アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

アムニジアスコープ

2009-02-20 22:10:48 | 
『アムニジアスコープ』 スティーヴ・エリクソン   ☆☆☆☆☆

 未読だったエリクソンの『アムニジアスコープ』を入手、あっという間に読了。面白すぎる。しかも大変読みやすい。エリクソンの小説は好きな人にはたまらないが慣れない人はあまりに濃厚な幻視力に翻弄され、ついていくのが大変というところもあり、ちょっと読んでみようかなと思って挫折した人も多いのではないかと思うが、これなら大丈夫。ストーリーがいきなりあさっての方向に横滑りしていくなんてこともなく、しかも、エリクソンならではの面白さがたっぷりつまっている。

 主人公はロスアンジェルスに住む作家、つまりエリクソンその人で、彼の日常生活や仕事や人間関係があまり脈絡なく綴られていく。だから突然別世界にワープしたり時空が歪んだりすることもないわけだ。このエピソードを適当に羅列していくというスタイルはバロウズの『ジャンキー』やフィリップ・K・ディック『ヴァリス』の序盤を思わせる。はっきり言って私はこういう小説が大好きである。もちろん、一貫したストーリーがないこういう小説を面白く読ませるには作家の力量が必要とされるのは言うまでもない。

 こういうスタイルなので本書は私小説的で、柴田元幸のあとがきによれば実在の人物や実話も多いようだが、かつて起きたという「大震災」や街のあちこちに出没する炎のリングなど、本書のロスアンジェルスはエリクソン特有の虚構的なロスアンジェルスであり、あの黙示録的な幻視力は随所に感じられる。むしろそれが私小説的な文章に溶け込むことにより、現実と幻想がざわざわと互いに侵食しあっているような、えもいわれぬエリクソン的桃源郷を満喫できる。

 面白いエピソード続出だが、たとえばどんな話が出てくるかというと、ある新聞で映画評論の仕事をしている話、その中で実際には存在しない『マラーの死』という映画をでっちあげてしまった話、奇妙な友人達の話、恋人ヴィヴの話、ニューヨークで講演をした話、ヴィヴと協力して映画『白いささやき』を作る話、そのオーディションの話、女優たちの話、新聞社の陰謀団の話、コンプレックスであるどもりの話、街で拾った<プリンセス>に居座られてしまい頭を抱える話、新聞社を辞めた時の話、などなどである。こういう風に書くとエッセー的なのかと思われそうだが、これはまぎれもなく小説である。しかもエリクソン的な。たとえば「私」が勝手にでっちあげた『マラーの死』という映画は「私」の困惑をよそにだんだん実在化をはじめ、しまいには監督が登場する上映会に「私」も出席するに至る。

 ちなみに『マラーの死』とはエリクソンのデビュー作『彷徨う日々』に出てくる映画のタイトルらしい。未読なのでどんな話なのか分からない。それを言うなら『Xのアーチ』のベルリンのエピソードも出てくる。『Xのアーチ』の中で殺されるエリクソンの体験が「私」のこととして語られるのである。一度死んだ経験が語られるというのも凄い。

 それから柴田元幸も書いているように、あちこちに顔を出す自虐的なユーモアも本書の特徴だ。エリクソンのこういう文章を読むのは初めてだったので、とても驚いた。声を出して笑ってしまったところもある。そういうコミカルな部分もあれば、逆に真摯な愛の記憶について告白的な文章が迸るように噴出する、感動的な部分もある。変幻自在だ。ちなみにそういう告白的な文章はサリーという過去の女性にからんで出てくることが多いが、このサリーはやはり『Xのアーチ』のヒロインであるサリーなのだろうか。そうなんだろうな。

 まあとにかく虚実入り乱れ、滑稽さと黙示録的ヴィジョンが交錯する超虚構的私小説『アムニジアスコープ』だが、現実を強烈に異化してしまうエリクソンの饒舌な文体は本当にすごい。読み終えて一番感じたのはそれだった。


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