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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■神のみわざであることが分かる / 福井 誠

2017年01月19日 | Weblog
2017/1/19放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「神のみわざであることが分かる」です。それでは伝道者の書8章16節、17節から読んでみましょう。

 「私は一心に知恵を知り、昼も夜も眠らずに、地上で行なわれる人の仕事を見ようとしたとき、すべては神のみわざであることがわかった。人は日の下で行なわれるみわざを見きわめることはできない。

  どうでしょうか、自分自身の人生を振り返って、今の自分だったらあんな風にはしなかったし、ならなかっただろう、そんなふうに思うことはありませんか? どうも知恵がなかったというか人間として未熟だったというか、そういうことがあるものですね。そういう意味で、伝道者の書は知恵を求めること、知恵あることを良しとしています。

 でも単純に知恵礼賛というわけではないのですね。もっと複雑に人生を捉えていますねえ。というのも、今日取り上げた伝道者の書8章の後半は、人生には知恵も思慮深さも役に立たない不条理性があることを認めています。人間の知恵と思慮深さを欺くような実に虚しい現実が社会にはあります。著者は言います。悪者の行いに対する報いを正しい人がその身に受け、正しい人の行いに対する報いを悪者がその身に受けることがある(、と)。何と真面目に生きることがバカバカしいと思うことがあるものです。

 しかし伝道者は既に、あれもこれも神のなさること、と語っていますし(参照 伝道者の書 7章14節)、ここでも「すべては神のみわざである」と繰り返します。どんなに物事が不条理に動いているように見えようともそれで終わることはない。時があるのだ。神が正しくすべてのことを導いてくださる時が来る、というのが著者の確信です。

 人には限界があり、物事を見通せないからこそ物事を不条理に感じている部分もあります。「人は日の下で行なわれるみわざを見きわめることはできない。」 物事にはそんなところがありますねえ。だから不条理と思われる事柄があっても、そこで腐ってしまうのではなくて、むしろ謙虚に神の働きを信頼しつつ、なすべきことをなす歩みをさせていただきたいものです。

 神は信頼に値するお方です。ぜひ教会へ行って、聖書の話に耳を傾けていただきたいと思います。

(PBA制作「世の光」2017.1.19放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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