「苦しみさえも益にかわる」詩編119編105~112節
「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」(71)
119篇のテーマは、「神の言葉」です。神のみことばを愛し信頼することを言い表す内容となっています。そこでまず、詩人は、神のことばに従うことが私たちの人生において祝福であると語っています。この箇所は、ヘブル語の「テス」から始まる8節であります。
Ⅰ 迷っていた表面的な時代
私たちはイエス・キリストを信じて救われる前までは、表面的な自分でありました。特に問題や苦しみもなく、そこそこやっていけると思っていました。しかし、心の奥底では、何かが欠けているという漠然とした不安、突き抜けない自分、表面の楽しみだけでは満たされない心の叫びがあり、人生はこのままでいいのかと迷っていました。この詩人もそうでした。
Ⅱ 見出した奥深い時代
しかし、ある時、そのような表面的な時代から抜け出すことができたのです。それは苦しみがきっかけでした。この詩人にとっては、高ぶる者たちの偽りが詩人を覆った(69,70)ことでした。この苦しみが詩人を神に立ち返らせる機会となりました。迷いから解放され、確かな奥深い神のご計画を知り、神の恵みを体験していったのです。ですから、この詩人は、苦しみにあったことは、しあわせでしたということができたのです。私たちもそうであります。苦しみは嫌ですが、苦しみを通して神に近づき、神を信じ心が満たされ、人間本来の生き方を歩むことができているのです。
苦しみは、神に向かわせるものであります。しかし苦しみだけに目を奪われることがないようにしましょう。その背後にある主と主のご計画に目を留め、さらに主の恵みを受け、さいわいな者とされましょう。
2015/4/26 説教者 杉本守
「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」(71)
119篇のテーマは、「神の言葉」です。神のみことばを愛し信頼することを言い表す内容となっています。そこでまず、詩人は、神のことばに従うことが私たちの人生において祝福であると語っています。この箇所は、ヘブル語の「テス」から始まる8節であります。
Ⅰ 迷っていた表面的な時代
私たちはイエス・キリストを信じて救われる前までは、表面的な自分でありました。特に問題や苦しみもなく、そこそこやっていけると思っていました。しかし、心の奥底では、何かが欠けているという漠然とした不安、突き抜けない自分、表面の楽しみだけでは満たされない心の叫びがあり、人生はこのままでいいのかと迷っていました。この詩人もそうでした。
Ⅱ 見出した奥深い時代
しかし、ある時、そのような表面的な時代から抜け出すことができたのです。それは苦しみがきっかけでした。この詩人にとっては、高ぶる者たちの偽りが詩人を覆った(69,70)ことでした。この苦しみが詩人を神に立ち返らせる機会となりました。迷いから解放され、確かな奥深い神のご計画を知り、神の恵みを体験していったのです。ですから、この詩人は、苦しみにあったことは、しあわせでしたということができたのです。私たちもそうであります。苦しみは嫌ですが、苦しみを通して神に近づき、神を信じ心が満たされ、人間本来の生き方を歩むことができているのです。
苦しみは、神に向かわせるものであります。しかし苦しみだけに目を奪われることがないようにしましょう。その背後にある主と主のご計画に目を留め、さらに主の恵みを受け、さいわいな者とされましょう。
2015/4/26 説教者 杉本守