くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「ソロモンの偽証」3 宮部みゆき

2013-04-07 05:56:17 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 野田健一の物語だ、と思いました。
 バブル期の中学生たちを主人公にしたのは何故だろうと、冒頭からずっと考えていたのですが、二十年の時を経て野田健一が戻ってくる物語だからなんですね。あの人は、そしてまたこの人は、とその後を想像したい人もたくさんいますが、宮部さんは敢えてそれを描かない。
 「ソロモンの偽証」、やっとエンディングまでたどりつきました。三冊めは、ずっと学校法廷の様子が続きます。リーガルサスペンスではないんですけど、証言と検証による謎解きは、非常に緊迫しています。でも、床屋さんで借りてきたケープを法衣にして、汗をかきながら場を作り上げていく井上の、ふとした中学生らしさとか、裁判を通して変わっていく三宅樹理や大出、陪審員の個性的な面々など、なんていうか、大人でない姿に胸を打たれるのです。
 気分は、この裁判に三中の父兄として傍聴にやってきた誰か(作中人物ではない誰か、です)のお母さん、がいちばん近い。藤野さんや山埜さんのことはなんとなく子供から聞いているような。
 だから、終盤にとうとう和彦が自分がどのように柏木とかかわっていたのかを語る場面は、涙なしには読めませんでした。前回も触れたように、自分としては電話をかけたのは和彦で、彼の死に対して語っていないことがあるのだろうという読みはありました。ただ、宮部さんはそこでとどまらない。野田や樹理の行動の真摯な思いが、じわじわと涙腺を刺激してくれます。
 明かされていく柏木卓也という少年の姿。彼がそこまでひねくれたような考えをもつに至った根底には、やはり塾の滝沢先生がいなくなってしまったことがあるのだと思います。信頼できる先生が、スキャンダルのためにいなくなる。噂を否定しきれない、ということは、大出たちの暴力沙汰や樹理の告発状でも触れられているように、本作のテーマのひとつだと思うんです。で、書いてはいないけど、先生と噂された保護者というのは和彦の養母ではないかと。そして、不登校になった柏木に、滝沢先生に相談してみてはどうかといった場面。柏木がどう答えたのか覚えていないと和彦がいい、この場所ではいえないのではないかと野田が思うシーンがあるんですけど(605ページ)、滝沢先生を卑下するような言葉が返ってきたのでしょうね。
 養母の人生も、ふっと浮かび上がってくる。
 あとは、いろいろと些細な場面も胸に残るんですよ。佐々木礼子刑事が、不良少年たちにおばさん扱いされるのも仕事のうちだと考えているというところとか。あ、山崎が体育館に土足で入っていいといっているのをみると、ちょっとぞっとします(笑)。体育館の床は砂や土が入ると傷むのです! 張り替えるのにお金がかかるよ!
 こういうところ、つい気になるんですよね……。
 それから、宮部さんは涼子が嫌うほど楠山先生を嫌な奴だとは思っていないのではないかと感じました。地元出身で、柔道部で、山崎に勝負を挑んだりして、本人は出てこなくても、ちょこちょこエピソードが語られる。社会の授業で「よく作文を書かせる」なんて、結構ちゃんと授業をしているのではないですか? 事象を羅列するだけの授業ではないということですよね。
 さらに、母校の校長までしていた事実には驚きました。
 中学生にも、読ませたいですね。随所に、今の悩みからふと解放されそうな言葉があります。