何気なく立ち寄った会津若松市のブックオフに林房雄の『西郷隆盛』が並んでいた。戦後の早い時期に書かれたもので、端本ではあったが買い求めた。そしてぺらぺらとめくっていると、「日本よ、美しくあれ」(『あとがき』にかえて)という一文が目にとまった。昭和27年生まれの私にとって、焦土なった日本というのは、そこに身を置いたわけではなく、あくまでも歴史上の出来事である。それだけに新鮮であった。昭和21年7月のある日、林が東京に出ようと横須賀線に乗ると、たまたまシャムからの復員列車であった。林は向かい合った若い兵士に頭を下げ、「御苦労様でした」と声をかけたのだった。敗残兵の常として、ほころびの目立つ服にわずかな荷物を持っただけのその若い兵士は、一瞬いぶかしげな顔をしたが、もう一度「御苦労さまでした」と言うと、はっとなって不動の姿勢をとり、「ありがとうございます」と羞ずかしげに応えたのである。廃墟と化した祖国について、どんな思いを抱いているのか林は気になってならなかったが、その若い兵士の口から出たのは、屈託がない言葉であった。「いや、自分は嬉しいのです。日本に帰ったことが嬉しいのです。日本はいいですよ。本当にいいですよ。自分は食わなくても、着なくてもいいです。日本で暮らせることが嬉しいのです」。いかにどん底であっても、かつての日本人には祖国への愛着があった。だからこそ、日本は不死鳥のごとく復活したのだ。日本人に祖国への愛着があれば、どんな危機でも乗り越えられるのである。
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