静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

天のマナ

2019年05月19日 | 天のマナ
 「突き抜けた信仰者」
 先日開催されたラブ・ソナタの初日の夜、ジャパン・ゴスペル・ナイトで、説教者が離された証しをまとめさせていただきますと。彼の一歳の娘が内蔵の病気で生死の際にあった時のことでした。入院していた娘の状態が悪化し大病院へ移送されるという電話を妻から受けた彼は、働きを他のスタッフに託し、病院に向かう電車の中でひたすら娘の癒しを祈りました。だんだん祈っているうちに、別の感情が湧いてきました。それは、「なぜ私の娘が」「私は一生懸命主に仕えてきたのに」との思いでした。そんな時、「主は与え、主は取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」(ヨブ記1章21節)とのみ言葉が主によって、明らかに響き示されました。「主が癒して下さっても、主が天に召しても、あなたは主をほめたたえますか?」との響きであります。彼は、「これからも、主よあなたをたたえていきたいのです」との祈りをささげ、彼の握っていたものを主に明け渡しました。その時、彼の重い曇っていた心は、すっきり澄み渡ったのです。妻から再度、彼に電話が来ました。不思議に娘は癒されたとの電話でした。
 自分で握る時は勝利はありません。主のみ手に委ねる時、心に平安が訪れ晴れ渡り、主のみ業を体験するのです。私たちが悶々としながら握っているものは何でしょう。主の手に委ねて、軽くなりましょう。
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