静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

天のマナ

2018年09月02日 | 天のマナ
「そこから神のみわざがあらわれる」  
 「土の器」という賛美があります。その一部の歌詞は、「土の器 欠けだらけの私 その欠けからあなた(神)の光がこぼれ輝く 土の器 ヒビだらけの私 そのヒビからあなたの愛が溢れ流れる・・・」です。私達は、「良き器になりたい、欠けのないヒビのない器になりたい」と願います。もちろん栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられていくわけですが。しかし、仕上がった器だけを主は用いるのではなく、ロバの子のように、仕上がり途上にあるの器をもお用いになります。時には、私たちの欠けやヒビを通して、神の光と愛がこぼれ溢れるのです。あのパウロが、肉体のとげ(目が悪い?てんかん?迫害?などと言われている)を取り除いて(癒して、離れさせて)下さいと三度主に祈り願いました。そうしたらもっと宣教に励めると。しかし、神の応えは、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」(Ⅱコリント12:9)でした。癒されること解放されることは、もちろん神のみわざですが、癒され解放されることだけが神のみわざではなく、私達が負い続ける重荷の中でも神は、星野富弘さんやレーナマリアさんのように、神のみわざをあらわすことができ、あらわしておられるのです。賛美は、「・・・こんな私でさえも、主はそのままで愛してくださる・・・」と続きます。
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