生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

花のリース(その3)

2010-11-17 21:21:11 | CS(子供伝道)
愛することは赦すことです。
以前教会で「赦すことは忘れること」と聞きました。
でも、もし誰かに取り返しのつかないひどいことをされたり、また愛する人を殺されたら、その事実を忘れるなんて不可能だと思います。

最近気付いたのですが、忘れるというのは、出来事を忘れるのではなく、にくしみの気持ちを忘れることではないでしょうか。
にくしみの気持ちを忘れることは、自分の力ではできませんが、祈り続けていると神さまが忘れさせて下さいます。

わたしは、嫌いな人がいました。ひどいことをされたので、そのことをいつまでも思っていました。
嫌ってはいけないとわかっていても、その人と会うといやだなあと思うのです。
どうしようもないので祈りました。十字架のイエス様を想いながら祈りました。その人を赦し、愛せるようにして下さいと。そうしたら、その人のためにもイエス様が十字架にかかって死んでくださったことに気づきました。
祈っていたら、いつの間にかにくしみが氷のように溶け、愛せるようになっていました。

イエス様はカロル将軍のような人ためにも死んでくださいました。イエスさまは、カロル将軍のことも愛してくださっているのです。

女の子はそのことに気づきました。カロル将軍はイエス様に愛されていることを知らないのだと思いました。自分に逆らう人を牢屋に入れ、殺しますが、それは恐怖にとりつかれているからではないでしょうか。不安でたまらないからかもしれません。本当は自分を大切にし、愛してくれる人を求めているのでしょう。

さて、女の子はなぜ花のリースを贈り続けたのでしょう。
リースは○です。丸は終わりがない。いつまでも続く・・・つまり永遠を意味します。
花を贈るという行為は、愛するということにつながります。
花のリースとは、永遠の愛・・・つまり神さまの愛を意味します。

カロル将軍に神さまの愛を知ってもらいたくて、女の子は贈り続けたのだと思います。
それに気付いたカロル将軍は号泣しました。嬉しかったのです。女の子の愛に触れ、神さまの愛に気づき、すっかり変えられました。
恐ろしいカロル将軍が優しいカロルさんになりました。

名前も知られないこの小さな女の子のしたことは、世界を変えるようなすごいことでした。
この先、カロル将軍に殺されるかもしれなかった人の命を救いました。街の人達を幸せにしました。

女の子はリースを届ける時、またカロル将軍と話すとき、怖くなかったのでしょうか?
もしかしたらカロル将軍が女の子のことを怒って殺してしまうかもしれなかったのに・・・・。
恐れはなかったのでしょうか?

聖書には
「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。(Ⅰヨハネ4:18)」と書かれています。心から愛していたので恐れがなかったのですね。

この女の子のように愛を実践する者になりたいと思いました。

                     おわり

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