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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■悲しんでいる者は幸いだ

2010年05月19日 | Weblog
2010/5/19放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしですか。 板倉邦雄です。 今日は「悲しんでいる者は幸いだ」という題でお話ししましょう。

 イエス・キリストはこのように言われました。 「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」 マタイの福音書5章4節 (口語訳聖書)

 悲しみ嘆いている人がどうして幸せなんだ、不幸じゃないか。 むしろ笑う人生が幸福、と思いますよね。 ところが聖書は、悲しむ人が幸いだという理由をいくつかあげています。 
 
 まず、「悲しみは笑いにまさる。顔に憂いをもつことによって、心は良くなる」(口語訳聖書)と旧約聖書の伝道者の書7章3節にあります。 

 確か、武田鉄矢という人が『贈ることば』という歌を歌っています。 その一節に、「人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだから」とあります。 優しさの漢字は人偏に憂いと書きます。 心に優しい人というのは多くの悲しみと嘆きを心の内に秘めている人かもしれません。 

 次にイエス・キリストが言われています「悲しんでいる人は幸福だ。 その人は慰められるからです。」 笑い転げている人は慰められる必要はありません。 むしろこれからは悲しみや嘆きが待っているでしょう。 しかし悲しみ嘆いている人は慰めと励ましが待っているのです。 

 ではどこから慰めを受けるのでしょうか。 私たちにとって本当の慰めと励ましは主イエス・キリストから来るのです。 

 主イエスについてこのように聖書は語っています。 
 「まことに彼(イエス・キリスト)はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。」(イザヤ書 53章4節)と。 まさに主イエス・キリストは「悲しみの人」(イザヤ書 53章3節)であったのです。 病むことの苦しみや痛み、辛さを味わいました。 ですから主イエス・キリストは優しいお方です。 弱さを思い遣ることができます。 十字架への悲しみと苦難の道を歩いてくださいました。 ですから主イエス・キリストを信じ従う人は、この主イエス・キリストから豊かな慰めと励ましを受けることができます。 何と幸いな人でしょう。 

 イエス・キリストのことばです。 
 「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」 ヨハネによる福音書 16章 33節 (口語訳聖書)

  ( PBA制作「世の光」2010.5.19放送でのお話より )

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