♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■「故郷」の作曲者 岡野貞一 / 岩井基雄

2019年07月01日 | Weblog
2019/5/27放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 第四週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいます。
 今日は、「うさぎ追いし、かの山」で始まる「故郷」の作曲者、岡野貞一について学んでみましょう。

 岡野貞一は1878年、明治11年、今の鳥取県鳥取市に士族の子として生まれました。彼は幼少期に実の父親を亡くし、貧困の中、育ちます。14歳のとき、彼はあるきっかけで近くの鳥取教会へと導かれ、聖書が語る神様の愛とぬくもりに触れます。そしてキリストへの信仰を告白し、鳥取教会で洗礼を受け、讃美歌や西洋の音楽にも触れるのです。岡山の美容学院で学ぶ中、宣教師に彼の学才が認められ、1895年には学院を中退し、上京して東京音楽学校---現在の東京芸術大学--- に入学します。卒業後はその東京音楽学校で教鞭を執り、1932年に退官するまで、音楽教育の指導者育成に尽力しました。それと並行して、1918年からは文部省編纂の尋常小学唱歌の作曲委員も務めたのです。そして高野 辰之(たかの たつゆき)の作詞により「ふるさと」「春が来た」「春の小川」「もみじ」などの唱歌の名曲を生み出していったのです。しかし唱歌の著作権は文部省に帰属しているため、作者名は戦後まで殆ど明らかにされませんでした。さらに岡野は自分の姿勢として自らの業績を学内や教会、教え子や家族にも伝えなかったのです。神様の前にへりくだった姿をそこに見ることができるでしょうね。また彼は63歳で天に帰るまで42年間、東京の本郷中央教会の教会オルガニストそして聖歌隊の指導者として活躍しました。そのオルガン演奏も伴走者に徹した謙遜な主への奉仕だったと言われています。彼の葬儀が報告された教会の週報の最後には、「先生の黙々としてなされたすべての御奉仕が主によって永遠に祝福されることと信じます」と綴られたのです。

 聖書のことば
 「あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。
          新約聖書 ペテロ第一の手紙5章6節

  (PBA制作「世の光」 2019.5.27放送でのお話より )
 
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