静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

主日礼拝説教要約

2007年04月01日 | 説教要約
「十字架による罪の赦し」 マルコによる福音書15章33~41節

 十字架の後半を見ていきましょう。
Ⅰ 罪を負われた主イエス
 十字架上で6時間の苦しみを受けられた主イエスは、第四番目の言葉、「わが神わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びます。これは、決して敗北の宣言ではなく、罪のない方が、人間の罪を負われ、聖なる父なる神から見捨てられたということをあらわしています。人間の罪を確実に負われ、父なる神から裁かれたということの証拠であります。私達が受ける罪の裁きを、主イエスが代わりに裁かれてくださったのですから、この叫びは、私達にとっては救いであるのです

Ⅱ 救いを与えた主イエス
 十字架のさらに言葉は続きます。「すべてが終わった」という言葉です。これは「万事休す」ではなく、「救いの業が完成した、救いが成就した」という言葉です。父なる神が、人間を罪から救うために、ひとり子である主イエスを地上に送り、人間の罪を十字架によって負い、赦し、父なる神に立ち帰らせるという命を掛けた救いの業が、成し遂げられたというもです。この十字架によって、人間は神に立ち帰り、神との交わりが回復したのであります。

 主イエスが成して下さった救いにあずかろうではありませんか。

 2007年4月1日 説教者 杉本守
 
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