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円高トラップに嵌まり込む日本  その12.為替の決定要因へのコメント④

2011年12月26日 | 資産運用 
 では今回は、「為替心理説」を見てみましょう

 最近の円高を説明するのに、ドルは危ないし、ユーロはもっと危ないので、『消去法で円が買われる』という話をアナリストや評論家がよく使います。

 さて、消去法で円を買うなどという人はいるのでしょうか?

います。

 ということは、心理で為替取引をすることは大いにありうる、ということです。為替の動きだけで勝負する銀行・証券・ファンドのトレーダーや、FXと呼ばりくつはともあれ心理で動くことがかなりあると思われます。円を買うのに消去法という消極性より、他通貨に比べて円が高くなると見れば積極的に円を買います。日本人など円を元々の投資元本として持っている人は、ドルなどの外貨をカラウリすれば、円を買ったのと同じ効果を得られます。

 こうした投資もしくは投機的取引はレバレッジを掛けることができることもあり、数量的には実需の数十倍、時には数百倍もあると言われ、いかにも為替市場を席巻しているように思えます。しかしそれらの取引の大半は短期で反対売買される性質のもので、為替の長期的トレンドに大きな影響があるとは思えません。

 為替心理説は、「こうした取引が実際に行われる」というだけで、恒常的円高に対する説明力には欠けます。

 もちろん中には反対売買をすぐにはぜずに長期の投資もあります。心理説からちょっと離れますが、例えば日本株の外人保有シェアーはバブルの頂点では5%を切っていたのが、90年代終わりには20%程度、その後も増え続け最近の5年間では25%を上回る数値で推移しています。この間に反対売買はあっても、長期で保有されているのがみてとれます。ちなみに現在の投資残高は70兆円程度です。一方、日本の債券は国債・社債を問わず外人保有比率は少なかったのですが最近になって7-8%に上昇しています。金額的には本年6月末で株式同様70兆円程度です。両者を合わせると円資産への外人投資残高は140兆円程度です。
 
 これらは資本取引の実需とみなせ、すぐに反対売買がおこなわれる投資ばかりではないことをあらわしています。こうした投資は、株式投資や債券投資と為替取引が組み合わさっていますので、純粋な為替勝負とは言えません。

 しかし、例えば円高を見越して円を買い持ちにして短期で資金を円に滞留させる場合、短期の政府証券を買う場合もありますが、そうした短期証券への投資も、いずれは反対売買を伴うため、長期トレンドには大きな影響はありません。

 ついでにもうひとつ。円高になっている相場を説明するときに、「円キャリーの巻き戻しで円が買われた」ということもよく聞く理屈です。これも冷静にみれば、おかしな理屈です。

何故か?

 円を買うのが巻き戻しなら、その前にドルを買って巻いているはずです。そのときに「円キャリーを巻いているのでドル高です」という話はアナリストから一度として聞いたことはありません。だいいち、それによる取引高がどの程度か、つまり相場を大きく動かす力を持つほどなのか、数字を示して説明してくれたアナリストは一人もいません。

 しょせん円高の説明に都合のよい理屈を見つけて言っているだけで、私に対しては全く説得力をもっていません。本当に賢い投資家は、買う時も売る時も息を潜めて実行するものです。巻き戻しの時だけ大声で「巻き戻すぞ!」などと叫ぶことはありえません。つまり相場を動かしてしまうようなへたな取引はしません。何故なら円を買い戻す取引である巻き戻しだけ大声で叫んだら、自分で自分の墓穴を掘るだけだからです。円が安いうちに買い戻さないと、利益は吹っ飛んでしまいますから。

 さらに、円キャリー巻き戻しで相場が動くということは、取引規模が少なくとも兆円単位でないと説明力を持ちません。そうしたリスキーな取引をするのはヘッジファンドなどですが、そんなリスキーな投資に果たして円を供給する邦銀が何兆円も貸し込むことがあるでしょうか?もちろん貸付に担保を取るとしても、兆円単位で差し出せる債券などを保有するファンドは限られています。

 ということで、「円キャリーの巻き戻しで円高に振れた」という理屈は実務的に考えるとあまり説得力を持たない議論です。

つづく

(注)円キャリー取引とは、金利の低い円で資金調達して、金利の高い通貨、例えばドルに投資するもので、利益が出ても出なくても、いずれは借りたカネを返済するため、投資先通貨を売って円を買い戻して円資金を返済しますが、その買い戻しして返済する動きを「巻き戻し」と表現しています。
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