商品も、暴落すれば反騰狙いの買いは入るが、腰を据えた買いまでにはいたらない。

   すくなくとも日本では、個人も企業も待機資金を大きく抱えたままで、アグレッシブにM&Aに走っているのは孫正義氏や日本電産の永守重信氏くらいかもしれません。その証拠に日本企業の手元資金は増える一方だし、個人の金融資産も預貯金に溜まる一方です。

   安全資産が買われるもう一つの原因は当然ながら「安全志向」です。

  特に最近の安全志向の大きな理由はBREXITと、その後に予想される他の欧州諸国のEU離脱懸念。そしてやはりBREXITから連想されるトランプ・クライシスという「地政学上のリスク」です。イギリスがEUからの離脱を決めたくらいで世界のあらゆる相場が一気に崩れたのですから、もしトランプが本選で勝ちでもしたら、金融市場へのインパクトは瞬間風速ではリーマンショック並みになるかもしれません。

  しかもBREXITと違い、影響は長引きます。彼の言いたい放題は拍車がかかるでしょうから、極端に言えば大統領在任期間の3分の2程度。あとの3分の1はトランプ降ろしに集中し、次の大統領選に関心が移るからです。こうした政治的リスクとテロなどの爆発的ひろがりを含む地政学的リスクの高まりが、金利上昇に水をかけている。この地政学上のリスクも数字にはできないリスクです。

 以上2点が私の推論の主な点です。

   トランプ・クライシスが進行中のアメリカですが、今後の直接論戦の結果などでかなりの程度ヒラリーの当選が見えてくると、金利はある程度回復する可能性があると思われます。その裏付けはなんといっても米国経済の底堅さです。先週FRBはFOMCで利上げを見送り、アメリカの4-6月期のGDPがスローダウンしています。それでもイエレン議長などが言っているとおり、国内景気に不安要素は少なく、利上げをしないのはひとえに物価と海外経済に配慮してのことでしょう。

   では今後長期金利が上昇する可能性はあるのか。あるとしたらそのスピードや回復の程度はどうか。それを次回のテーマにします。

コメント (2)
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