
時は19世紀末。ニューヨークで肖像画家として定評を得ているイタリア系の画家ピアンボは、経済的には不自由のない気楽な独身生活を謳歌し、人気女優のサマンサとの関係も続いている。しかし芸術家としては、富裕な顧客に媚びるような肖像の技法に飽き飽きしており、また師匠であるサボットが制作意欲を失った晩年に、サボットを見限って独立したことにも後ろめたさを感じている。そんな折に、正体不明の盲人に呼び止められ、途方もない依頼を受ける。
主人であるシャルブーク夫人の肖像をお願いしたい。報酬は他の仕事をすべて断っても、更に上回る額を出そう。ただし夫人の姿を見ることはできない。もし満足できる肖像画が完成すれば、更に巨額の成功報酬をお支払いする。
芸術家としての新しい境地を目指して依頼を受けるピアンボだが、さすがに依頼者とのスクリーン越しの会話で肖像を描く作業には困惑する。しかも肖像の手掛かりとしてシャルブーク夫人の語る履歴は謎に満ちている。神秘主義者だった伝説の富豪。富豪は何人もの神秘研究家を抱えており、彼らは雪の結晶や糞便の形状から未来を予測する使命を与えられていた。夫人の父親は雪の結晶の研究に没頭し、年のかなりの期間を家族と共に冬山にこもって雪の結晶集めと、結晶が社会にもたらすメッセージの解読に専心していた。このような特異な環境で育った一人娘は、雪の結晶の声を聞くことができる巫女として世に出ることになる。
これだけでも雲を掴むような話ながら、仕事を続けるうちに、夫人の夫と称する謎の人物に脅迫を受けたり、親友の画家が妙に手回し良く情報を収集してくれたり、ニューヨーク市内で奇怪な出血病による女性の連続死が発生したりと、ピアンボの周りには理解しがたい事件が次々に起きる。これらの事柄には関連があるのだろうか?夫人の正体と、奇妙な依頼の意図は何だろう?ピアンボは無事に肖像画を完成させることができるのだろうか?
19世紀末ですから、ロンドンではシャーロック・ホームズが活躍していた頃です。ニューヨーク市民の足は鉄道と馬車。大きな店に電話が入り始めていますが、一般的な情報交換はまだ手紙。ホームズ物にも共通しますが、神秘主義が人々の思考回路に入り込む余地が大いにある時代設定で、文体も当時を模して上品で丁寧。医学的に無理な設定はあるのですが、それは当時の解釈ということで。何せ、ベーリングと北里柴三郎によるジフテリア菌の発見が1883年、破傷風菌が1889年、ペスト菌が1894年です。謎の劇症出血病があっても不思議はありません。盛り沢山なミステリーでビジュアル面も見所があるので、映画化したら面白そうですね。