アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Xのアーチ

2009-01-05 22:27:11 | 
『Xのアーチ』 スティーヴ・エリクソン   ☆☆☆☆☆

 昔途中まで斜め読みし、放り出していた『Xのアーチ』を気を取り直して読破した。昔はこの作家のアメリカっぽいところがどうも苦手だったが、最近は気にならなくなった。歳を取って丸くなったのだろうか。『ルビコン・ビーチ』も再読してみようかな。

 プロットは『黒い時計の旅』より更に入り組んでいる。『黒い時計の旅』では大体においてバニングが一貫した主人公だったが、本書では主人公と時空がもうとめどなく激しく移り変わっていくのである。すべてのキャラクター達をつなぎ、どのプロットにも顔を出すのはサリーぐらいだ。サリーは常に宿命的な女、男たちの無意識に棲みついて彼らの運命を変える女として登場する。ストーリーはまずトマス・ジェファーソンを主人公として始まり、その後黒人刑事ウェイド、公文書庫の役人エッチャー、作者エリクソン、スキンヘッドにして美貌の不良青年ゲオルギー、とどんどん移り変わっていく。そしてその後エッチャー、ウェイド、トマスと戻って終わる。もちろん話はどんどん横滑りして行き、話だけでなく時空も横滑りしていく。たとえばトマスからウェイドにバトンタッチされた瞬間物語の世界構造も変化し、18世紀のアメリカ/フランスから、教会が支配するいつともしれないSF的世界に説明もなくジャンプする。作者エリクソンも「アメリカ人作家」として物語後半に登場するので、「おうこれは筒井康隆式の作者の物語介入か?」と思っているとあっさり殺されてしまう。

 やたら複雑なプロットだが、一応伏線は張ってあり、あちこちでつながってはいる。たとえば前半チラッと出てきただけの青年ゲオルギーが後半の主役となり、前半のエピソードにつながったりするし、ウェイドがエッチャーを殴る場面はウェイド篇とエッチャー篇でそれぞれ記述される。そういう意味ではかなり緻密なプロットでもあり、「あれがここにつながるのか」的な面白さもある。が、果たして伊坂幸太郎のファンが本書も楽しめるかはちょっと疑問であって、プロット全部を時系列に並び変えた時に本当に整合しているかどうか、辻褄合ってるかどうかはかなり怪しい。伏線を回収しきれていない気もするが、大体読者もそんなもの全部覚えていない。

 従ってこれは「錯綜したプロットと伏線が結末に向かって収束していく快感」などを求める小説では決してない。錯綜したプロットが更に錯綜して混沌となったところで終わるという、いつものエリクソン小説である。妄想度の高さ、トリップ度の高さでは『黒い時計の旅』を上回っていると思う。要するに、わけわからない小説である。

 幻視者エリクソンのトレードマークである強烈なイメージももちろんあちこちに出てくる。氷の国、猛獣が徘徊するベルリン、ベルリン市内のあちこちに亡霊のように出没する「新壁」、公文書庫の中の世界の歴史が書かれた書物、などなど。1999年と2000年の間の失われた一日、というモチーフも非常に魅力的だが結局何なのか良く分からない。それからウェイド篇、エッチャー篇の舞台となる、教会が支配する「永劫都市」という設定はかなりSF的で、SFになじまない読者は違和感を覚えるかも知れない。私もいきなり舞台が変わった時は戸惑った。

 柴田元幸は訳者あとがきで、本書には「これまでのエリクソン文学の集大成の趣がある」と書いている。先述したようにエリクソン本人も出てくるし、過去の作品の登場人物も出てくるらしい。エリクソンのデビュー作への言及もある。だから残念ながら私はそうではないが、エリクソン作品を全部読んでいる人はまた一層愉しめるかも知れない。


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