♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■日本の女子教育の先駆者 メアリー・キダー / 岩井基雄

2018年07月02日 | Weblog
2018/5/28放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 最後の週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は少し戻ってメアリー・キダーについて学んでみましょう。

 1834年にアメリカ、バーモント州で生まれたメアリーは16歳の時に洗礼を受け、22歳の時、S・R・ブラウンが経営していた学校の教師になります。メアリー着任の2年後、日本宣教に旅立ったブラウンは一時帰国の際に、メアリーに日本宣教への志願を勧めます。この時メアリーは33歳。当時の日本はまだキリシタン禁制下にありました。しかしメアリーはそれを神様からの使命として受け留め、35歳でオランダ改革派の宣教師としてブラウン夫妻と共に来日します。

 メアリーは横浜のヘボン診療所で英語の授業を始め、40歳の時には後にフェリス女学院となるアイザック・フェリス・セミナリーを開校します。セミナリーは聖書を基盤とし、英語教育に力を入れ、女性の全人格的教育を行う日本で最初の女子教育の学び舎となりました。

 宣教師エドワード・ミラーと結婚したメアリーは来日10周年で、初めての休暇を得てアメリカに夫婦で帰国しました。しかし、留守にした2年の間に、フェリス・セミナリーが普通の学校に変貌ししまったことにショックを受けたメアリーは、同じ使命を持つ友人ブース夫妻に後のことを託してフェリス・セミナリーの経営から離れました。メアリーは麹町教会と下谷教会の日曜学校で子どもたちの教育に尽力し、月刊誌『喜びの訪れ』の編集を始めたのです。その後もメアリーは各地で「女性と教育」と題する講演を行うと共に、上州高崎、高知、仙台などの各地の教会の建て上げに尽力して行きました。76歳で召されるまでメアリーは日本人にキリストの愛と自由を伝え、女性の人権を守ることを自分の使命としてその生涯を捧げていったのです。

 聖書のことば

 「互いの重荷を負い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を成就することになります。・・・人はそれぞれ、自分自身の重荷を負うことになるのです。
          新約聖書 ガラテヤ人への手紙 6章2節と5節 

 あなたの使命は何でしょうか。
 
       PBA制作「世の光」2018.5.28放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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