♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし 62 / 大嶋重徳

2018年07月12日 | Weblog
2018/6/7放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。 十戒をはじめとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。
 十戒の第六戒に「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節 新改訳2017)とあります。「殺してはならない。」ほどすべての人が同意できる戒めはないと言われることがあります。確かに「殺してはならない。」に異議を唱える人は少ないでしょう。しかし事態はそんなに簡単なことではありません。

 病気が死へと進ませたとしか言いようが無い自死を選んだ家族を持つ人はどんな思いになるでしょうか。かつて自殺をした人は教会墓地に置葬られることがなかったという歴史をキリスト教会は持っています。

 また安楽死の判断もとても難しいです。高度に医療技術が進み、寝たきりが続き、むしろ死ぬことができない状況に陥ってしまうこともあります。命が確保できる最善の道を指し示すことが使命である医療者にとって尊厳死ということをどのように考えるかという課題も第六戒にはあります。

 母親の採血のみで出産前診断を受ける事ができるようになりました。ここには命の選別という判断がつきまとってきます。また日本は世界から中絶大国と呼ばれています。中絶に反対することも大切な事です。しかし、出産することで母体に危険が及ぶ出産の場合どのように考えればよいのでしょうか。強姦による望まない妊娠の場合の堕胎ならばありえるのでしょうか。

 更に貧困の課題が私たちの周りにはっきりとあります。ルターという人は次のように言いました。「もしあなたが着物を与えることができるのに裸でいる者を去らせるならば、そのようにしてあなたは彼を凍死させたのである。誰かが飢えて苦しんでいるのを見ながら彼に食べさせないのであれば、そのようにしてあなたは彼を餓死させたのである。それゆえに誰かが死刑判決を受けているのに、あるいは同じ困難にある人を見て救わなければ、そしてあなたがそれに対する手段と道を知っているならば、その時あなたは彼を殺したのである。なぜならあなたは彼の愛を奪い取り、幸福を奪い取ったからである。この愛と幸福によって彼は生きながらえたかもしれないのに。」

 このことばを前に私たちはどのように「殺してはならない。」ということばを考えればよいのでしょうか。第6戒は、私は殺人をしていないから大丈夫、今の所は関係が無い、ということをさせません。私たちはしばらく、十戒第6戒から学んでいきたいと思います。

   ( PBA制作「世の光」2018.6.7放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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