♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■勇士たちであった / 福井 誠

2019年07月10日 | Weblog
2019/6/5放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然と養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開きましょう。歴代誌第一7章2節から 「勇士たちであった」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「トラの子は、ウジ、レファヤ、エリエル、ヤフマイ、イブサム、シェムエル。これらは彼らの父トラ一族のかしらたちで、その家系の勇士たちであった。
  
 歴代誌はサムエル記、列王記と非常によく似た内容でありながら、書かれた時代は異なります。それはイスラエル王国が滅亡してバビロン捕囚という悲しい出来事が起こったのと、エズラという律法学者によって書かれたとされているものです。ということは歴代誌の著者エズラは聖書に新たな歴史を加えるにあたり、サムエル記、列王記を参照しながらそれらとは違う意図を込めて書いたということになります。

 そこで考えたいのは、この書を手にして読んだ最初の人々はバビロン捕囚から解放されてエルサレムに帰還し、エルサレムを再建しようとしている人々であったことです。彼らは廃墟と化したエルサレムを再建する困難に直面した人々で、励ましと目標を必要としていました。ですから当然そのような意図があったと言えるでしょう。実際、読み進めてみると、この7章は私たち日本人には単なる名前の羅列にしか見えませんが、ユダヤ人には特別な意図を感じるものでした。

 例えば、勇士ということばが繰り返し出てきます。それはイスラエル再建を目指すために捕囚の地から引き上げてきた者たちに対して、あなたがたの先祖たちには勇士がいた、あなたがたも勇士であれ、と語りかけて来るものです。

 また14節から19節には、マナセの子孫の名前が出てきますが、ユダヤ人には親しみのある名前です。彼らはこの名前を読むたびに、ヨシュア記17章に取り上げられている弱い権利が保護されたエピソード思い出すわけです。それが繰り返し取り上げられているのは、神の恵み深さを読者に覚えさせる効果があります。実に聖書は困難を抱えてる人々に、神の恵みの原則を語りかけて来るのです。神は恵み深い、と信仰を持って歩みたいものですね。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.6.5放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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