2021/10/16放送
世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井誠です。今日は創世記20章17節から「神に祈った」と題してメッセージをお伝えいたします。
「そこで、アブラハムは神に祈った。神は、アビメルクとその妻、また女奴隷たちを癒やされたので、彼らは再び子を産むようになった。」
昨日、この世界は目に見えるところのみならず、また身近な人間関係だけで動いているわけではなく、神の手の中にあって動かされていることをお話ししました。
そうであればこそ、その神を恐れる人もいれば、むしろ安心して神に信頼したいと希望を持つ人もいることでしょう。神を信じることは人間にとって自然な営みですね。
さて、アブラハムのもう一つのエピソードが描かれています。当時の時代背景であればこそありそうな出来事ですね。アブラハムがゲラルという地方に滞在していた時のこと。その国の王に妻サラが召し抱えられてしまうのです。今の時代では考えられないことでしょうが、当時の部族社会では自分の身を守るものは自分以外にありません。力関係の差ですべて物事が決まっていくのです。アブラハムは旅先のゲラルでは無力な人、自分の身を守ることもできず、要求されるまま妻を差し出すほかなかったのですね。
けれども、これは象徴的なお話しです。つまり現代の私たちにも同じようなことはいくらでも起こりうるからです。世の中には力関係で自分の思い通りに物事を進められない、あるいは力にねじ伏せられてしまうなど、あるお話ではないでしょうか。大切なのは、このエピソードには、神が介入してアブラハムが助けられたというオチが加えられていることです。
この一週間、創世記を読み続けながらあなたは何を考えたでしょうか。私は、この地上の出来事に介入される全能の神がおられることをやはり教えられました。神は架空の存在でも神社仏閣に鎮座しておられる方でもなく、私たちの具体的な生活に介入されるお方です。神を信じる人生には希望があるのです。
では、今日も良き一日となるように祈ります。
( PBA制作「世の光」 2021.10.16放送でのお話しより )
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